第72話 第四の黒髪

 ――二十余名の冒険者が死んだ。

 その半分以上は、拡大魔物ラージスケールではなく目撃情報の出ていた魔王軍の男にやられたらしい。実際に遭遇し、逃げ帰ってきた冒険者の言によると、単純な強さもさることながら、ただの人間ではありえない異質さを有していたという。


 当然ながら捜索は一時中断され、わたしと師匠はバルトローガの街に戻ると、支部長マスターに戦闘の推移や敵の様子などを話した。ついでに、ヴィスペルさんの代わりに師匠が現れたことを不思議がる彼にその理由も説明した。


 ツィルニトラとの最大の違いは、やはり独立して稼働していたと思しき俊敏な尾だろう。拡大魔物ラージスケールは動きが緩慢だと対峙した誰もが言う中で、あの尾だけは明らかに違う動きをしていた。あれが魔王軍の生物兵器なら、改良によって強化した個体ということだろうか。

 一方で、出現の様子を付近から見ていた冒険者は一様に「突然空中に現れた、沼のような黒いナニカから落ちてきた」と語ったそうだ。どうやら敵に、未知の移動や輸送の手段があるのは間違いないらしい。


 中断された捜索は、明日には布陣を変えて再開するそうだ。最初から犠牲が前提とはいえ、無策で対抗手段もないまま挑むのはさすがにリスクが高すぎると思う。

 とはいえ悠長に時間を費やせば、知らぬ間に逃げられる可能性もあるわけで。そういう意味では確かに、敵の考える隙を削ぐために圧をかけ続けるのは効果的かもしれない。


 どうにせよ、師匠の存在は味方に、そしてきっと敵にも知られたはずだ。

 それに対して敵がどうアプローチしてくるかで、わたしたちの動きは変わってくる。最優先で潰しにかかってくれればありがたいけれど、逆に避けるようならヴィスペルさんに対処してもらうしかない。


 ともあれ、は明日以降でなければどうにもできない。

 よって今、わたしたちが最優先で片付けるべきはで――




「綾成高校二年四組、出席番号五番、柏よよヨヨ・カシワです! よろしくお願いします!」




「……おいリコー、誰だこいつは」

「勇者の一人だって」

「勇者ぁ? ってことは、お前の同胞か」

「記憶にはないけど、おそらくは」

「ふぅん……勇者、ねぇ……?」


 バルトローガの街の外れに設けた、わたしたちの仮の拠点。

 ヴィスペルさんが掘ったこの洞窟に、魔術師という秘密を共有しない第三者が訪れていた。


 それがおっぱいさん――もといヨヨさん。

 彼女は頬を紅潮させながら爛々と瞳を輝かせ、師匠に視線を向けては太ももを擦り合わせて身悶えている。その様子は、故郷の村で覗きを繰り返していた青少年エロガキを彷彿とさせるものだった。


 そんなヨヨさんに、ヴィスペルさんは訝しげな視線を向ける。

 勇者という存在は、彼女が嫌う王族が召喚した王国の戦力であると同時に、彼女が親友と認める騎士が教導した若者たちだ。敵対するか、親身になるか、立場を決めかねているんだと思う。


「で、その勇者サマがなんでこんなところに?」

「えーと、経緯はまだ聞いていないんですけど、彼女が主張しているのは――」

「芦原くんのことが好きなので、一緒に行動したいです! 私を仲間に入れてください!」


 とまあ、そういうことだ。

 地べたに額をつけて頼み込む少女の姿に、ヴィスペルさんも、そして師匠も何とも言えない表情をしている。少なくとも現状、好意的でないのは間違いない。


「リコーが好きって――正気か?」

「正直に言うと正気じゃないです!!」

「おいリコー、ひどいこと言われてるぞ」

「最初に言ったのは君なんだけど……まあ、僕もその方が納得はできるかな」


 師匠に恋愛感情を抱くなんて、真っ当な人間ではありえない。

 見た目や性格の話じゃない。師匠は、明確に他の人間とは違っている。異種族どころか人外を好きになるようなもので、共感はできないし理解も及ばない。


「あのぉ……あ、芦原くんは今、す、しゅきな人とか、いるのっ?」

「いないよ」

「じゃあ、こっちの二人とも……?」

「何もないよ」

「あるわけないです」

「あるワケねーだろ」


 だから、そんなことを疑われるのは非常に心外だ。今のところ色恋に興味はないけれど、それでも真っ当な人間を選ぶ権利くらいはわたしにだってある。

 ヴィスペルさんが全力で嫌悪を示したすごい顔をしているけれど、きっとわたしも同じような顔しているのだろう。ヨヨさんはわたしたちの顔を見ると、すぐに安心の表情を見せて、


