プロローグ 始まりの狂詩曲《ラプソディー》 後編

 明らかに、この魔法は尋常ではない。

 リーダーの男は、壁に身を潜めながら思った。

 奇跡的にもあの襲撃から逃れたものの、背中を強く打撲し、顔を隠す布も剝がれ落ち、逃げる際に魔法を十連発も放ったので、かなりの魔力を消費してしまった。


「…………………」


 コンクリート一面に広がる、黒い液体と瘴気。瘴気は悪魔の魔力を形態化したもので、毒素とも化す。そして悪魔の魔法は、闇属性の黒魔法と称され、黒魔法はその名の通り、瘴気と同じ黒色を帯びる。


 だが、あの少年少女の魔法の性質が、理解し難い。火でも、水でも、雷でもない。得体の知れない何か。

そうだ、何かだ。何かが、共通していた。あの少年少女は、最初に──


「…………血だ」


 あの血が、仲間を秒殺した武器となった。あの血が、華奢な少女の鉄拳となった。あの血が、蜘蛛の巣のような拘束具となった。

 

 あの、漆黒の血が。



黒血こっけつ……! ………っつーことは………まさか………あいつら………ディアボロス!! 魔王の子だってのか!?」



「さすがにここまで派手にやればバレちゃうか」


 男は息を呑む。

 硬いコンクリートの上をカツカツと踏み、と迫り来る足音。


「あとは君だけ。できればこのまま大人しく投降してほしいな」


 少し高い音色だが大人びた口調の声の主は、あのクリーム色の少年、三人の中でも掴みどころのない、異質な殺気の持ち主だ。


「瘴気を含んだ血液、魔力そのものとなる黒血は一滴で人を殺すことができる。まぁもちろん、これでも手加減してるけど………」


 少年の優しげな顔立ちに、冷笑の影が頬を掠めた。


「たぶん狂っちゃうくらいの激痛に襲われるだろうね? あははっ」


 細い通路の奥から、仲間たちの飛び交う悲鳴が耳をつんざいた。何度も何度も、布を裂くような、引きちぎるような、耳も塞ぎたくなるほどの痛々しい声。


「な、んで………魔王の子が、こんな真似を」


  男の問うた声はみっともなく掠れてしまう。

 少年は一瞬きょとんとしたが、にっこりと、初めて人間味に溢れた笑みを見せた。



「世界中の困っている人を、ありったけの愛で助けたい」



「は……?」


「言ったのは俺じゃないよ。俺たちのリーダーさ。君と違って、勇敢で、陽気で、心根が優しくて、恐ろしいほど愛に溢れた、我が家の希望の星………」


「…………」


「そのリーダーがファミリーズを立ち上げた。魔王の子が人を救う、そんな狂詩曲ラプソディーをあの子は歌い始めたんだ」


「訳の、分かんねえことを………」


 男にとっては到底理解できるものではなかった。目の前にいる少年の笑みも、言葉も、人のものではないツノも、牙も、尾も、悲鳴も、黒い血潮も、この状況の何もかもが、容易に信じられるものではなかった。夢だと思いたかった。だが残酷にも、打撲した背中の痛みが現実へと引き戻す。


「まだかな? 妹たちほどでもないけど、俺はそれほど気が長くはないよ? 投降してくれないなら……」


「くっ!」


 少年がカリッと指を噛み、それが奇襲の合図だと身に持って覚えた男は壁沿いの奥へと駆けた。

 シュッ! と風の切る音が鼓膜を蹴る。

 同時に、コンクリートの壁が目と鼻の先で崩れ落ちた。


「はっ?」


 瓦礫の山が障壁となって、男の動きがフリーズする。

 首の後ろが、冷たい。

 数秒前まで十メートル以上は離れていた少年が、真後ろのゼロ距離で、首に黒いブーメランをあてがっていた。先端が鋭利な、黒血の凶器。


(速すぎる! こいつまさか……)


