第3話 ホログラムってやつなの
「おにいちゃん、もしもし、私なの」
「あれ? おにいちゃん、ちょっとお声が変なの」
「そんなことないって? ノンノンノン、そんなことあるの。伊達に毎日おにいちゃんのお声を聞いてないの。鼻声っていうか絞りだしているっていうかなんだかつらそうなの…おにいちゃん大丈夫なの?」
「昨日お腹出して寝ちゃった…? ふふっ…あっ、笑っちゃってごめんなさいなの。なんだかおにいちゃん子どもみたいだなって想像したら胸がキュッてなって思わず笑っちゃったの」
「熱はないの? 今日はお電話やめたほうがいいかもなの?」
「いいの? ほんとにお声の調子が悪いだけなの?」
「ならいいの…私も今日はおにいちゃんとお話したいことがあったから、お話続けられるの…嬉しいの」
「いつもお話してるって? そうだけど…いつもお話し足りてないの。なんだかおにいちゃんとお話している時間だけあっというまに過ぎちゃうの。任務中は『早く終われぇ』って思ってもなかなか時間が経たないのに、まったく不思議なの」
「そうそう! 今日はおにいちゃんにプレゼントがあるの。もうすぐ届くと思うの」
何もなかったはずのテーブルにコトンと音を立てて小箱が現れた。
「ナイスタイミングなの。早速空けてみて欲しいの」
「んふふっ、携帯に見えるでしょ。でもそれは違うの。宇宙軍の全叡智をかき集めて作らせた最新型のモバイル通信機、その試作品なの。どうなのどうなのすごいでしょなの」
「そんな大事なもの良いのかって? 自分で言うのもなんだけど私は『元帥ちゃん』なの。軍の中で一番偉いの。てことは誰も私に命令は出来ないの。だから世界に1つしかないこの試作機をおにいちゃんにプレゼントするのも私の自由なの」
「コウシコンドウ…? だから難しい言葉は使わないでほしいの。そんな言葉知らないの」
「ふぅん。そういう意味なの」
「えっ、おにいちゃん公私混同する女の子は嫌いなの…?!」
「ど、どうしようなの…それは困るの…あっ、そ、そうなの! これは地球でもちゃんと通信機が使えるかの実証実験なの。うん、そういうことなの」
「ね、それなら問題ないの。だから早速実験するの」
「そこのピンクの突起をポチッと押してみるの」
端末から軍服を着た少女の全身が浮かび上がった。20cmくらいだろうか。腕を組みえっへんと目を瞑っている。
「驚いたでしょ? ホログラムってやつなの。もう携帯のお電話は切っても大丈夫なの。このホログラムは私の分身みたいなものなの。これを通しておにいちゃんと直接話せるし、見ることもできる…のっ?!」
「えっ、おにいちゃんってそんな姿だったの?」
「違う違う違うの! がっかりしたんじゃないの!! その逆なの…!」
「あっ…いや…その…『地球人』ってイカみたいな姿だと思ってたの」
「だけど、私たちと変わらなくてびっくりなの。これはみんなに教えてあげなきゃなの。明日の新聞一面間違いなしなの。イカじゃないってことは、もしかして黒い液体は…?」
「出さないのぉ!? 学校で地球の男の人はイカみたいに黒いねばねばの液体を出すって習ったの…なのに本当は出さないの。そうなの…百聞は一見にシカズ…ってやつなの」
「ん? やっぱり出すの? え、出さないの? あれ、おにいちゃんもしかして照れてるの? なんだかはっきりしないの…」
「まぁそんなことはどっちでもいいの。それよりなの! おにいちゃんは…その…彼女とか…いないの?」
「関係は…あるの…! んっと…えっと…だってだって! おにいちゃんはスパイなの。彼女がいたら情に絆されて、こっちの情報を地球に渡しちゃうかもしれないの! はっ、さては、おにいちゃんダブルスパイなの!!」
