第35話 戦闘魔術師ギードの復帰
戦闘魔術師が帰ってくる。それは王宮魔術師と兵士たちの間でちょっとした話題になったらしい。
どうやら脚が治ったらしいぞ、長く患ってたのにどうやったんだ、いい治療魔術師が見つかったのか。帰ってくるのは超助かるけど、それを理由に城から出られたとか言ってたのにな。面倒くせえ書類仕事を受け入れてでも戻りたくなったんだな。
バカそんなの強がりに決まってんだろ、あんなに生き生き戦ってたじゃん。察してやれよその辺は。いやあいつの書類嫌いは本物だぞ、期日前とかはよく顔死んでた。
それより結婚したって本当か、女に秋波を送られてても大して興味を持つ素振りすらなかった奴が。それが奥様はどえらい美人らしいぞ。あいつ確か元カノも美人だったよな、なんであいつだけ。ずるくねえ?
そりゃお前、戦闘魔術師様なんだぞ。ひとりで兵士と魔術師を兼ねる奴だぞ、どう考えても有能だろ。そりゃ選び放題にもなるってもんだ。まあ当の本人は仕事のことしか興味なかったみてえだけど。
なあ、そんなことよりあいつの奥様、あの服飾店の広告の子らしいぞ。おいマジ許せねえんだけど。お前に許されなくてもいいだろうよ。俺あの子大好きだったのに。俺だってすっげえ好きだよバカヤロー、ていうかあの子は女の子なの? 男の子なの? 女の子らしいぞ、もう子供ができたって話だから。
「おかえりギード。ねえ、お前のこと呪っていい? 呪っていいよね?」
「おー、ただいま。何なんだよいきなり。久しぶりに会ったと思ったらその台詞」
「だってさあ! 俺あの広告の子大好きだったのに!! 同好会にも入ってんのに!!」
「おいそれ初耳なんだけど。なんだその同好会って。誰が何をやってんだよ」
「その同好会で知ったんだよ、あの子の夫は誰かって。神は死んだ!!」
「縁起でもねーな討伐前に。だからその同好会って一体誰がやってんだよ」
愛しのエリー様同好会。その会長は、エヴェラルド・ウィンチカム。あの馬鹿野郎は変な意味でエリーにハマり、崇め奉り、憧れを拗らせ、しかし近づくのは怖いので同好会なんてものを作って自分で自分を慰めているらしい。悲しい男である。
でもどうせ会長、会長と呼ばせて自己顕示欲もついでに満たしているんだろう。そして寄ってきた女を食う。片っ端から。あいつはどうせそういう奴だ。馬鹿は死んでも、穴という穴を責め立てられても変わらない。
ああ、でも前と同じようにできるとは限らないな。あれじゃない、これじゃないと一生手に届かない快楽と刺激を求めて足掻き苦しむハメになるだろう。なんせ『開発』されたから。エリーに。俺の強い強い奥さんに。
──────
「……ギード、おいギード。なんかちょっとおかしくないか」
「あ? 今話しかけんなよ、近くまで来てんだから」
「いやこれ大丈夫なやつだろ。だって見ろよ、こんだけ近づいてんのに完全無警戒。腹出して寝てるやつもいるんだけど。絶対聞こえてる距離なのにも関わらずさあ。おかしくね?」
街に近づいてきている魔獣がいる。報告を受けて準備をし、
「俺が単独で行ってくる。合図するか、もしくはかかってきたらすぐ全員飛び出せ。頼んだぞ」
「マジで気をつけろよ。いつもと違いすぎててなんか怖い」
目と鼻の先にいるのは青銅土竜。大人の羊ほどの大きさで、ずんぐりとした身体には短い脚が計四本。嘴のような先細の口は、開くと細かい牙が並ぶ。退化した小さい目に薄っぺらい大きな耳。全身が鈍く青光りする鱗で覆われたモグラといった感じだが、こいつは非常に性質が悪い。
魔獣は魔獣を食うのが常だが、こいつはたまに思いつきで人里に降りて家畜を食らう。肉なんかには目もくれず、内臓だけをムシャムシャと。しかし大して食わず残しまくるし、なんなら齧るだけで放り投げて命だけを奪ってゆく。食事というより遊びの一種のつもりらしい。迷惑な奴である。
耳がいいので近づくのが困難な魔獣なのだが、明らかに気づく範囲を通り越してなおまだ気づいていやしない。逆にこちらは警戒したが、このままじっとしていても埒が明かないので乗り込んでみることにした。
……気づいてないというか、無視されているんだが。