空間移動テレポートじゃないよ?」


「なッ」


「自己紹介遅れたね。俺は七男の黒野 ユウキ。速さだけは魔界四天王匹敵レベルとか言われててね………俺の黒血は目では追えない……おかげで万年奇襲担当さ」


 息が吹きかかるほどの距離に、男はようやく少年、ユウキのつかみどころのない殺気を目の当たりにした。

 警報ベルのサイレンが鳴り響く。

 騎士団も迫っているようだ。これほどの騒ぎとなれば、突撃部隊、警備部隊、調査部隊、すべての戦闘部隊が動いているに違いない。


 だが男にとっては、ふわりと笑って切っ先を突きつける少年の方がよっぽど恐ろしく思えた。

 もう、勝算はない。

 そんな逃亡劇の幕が降りる時だった。



「おじちゃん、だぁれ?」



 小鳥が囀るような、高く、愛らしく、あどけない声。

 後ろには殺気を放つ悪魔、そして前には、

 天使のような可愛らしい子供がしがみついていたのだ。


「ぱぱとまま、どこぉ……?」


 くすみのない艶やかなピンク色の髪に、ピコンと触覚のようなアホ毛が揺れる、まだ小学校低学年ほどの幼い子供。愛くるしい顔立ちからして、おそらく女の子と見える。

  親とはぐれたのか、少し不安そうな表情で、温もりを求めるように男の脚をぎゅっと抱きしめていた。

 あろうことか、強盗集団のリーダーである男に。


「来ちゃダメだ! 離れて!」


 ユウキが叫ぶ。初めて顔に狼狽の色を見せ──それを尻目に男はニヤッと笑う。体をねじってすかさず子供を抱き上げると、その小さな顔に火炎玉を寄せ付けた。


「ひぁっ!」

 

 子供は高い悲鳴を上げる。


「このガキ黒焦げにしたくなけりゃ、黒血を引っ込めろ。そのツノと牙と尻尾もな」


「くっ」


 ユウキは男を睨みつけたが、やがて子供がすすり泣くと、グッと闘志を噛み殺すように、悪魔の象徴を自ら消散させ、変哲のない中学生の少年へと成り下がった。


「ハハハハハッ! 偉大なる悪魔王子様が、こんなガキ一匹で手枷になるとは、正義のヒーローってのは随分哀れな生き物だなぁ!」


 男は目から口へかけて歪んだ笑みが張り付いた。

 少年は、グッと歯噛みし、今にも込み上げそうな殺意をも飲み込むように耐え忍ぶ。


「本当はテメェのクソ生意気な顔に一発は食らわせてぇが、もう時間がねぇみてーだからな。精々そこで指咥えて自分の不運に恨みやがれ!!」


 そんな捨て台詞を吐き、男は子供を抱えたままその場を後にした。





「ハァ、ハァ、ハァ」


 サイレンの音が頭に響くほど飛び交っている。

  ひっく、ひっく、と嗚咽する子供を右腕に抱き、左肩に宝石の詰まった革バッグをかけ、男は息を上げながら走った。


 魔力もそれほど残っていない。いくら廃墟ビルばかりの路地裏とは言え、サイレンの音響からして出口は包囲されているに違いない。見つかるのも時間の問題だ。


 だが、こちらには人質がいる。男は子供の泣き顔を見て、口元を歪ませた。

 大声を上げたり暴れたりもしない、無力で無抵抗の子供。もし騎士たちに囲まれたとしても、こんないたいけな子供を盾にとれば、奴らも手出しできようもない。逆にこちらが優位に立つことができる。何せ、あの魔王の子ですら戦意喪失させたのだから。


