第二十話 あんまり暴れないで!


食事を終えた俺たちは行き交う冒険者の間を縫ってなんとか食堂を抜け出すことに成功した。流石にこうも多いと落ち着かないし、店の迷惑にもなりそうだから早々に席を立つことにしたのだ。

やはり大型系列のエルサは人気がある。冒険者ギルドと強い繋がりがあるみたいだし、商人ギルドでもかなりの力を持ってるそうだからまぁ納得の光景だ。


それから少し歩くと宿の受付が見えてくる。こっちは意外と人が少ないようだった。顔なじみのおばさんも受付で気だるそうに座って受付票をチラチラと見ている。



「どうも、今朝ぶりです」



「ん?……あぁ兄ちゃん、今朝ぶりだね。聞いてた通り二部屋とってあるよ。銀貨三枚だ」



「ありがとうございます」



懐から銀貨三枚と心付こころづけの銅貨二十枚を取り出し、おばさんに渡す。

実は今朝この宿を出るときに二部屋取れないかの相談をしていたのだ。基本的に部屋の予約は受け付けてないみたいだけど、常連だからと店主は俺のわがままを聞いてくれたそうな。



「まいどあり!にしても兄ちゃん、あんたも罪な男だねぇ。そんなべっぴんさんを二人もはべらせて……えぇ?ホントに二部屋でいいのかい?」



ニヤニヤと悪そうな笑顔でからかってくるおばさんに、俺は全力で首を横に振る。今気づいたけど二人ともフードを外していたらしい。



「そそそそんなんじゃないんで!」



「あっはっは、そんなに焦らなくていいじゃないか…………まぁ今日もゆっくりしていきなね。階段を上がって真っ直ぐ進んだところの突き当たりにある二部屋だよ」



「あ、ありがとうございます……」



なんとも掴めない感じの人だな。ヨハンのパーティにいた時はこんな対応じゃなかったのに…………って、それもそうか。あの時はいつも一人だったけど、今はクルエラやリノという絶世の美女二人と行動してる訳だし、流石に目につくよなぁ。


再び二人にフードを被るようお願いをして、俺はそそくさと階段を上がる。そして通路を歩いてる時、不意に後ろのリノが思い出したかのように口を開いた。



「おぉ、そういえば我はクルエラと手合わせしてくるのじゃ」



唐突な衝撃発言に、俺は少し動揺する。



「えっ?…………いや、ちょっと待とうか。リノ達が戦うと流石に王都がやばい」



「人間領域でやらなければいいのであろう?流石の我も心得ておるわ」



「ほんとに大丈夫か?」



「心配するでない!」



リノが言うといまいち信用出来ないんだけどな。まぁ今日は満足に戦わせてあげれなかったし、このくらいは大目に見てもいいかもしれないけど……。



「ん……」



そうやって頭を悩ませている俺の袖を、クルエラが優しく引っ張る。そちらに向くと、彼女は小さく首を振った。



「私は何も聞いてない……」



────えっ?と驚いてリノの方を向く。



「…………って言ってるけど?」



「なぬっ!?」



突然のクルエラの裏切りに体をワナワナと震わせて固まるリノ。なるほど、勝手に話を進めていた訳だな。それは流石に世間は許してはくれぁせんよ。



「あんまりじゃあ…………我はまだ満足しておらぬというのに!」



そう言って地面に大の字で倒れると、駄々をこねる子供のようにジタバタしだした。リノの一挙一動によって宿が揺れ始める。丁度通路の真ん中にいたため、間の部屋から宿泊客たちが不思議そうに顔を覗かせてきた。



「ちょっ……!」



おい止めろって!宿を壊す気かよ!



「ちょっと待て!わかったから一回落ち着くんだ!」



とりあえずこんな光景を他の人に見られるとまずい。もうすでに手遅れな気もするがなんとかこの場を収めなければ。



「ひとまず俺の部屋に入ろう。話はそれからだ」



暴れるリノをなんとか宥めて部屋に連れていく。

もう最初の威厳なんて微塵も感じないのは呆れが勝っているからだろうか?今はただの子供にしか見えない……。



「ふぅ…………で?クルエラは手合わせとやらをしてもいいのか?」



「頼むのじゃ!」



なんとか部屋まで連れてくることに成功した俺は、とりあえずクルエラに聞いてみる。

隣でリノも必死に懇願していた。その甲斐あってなのか、クルエラも諦めたように小さく頷く。



「わかった……」



「流石クルエラ!大好きなのじゃあ!」



なんか当時の二人の関係も目に浮かぶ気がするな。多分苦労したんじゃないだろうか。



「まぁクルエラがいいならいいけど…………あまり激しくやらないように!わかった?」



「うむ!大丈夫なのじゃ!」



ホントかなぁ。心配は尽きないけど、どうせ止めても無駄だしな。これ以上暴れられるよりはクルエラに任せた方がまだ安心だろう。


はぁ、と一つため息をついて窓の外まで行く。薄暗い王都の景色を一望してある一点を指差した。



「この方角を真っ直ぐ進んでいくとブエナ平原っていう開けた場所があるんだ。そこを通り過ぎてさらに進むとフェブル山脈が見えてくる。その辺りなら居住地域もないだろうから少し暴れても大丈夫だと思うよ」



「うむうむ!感謝なのじゃ!では早速いくとするかの!」



もう待ちきれないと言わんばかりにクルエラの手を引く彼女は物凄い速さで部屋を出ていく。



「なにか問題を起こさないといいけど……」



嵐が去った後のような静けさに包まれる部屋で、俺は小さくそう呟いた。仮にリノが暴走したとしてもクルエラがいるから大丈夫だろう…………だと思いたい。


何はともあれ、うるさいのがいなくなったのでゆっくり眠るとしよう。また明日も疲れそうだしな。




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