「え、いない? ほんとに? 信じられないの!」
「そんなに疑われたら悲しい? わわわ、ごめんなさいなの。そのとおりなの…私もおにいちゃんに私の言ったこと信じてもらえなかったら悲しいの。想像しただけで涙が出そうなの。おにいちゃんを傷つけるようなこと言ってごめんなさいなの」
「許してくれるの…? 良かったの…おにいちゃんに嫌われちゃったらどうしようって…ひくっ…ん…泣いてないの…ちょっと…んっ…見ないでほしいのぉ」
ホログラムの少女はごしごしと袖で目元を拭った。
「ふぅ…うん…もう大丈夫なの。えへへ…ちょっと目から汗が出てきただけなの。そう汗なの」
「あのね、おにいちゃんのこと信用してないわけじゃないの。だけどちょっと心配になっちゃったの。だっておにいちゃんイカじゃないんだもん」
「イカだと思ってたのに…イカでも好き…うにゃうにゃ…イカでも、ス、スパイとして、うん、スパイとして! す、す、す、好きだったのにぃ、うん、スパイとしてね! こんなのずるいの!」
「絶対周りの女の子がほっとかないの。困ったの」
「モテないの? 嘘だぁなの! え〜ほんとなの? 地球の女の人はセンスないの…まぁ私にとってはラッキーなの。あっ、『伍長ちゃん』には絶対におにいちゃんを見られないようにしないとなの…あの子百戦錬磨なの。かくなるうえはやられる前に殺るって手も…」
「…! 気にしないでなの。ひとりごとなの」
「え、てことは…ちょっと待ってなの! 私とんでもないことに気がついてしまったの。おにいちゃんがモテないってことは、私たちと地球人は美的感覚が違うってことなの?」
「それって…! おにいちゃんから見た私っていったい…!」
「いやぁっ聞きたくないの! 人は中身が大事なの! 私はおにいちゃんがイカでも好きなの! それなのに、それなのに、あんまりなのぉ!!」
「…へっ!? かわいいっ?! かわいいって言ったの? それって私のことなの?! おにいちゃんから見て私、かわいいのっ!?」
「んもう! 心配して損したの! ふぅ〜なんだか顔が熱くなってきたの」
「冷静に考えれば私がかわいくないわけがなかったの。だって、宇宙軍で開催した美少女コンテストで私、準優勝だったの」
「優勝はもちろん『伍長ちゃん』なの。マブダチが優勝して私も鼻高々なの。でもおにいちゃんには絶対会わせないの」
「ダメなのぉ。おにいちゃんが『伍長ちゃん』好きになったら骨抜きにされちゃうの。『伍長ちゃん』を舐めたらだめなの。おにいちゃんにはスパイという大切な任務があることを忘れてもらっては困るの」
「なっ…! 『伍長ちゃん』より私が好き…?! 見なくても分かる…?! な、な、な、なんなのもーう♡」
「もーう。おにいちゃーん。おにいちゃんって、もしかして、ほんとは悪い人なの? そうやって私の心を惑わせて、私のこといったいどうするつもりなの? はっ…もしかして…私をたぶらかして宇宙軍を乗っ取るつもりなの?! そ、そうはさせないの」
「えいっ! やぁ! これでどうだっ!…なの」
少女が次から次に軍服でセクシーポーズを決める。
「な! 顔が赤い…? そ、そんなことないの! 全然恥ずかしくなんかないの! これはおにいちゃんを心変わりさせないようにするために必要な任務なの! 任務だから恥ずかしくないの!」
「そんな意地悪言ってるけど、おにいちゃんだってお顔真っ赤なの。まるでタコさんみたいなの」
「あれ…? ほんとにすごく真っ赤なの。そんなに赤くて大丈…おにいちゃん?! おにいちゃんっ!! おにいちゃ――」
少女の声が遠ざかり、そこで意識がぷつりと途切れた。
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