「そっか……! じゃあ、恋愛絡みでケンカになることはなさそうだね」

「……ちなみに、もしリコーに特定の相手がいたら?」

「二番目のお嫁さんか、最低でも愛人関係は認めてもらえるように頼み込みます!」

「ヤベーなコイツ」


 ヴィスペルさんの端的な感想が全てだった。


「それで、どうするんですか師匠」

「んー、正直に言うと断りたいかな」

「そんなっ!? む、胸の大きな女の子は嫌いですかっ!?」

「いやそういう話じゃ全くないんだけど」


 自身の豊満な胸を揉みしだいて強調アピールするヨヨさんと、それを目の当たりにしても平然とした様子の――それでも視線はちゃんと逸らす――師匠。

 師匠が渋っているのはヴィスペルさんの時と同じで、魔術の存在が第三者に知られるのを防ぐためだろう。……そしてこれもヴィスペルさんの時と同じで、師匠個人に執着するヨヨさんをこの場で突き放しても、後々付き纏われる可能性が高いように思う。


 それがわかっているから対応を決めあぐねている師匠に対し、ヴィスペルさんはため息を吐いて、


「ったく、お人好しの馬鹿共が……おい、ヨヨ」

「はい?」

「この世界に召喚されてからの出来事と、他の勇者の情報、第三王女アルティエラの動きに、それらをひっくるめたお前自身の所感――そいつを話したら、私たち『黒髪同盟』の一員になることを許可してやってもいい」

「本当ですかっ!? 何でも話しちゃいますっ!」

「……師匠、なんか勝手に決められてますけど」

「いつものことでしょ」


 それもそうだ。











 ――それから、ヨヨさんは全てを語った。

 元の世界での境遇から、勇者たちの名前とスキルと人間関係、彼女が離脱する時点までの勇者が得ていた情報に、離脱してからの足取りまで、惜しむことなく語って聞かせ、質問には素直に答えた。


 中でも一番助かったのは、『勇者たちは、芦原理巧リコー・アシハラがスキルや魔法以外の戦闘手段を有している可能性に至っている』という情報だ。

 魔術を秘匿するという点では嬉しくない事実だけど、それを知るか知らないかで魔術師こちらの対応も大きく変わる。今回の場合で言えば、ヨヨさんが未知の力まじゅつの存在にとっくに想定している以上、彼女を遠ざける意味があまりないということになる。……まあ、そもそも先の戦闘で彼女に魔術を見られているし、改めて考えれば今さらかもしれない。


 後は、師匠たち元の世界の技術、その現物を見ることができたのもいい経験だった。

 妙な質感の薄い板――『スマートフォン』なる通信器具は、わたしたちの常識を遥かに超えた産物だった。地平線の向こうの相手との通信を個人で可能とし、現実と寸分違わない写真を瞬時に作成できて、高度な計算の答えも一瞬で叩き出す。そんなものを一般市民が当たり前のように保有する世界に、憧れよりも恐れが湧き上がる。


「――魔法のない世界でも、そこまでのことができるんだな」


 しみじみと、感じ入ったようにヴィスペルさんが呟く。

 スマートフォンの画面に指を這わせ、ヨヨさんが撮った写真の数々――その大半は師匠の隠し撮り写真だった――に映る異世界の光景に思いを馳せる彼女は、またしても大きな息を吐き、


「逆に言えば、こんなものが出回る世の中になったところで、争いや差別、貧富の差はなくならないってことだ。……さぞや面倒くさい世界なんだろうなァ」

「そうだねえ。権利やら義務やら法やら常識やらで雁字搦めになっているせいで、逆にその抜け道や悪用を考える小狡い人が増えている感じかな。弱肉強食の社会で弱者を守ろうとした結果、楽をするためだけに自ら弱者を名乗って庇護を求める人もいるし」

「魔物のような存在がいない僕たちの世界は、人間がその頂点に立った時点で有力な外敵を失った。その上で富の奪い合いゼロサムゲームをしようと思えば、矛先は同じ人間に向けるしかない」