「へっ、正義を名乗る奴は馬鹿ばっかだな」


「ねぇ、おじちゃん……」


「あん?」


 さっきからずっとすすり泣いてばかりいた子供が、おそるおそる言葉を発したので、男は視線だけ向けた。


「あいちゃん、おしっこいきたいよぉ……」


 足をもぞもぞさせながら、子供は涙声で訴えた。あいちゃん、という一人称からしてやはり女の子だ。着ているジャージも上下ピンク色。

 しかし、完全包囲されている男に子供を相手にする余裕などなかった。


「我慢しろ、あと喋るんじゃねえ」


「でも、もれちゃうよぉ」


「うるせえ、黙ってろ!」


「もれたら、おじちゃんのふくとか、かばんとかに、おしっこついちゃう……」


「くっ……」


 宝石入りのバッグを横目に、男は顔を渋めた。

 今回で唯一の取り分だ。本来ならこれの十倍以上は手に入れるはずだったが、それはもう虚しいだけの高望みだ。

 だが、これさえも使い物にならなくなったら、しかも子供のお漏らしのせいでなど、赤っ恥の大失態である。


「おじちゃぁん」


「うっ」


「おねがぁい……」


 男は思わず顔を赤らめた。

 涙に濡れた黒目がちの瞳をとろんとさせ、上目遣いで見上げてくる。さらにへの字に曲げた苺色の小さな唇から、ふぁあ、と熱い吐息が漏れて、熱を帯びたように上気した顔。


「もれちゃ、やぁなの。はじゅかしぃよぉ」


 ごく、と男は喉を鳴らした。

 舌足らずな子供の声は、変に上擦っていて、甘さを粘らせていた。

 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。

 自分でも聞こえるくらい、心臓が激しく脈打っていた。


「ったく、し、しょうがねーな。さっさとすませろよ!」


 しぶしぶ子供を腕から降ろし、地面に立たせる。

 ドクン、ドクン、と煩わしい心音を鎮めるために、髪の毛をクシャクシャに掻き毟る。

 あり得ない。幾度も盗みを繰り返してきた悪党が、こんな、こんな小さな子供に魅了されるなど、断じてあり得ない。認めたくない。ましてやこの危機的状況の中で。


「おじちゃぁん」


「あん? ってうぉっ!」


 あろうことか、少し目を離した隙にとんでもない光景になっていた。 

 子供はピンク色のジャージのズボンの紐を無造作に引っ張って、お尻の片側だけ見えるように捲れていた。パンツは履いているが、つるりとしなやかな太ももがチラチラ覗かせている。


「ぬげないよぉ………」


 目に涙を浮かべ、絡まっている紐の先をガジガジと噛む。噛むごとにズボンが捲れ、丸いお尻をフリフリとくねらせる。


「てつだってぇ、おじちゃぁん」


 ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! 心臓が悲鳴を上げる。


「はやく、はやくぅ……もりぇちゃうぅ……」


 ぷつん! と男の中で封じていた理性の糸が、弾けるようにブチ切れた。


「ああお望み通り手伝ってやるよ! ハハハハハハッ! このエロガキが! 一丁前に誘いやがって!」


「ひゃぁっ!」


 ハアハアと息を荒げた男が子供を押し倒し、覆い被さった。

 乱暴に上着を捲り上げ、ズボンもずり下ろす。きめ細やかな白い肌が露わとなり、そのいじらしい肢体に釘付けになる。未発達なつるぺたな胸に、ややぽっこりとした赤ん坊のようなお腹。簡単に折れそうなくらいの細い脚、くねくねと揺れる黒い尻尾まで────


(は? 尻尾?)


「ぐふッ!!」


 バチンッ! と尻尾が男の頬に強烈なビンタを食らわした。

 コンクリートの地面に叩きつけられ、吹っ飛んだカバンをつかもうと伸びた手がギュッと尻尾の先に巻きつけられた。


「なっ」


「はい確保ー、強盗、傷害、動物虐待未遂、殺人未遂、そして児童わいせつの証拠げっとー。あ、このスマートウォッチ、録画機能もバッチリだから」


 天地がひっくり返ったような、トーンの下がった声。


 泣き顔から一変、子供はドス黒い笑みを浮かべ、手首に「F」のマークが縁取られたスマートウォッチを見せつけた。

 服の乱れを早々と直し、はわぁ、と気怠げなため息をこぼす。

 あまりの変貌ぶりに、男は手首を縛られたまま呆然としていた。

 目の前にいるこいつは、誰だ? と現実を疑うくらい。


「おっさーん、あんましこの辺でオイタしない方がいいよ? 本物の悪魔が、寄ってきちゃうからさ」


 子供はそう言って、牙を見せて笑う。

 その小さなギラつきに、ハッと、男は息を呑み、ようやく思考が追いついた。


「おっ、おっ、お前もっ!! 悪魔!?」


「は~い悪魔で~す」


 そのおどけた返事に、電撃のような衝撃が脳裏に突き抜けた。

 何という、滑稽な話だ。

 すべてが、罠だった。

 少年少女が現れた時から、自分だけが逃れたことも、あのクリーム色の少年の狼狽の色ですら、一つ一つ綿密に仕組まれた計画。

 この人外の異端児どもは、兄弟。

 最初から自分は、悪魔兄弟の手のひらでまんまと踊らされていた────という笑えない冗談のような、恐ろしい現実が、今。


「あ! 別に妖悪魔ダーキュバスじゃないからね! この魅惑のテクニックは生まれ持った才能だから! 一応高貴なるディアボロスの子だから! そこんとこ誤解しないでね!」


 悪魔の割には、人間の子供のようにコロコロと表情を変えるので、ディアボロスを名乗るには違和感がありすぎる。それにうるさいくらいに饒舌だ。


「最初は姉ちゃんと兄ちゃんすぐにとっ捕まえようとしてたんだけどさー、いや~どうせなら証拠バッチリほしいじゃん? んで証拠多い方が騎士団からの報酬も多いじゃん? 何より俺の出番必要じゃん? だから主役は遅れて可愛く登場かーらーのー? メロメロ悩殺大作戦! にしたってわけなの。ま、いつも大体こんな感じなんだけど」