サッ、と合図を送った。剣を構えて、恐る恐るという感じでみんなが出てくる。その後ろには姿勢を低くした魔術師たちが、さらにこわごわとした表情で杖を構えて準備している。
じゃあ…………やるか? といった呑気な感じで戦闘を始めたが、魔獣は『ギャアア!?』といった反応で、まるで急襲をかけられたような様子であった。混乱を極めている。さほど動きは素早くない身体を補うため耳が発達し、逃げるのが得意になったと聞いているが、今まで見たことのない速さで動き逃げようと頑張っている。
しかし完全に包囲されている。木々の隙間に逃げようとしてもそこには必ず兵士がいるし、その網の目を潜ろうとしてもさらに後ろに控えている魔術師が、退化した目には眩しすぎる光を放つ補助の魔術をバシバシと飛ばしてくる。
魔獣にとっては絶望だろう。天敵のひとつである人間に囲まれて。いつもなら楽勝で逃げられるのに。逃げた先でも家畜を漁り、満腹で帰れたはずなのに。いやでもな、俺たちはさっきからずっとここに居たわけだ。なぜ気づかない。おかしいのはそっちだろ。
なんか変だな、やりやすいけどさ、と思いながら魔獣を次々片付けていると、魔術師たちが飛ばす光とは別の色をした光が時々、目の端にチラチラと見えることに気がついた。
腕当ての中で何か光っている。中にあるのはエリーが作った、討伐に持っていけと渡されたあの御守りである。光るとは特に聞いてなかったが。気になったので終わったあとにすぐ、飛馬の陰に隠れてこっそり検分してみることにした。
……例えて言うなら、七色の魔力残滓が等間隔に、髪の一本一本の内側を通り抜けながら走っている。かしめた金具から金具まで、キラリキラリと流れるように。それは金色だったり銀色だったり、赤だったり紫だったりと、せわしなく色を変えている。
うわ、凄いな、と思っているうちにフッと消えた。これは本当に謎道具だ。魔道具と言っていいかもしれない。しかし発動条件が不明である。確かエリーは魔獣が出たとき隔離されていたと言っていた。細かいことはわからないらしいが、ダメ元で聞いてみるか。
夢でも見ていたような気持ちになりながら飛馬で移動していると、『魔獣をバッサバッサとやれますよー!』と得意気な顔でこれを指差していたエリーの顔が頭に浮かんだ。うん、確かにそう言っていた。それは本当にその通りだった。随分と予想外の効果だったが。
それから討伐があるときには必ず身につけて行くようにしていたが、いくら耳が良かったり鼻が良かったりする魔獣でも、真横に立っていようが呑気におやつを食べていようが、物理的に身体に触れなければ絶対に気づかない、ということが立て続いた。
もちろん油断し過ぎて退避が困難な位置に行ってしまったなら、反撃に遭って大怪我は必至である。しかしこのお守りひとつあるおかげで、有利な戦況に持っていけるので楽だった。緊張し過ぎない。怪我人が一人も出ない。至極安全に敵を倒せる。こんなことは初めてだった。
エリーに改めてお礼を言い、効果に関しての確認を取ってみると『光が漏れないようにすると威力が調節できるらしいですよー』と教えてくれた。やってみると、本当に言われた通りに調節できた。
復帰初日でこうなったのだ、俺がなにか秘密の魔術を編み出したんじゃ、と当然疑われるわけだ。でもいくら王宮所属とはいえ、手の内を全て明かすような魔術師はひとりもいない。個人個人が商品だからだ。
あまりに頼られ、それが当たり前になり、前に出る兵士たちが油断するようになっても危ない。あと、単純に俺がいないと何も出来ない、なんてことになったら俺が困るし、全員の戦闘経験が減ってしまうから部隊が弱体化してしまう。
次は威力を半分に削り、また次の機会にはさらに半分に削ったりして、みんなの記憶が新しいうちに魔術の効果が薄くなってきた、という演出をして誤魔化した。威力の全てを使うときは本当に危ないときだけに。折を見て使うことにした。
キラキラと光る魔力斬新が飛び交う戦場、今のところはバレていない。
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