第4話

 とある朝、父が昼食に誘った。会社も近いのでたまに一緒に行っていた。

昼時に少し遅れて鰻屋に入ると、父と見知らぬ男性が一緒に座ってこちらを見ていた。その男性は父のお気に入りの部下で品のいいスーツで仕事もできそうな雰囲気。口調も穏やかで笑顔もさわやかだ。アタシと同じ大学出身で3歳年上の独身だそう。

自分のお気に入りを紹介して、あわよくば交際でもしてくれればということか。


 父の立場に気を使いその場は無難にこなし、別れるとき番号を交換した。

が、さほど興味はない。父はなにを余計なお世話をしてくれたのだろうか。あの部下だって上司に言われて無理に付き合って来た可能性もある。怒りさえ込み上げる。

 日曜でもやることがなく自室にこもってボーっとしている年頃の娘を心配しているのはわかるが、父親に男性を紹介してもらうほど深刻ではないはずだ。

そもそも年頃とはなんなのだろうか。結婚して実家からでて、自分で家庭を築くことだけが幸せなのか。

今のアタシはそんなに淋しそうにも退屈そうにも見えたのか。


 まっすぐ家に帰る気にもなれず、地元の駅前にある居酒屋に寄った。扉を開けると親友の碧唯あおいが元気に迎えてくれる。と、同時にカウンターに座っていた男が立ち上がり、笑顔のままこちらに進んできた。銀二だ。

「ひさしぶりー!」と大声で言いながら抱き合った。

 銀二は肩につきそうなほど髪を伸ばして無精ひげ姿で陽気に飲んでいた。離婚に落ち込んでる様子はみじんもない。

碧唯が

「どうせ銀二が悪さしたんでしょ」

と、笑いながら離婚理由に突っ込むとただ笑っていた。

 碧唯がそう言うのもある意味納得で、銀二は子供のころからよくモテた。

勉強はあまりできる方ではないが運動神経はいい。背が高くて目鼻立ちもはっきりしていて華がある。それに加え誰にでも親切でとても陽気なのでいつもたくさんの人に囲まれていて、地元でも老若男女問わず人気者だ。

そのせいでなのか、大学時代はだいぶ派手に遊んでるような噂は聞いていた。

常に低体温な自分とは相いれない性格に見えるが、銀二の包容力はどんな人でも包み込んでいた。アタシのカサついた心には眩しすぎる太陽だった。

 軽く1杯飲んで帰ろうと思っていたが、思い出話で盛り上がってだいぶ飲んでしまった。

アタシは背が高い方で、それがあまりかわいく思えず好きじゃない。酔っぱらって歩けなくなったとき、大柄な銀二はおぶって家まで送ってくれたことがあった。その時は自分がかわいい子になれた気がして嬉しかった。

それからアタシは彼といると心おきなく飲む。

手をつないで公園から帰っていた小さな頃から、彼の大きな体と笑顔はアタシのセーフティーネットだった。

アタシと銀二が手をつながなくなったのはいつからだろう。


 銀二が家まで送ってくれて──と、いっても家はすぐ裏で通り道だけど──帰宅すると父がまだリビング起きていた。昼食の件を謝った。それというのも昼食後、怒りに任せて愚痴メッセージを姉に送っていて、それを読んだ姉が父に説教したらしい。

父は「いつまでウチにいてもいいんだよ」と、優しい事を言ってくれたが、逆にそれはそれで子離れできない甘い親だなと天邪鬼なことを思った。父の優しさだと理解し、許すことにした。

というより、だいぶ飲んでいたので早く寝たかっただけだった。


 騒がしく飲んでいて気がつかなかったが、鰻屋で会った父の部下の男からメッセージが来ていた。紺野こんのという。父への怒りの方が印象に残っていたが、よく思い返してみれば彼はなかなかいい人だった。

<今週中にでも会社終わりに食事に行きませんか?>

という内容で、やることもないので誘いにのることにした。

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