「人が人である限り、悲劇はなくならないってことですか――わたしたちにできるのは、それをなくそうとする最大限の努力をひたすら続けていくことなんでしょうね」


 なんて、ちょっと真面目な話も経て。


「――よしわかった、『黒髪同盟』への加入を許可してやろう」

「やったー! これから末永くよろしくお願いしまっす!」

「……師匠、なんか勝手に決まってますけど」

「いつものことでしょ」


 それもそうだ。

 というか、魔術の問題はどうするんだろう――と思っていたら、


「ただし、一つだけ条件がある」

「上納金ですかっ!?」

「違えよ。……リコーとマリアが使う能力ちからについて、こいつらが話そうとするまで詮索しないこと。いいな?」

「……あー、例の魔法でもスキルでもない能力ちからってやつ。――ふっ、それくらいならお安い御用ですよ、ハブられるのには慣れてるんで!」


 虐げられていた過去に起因する悲しい言葉を、けれど悲惨さをまるで感じさせない明るさで言い放つヨヨさん。

 どうあれ、わたしたち『黒髪同盟』に新たな仲間が増えた――増えてしまった。……この調子ペースだと、一年後には三十人くらいメンバーを増やされているかもしれない。


「前衛でも特攻でも肉壁でも、何でもやったりますよー!」

「前衛は無理だ、お前どう見ても近接ザコだろ。魔法はそれなりだが私の下位互換でしかないし――だから、お前の価値はだ」


 言った直後、ヨヨさんの背後の岩壁が隆起し、岩の礫が彼女に向けて放たれた。

 高速で飛来するそれに対して、対応の猶予は一秒ほどしかなく――逆に言えば一秒あったにも関わらず、彼女は微動だにしなかった。


 それは動けなかったわけでも、気づけなかったわけでもない。

 ――その軌道から当たらないと悟っていたから、動かなかっただけのことだ。


「――危機への対応の拙さはあるが、『反響定位スキル』を用いた索敵能力は文句なしに一級品だ」


 そして礫を放った犯人であるヴィスペルさんは、その結果に満足そうな笑みを見せて、


「恒常的な空間把握という点においては、私を優に上回るどころか世界でも有数の素質ポテンシャルがある。それを活かさない手はない」

「斥候ってこと?」

「それ以上の『何か』になれるってことだ」


 そう断言してみせた。最強の冒険者という肩書きが生む説得力のせいか、この人が言うと本当になってしまうそうな気がしてくる。


 何やら乗り気になっている二人に対して、わたしたち師弟はどこまでも冷めていた。


「……修行、やりづらくなりますね」

「というか遠ざけたところで、会話は聞かれなくとも何をしているかは『反響定位』でバレるんだから、彼女の口の固さを信じるしかない」

「師匠としては、ここ最近の状況をどう思ってます?」

「すっっっっっっごい不本意」


 すごさがひしひしと伝わった。

 生粋の魔術師である師匠には、魔術が第三者にどんどん漏洩しつつある現状が許せないんだろう。そのこと自体、師匠が原因と思わないでもないけれど、魔術の秘匿を徹底していたら師匠は死んでいただろうから仕方のないことだ。


「――けれど」

「……けれど?」

「不思議と、嫌な気分じゃない。一人で魔術師や魔女を相手にしていた時よりも、充足感があるというか――まあ、そんな感じ」

「へー……師匠って、時々人間っぽい感情を見せますよね」

「正真正銘の人間だよ?」


 それはある意味、当然の思いなのかもしれない。人外じみた師匠だからこそ、彼の孤独感を埋めるに足る、仲間や同族と呼べる存在は滅多にいないはずだ。

 孤独に耐えられるからといって、孤独を感じず苦を覚えないとは限らない。群れることを好むのは、人間というか動物としては一般的な習性で、であれば師匠も同様だったとしても不思議じゃない。


「……ちなみにですけど、師匠って色恋に興味とかあるんですか?」

「興味はないけど、子どもは欲しいと思ってる。ただ、前の世界でなら子どもを魔術師にしただろうけど――今はちょっと迷ってるかな」

「跡継ぎ、ってことですか。迷っている理由は?」

「それこそ、最近の状況を見て、ね……僕が下手に動くと魔術が余計に広まりそうな気もするから。それに血縁だからと魔術師の使命を押しつけるのもどうかなって、以前は思いもしなかったことを今さら考えるようになったのもあるし」


 魔術師という生き方に盲目だった以前から、多少なりと変化しつつあるらしい。

 果たしてこれは良い変化なのか、それとも悪い変化なのか――などと思っていると、突然ヨヨさんが寄ってきて、


「――え!? 子どもが欲しい!? 任せて芦原くん、わたし十人でも二十人でも産むよ!」

「産んで終わりじゃないんだから、考えなしに子どもを作るのはどうかと思うよ」

「大丈夫、十人でも二十人でもちゃんと愛情注いで育てるから!」


 育児放棄ネグレクトされていた人間とは思えない強気な発言だ。それとも、そんな過去を全て捨て去ったが故の自信なのだろうか。

 後ろ向きよりは前向きの方がいい気はするけれど、今のヨヨさんは彼女自身が語った通り、ねつにうかされていて正気とは思えない。であれば彼女の変化は、彼女にとって本当に良いことなのか――




「あ、ちなみにネトラセとリョナ以外なら大体OKだから! ちょっとハードなプレイでも応えてみせるね!」

「僕は交際もしていない相手と性交するつもりはないよ」

「ってことは、私が芦原くんと付き合えれば――ううん、結婚すればいいってことだよね! よーし、頑張って好きになってもらうぞーっ!」




 ――うん、なんかすごく幸せそうだし、良いことな気がしてきた。

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ハズレスキルの持ち腐れ ~異世界でクラスメイトに見捨てられたおかげで全力が出せます~ 安部A太 @edel_abend

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