 にんまりと意地の悪い笑みを口に浮かべ、


「いや~、まさかこんな簡単に乗ってくるとは思わなかったよ。おっさんロリコンなの? あ、それとも俺の魅力に堕ちちゃった? だとしたら嬉しいな~! 演技には自信あんだよね俺~!」


「お前は、何なんだ……!?」


「にっしっし~! 」


 息を漏らして笑った。


「大スターを夢見る大家族の末っ子! ファミリーズの囮役&お色気担当兼リーダー! 今流行りのちょいエロぷりちー男子、その名も黒野 アイスケ!」


 クイッと親指を頬に突いて、にしっと子供、アイスケは無邪気に笑う。

 本当にこんな状況でも敵ながら愛嬌を感じるが、聞き捨てはならない言葉があった。


「だん、し?」


 む? とアイスケは首を傾げる。


「あ、そうそうこう見えて中二男子ね。ついてるからね。ごめんね~何か色々夢壊しちゃって」


 あっさりと吐き捨てた心底どうでもよさそうな口調に、男はガクッとうなだれた。

 自分は、中二男子にして、こんな守銭奴な悪魔の誘惑にまんまと乗せられたというのか。 

 数々の盗みを成功させてきた悪党が、こんな情けない形で終焉を迎えたというのか。

 これが、この小さな少年こそが、世界初の狂詩曲を歌ったファミリーズのリーダー。


「こんなガキ一匹でも、力になれる。正義のヒーローってのは、最高に楽しい生き物だろ?」


 少年の不敵な笑みを見て、男は完全なる敗北感に打ちのめされた。


「見つけたぞ!」


 サイレンの音が間近で止まり、瞬く間に全方位、武装した騎士たちに囲まれた。

 ざっと三十人はいる。赤色の腰小旗を身につけた突撃部隊が大半を占め、先頭で剣を突きつけ、黄色の旗の警備部隊、青色の旗の調査部隊が後ろの方で控えている。


「おそいおそいおそーい! もうお手柄いただいちゃいましたよぅ! 騎士団の皆さ~ん? 中学生に先取りされて恥ずかしくないんですか~?」


「うるさい魔王の子。悪魔の鼻のよさと比べるな。それと、第一は人質の保護であろうがッ!」


「はいはいすみませ~ん、そこはー、あー、ほら、ね! 回復士ヒーラーのいらっしゃる騎士団の皆様ならきっと救っていただけ……たんですよね?」


「当然だッ! 軽傷者もいたが直ちに治癒した。全員無事だ」


「よかったぁ……」


 この時、アイスケは目を細めて、初めて安堵の笑みを見せた。ふんわりと、優しく。遠くの、愛おしいものを目に浮かべるような、慈愛に満ちた笑み。ずっと、この言葉を待っていたかのように。


『世界中の困っている人を、ありったけの愛で助けたい』


 あの言葉と少年の微笑みがリンクしたように、男は感じた。


「ではその男の身柄はこちらで預かろう」


「はいはいその前にちょっと待って!」


 先頭の騎士が一歩踏み寄ったところで、アイスケは小さな手を高く振り上げる。

 にやぁ、と意地の悪い笑みがチラ見せした。


「依頼こそない案件でしたが、今回の事件解決の功績は我がファミリーズにあります。魔王の子だろうがまだいたいけな中学生の俺たちが! 強盗集団から一方的にいたぶられながらもなお立ち向かい!」


「いやいたぶられたのは俺たちなんだが」


「穏便に事を済ませるために泣く泣く囮となった俺は……」


「メロメロ悩殺大作戦とか言ってなかったか!?」


「この生まれ持った魅力のせいで大の男から無理やり衣服を剥ぎ取られ!」


「お前から脱いだんだろーがっ!」


「そう! この身を犠牲にしてまで成し遂げた功績なんです!」


 男のツッコみを完全無視して、アイスケはウルウルと上目遣いで騎士たちを見上げる。


「だ・か・らぁ、それなりの報酬はあってもいいですよねぇ!」


 少年が本当に待ち侘びていたのは、この瞬間だったかもしれない、と男は失望した。

 騎士はじっと険しい眼差しをしている。


 本来ならば敵対同士であるはずの二つの種族が、自然と会話を進めていること自体が訝しげでたまらない。いくら終戦して十四年経っていようが、未だに人と悪魔は冷戦状態であるはずだ。

 ファミリーズ。彼らは魔王の子でありながら、本気で人を救う道を選んだのか。そして人は、そんな彼らの存在を丸ごと受け入れているのだろうか。今、見つめ合う二つの種族の関係に、一体どんな名前をつけたらいいのか、男には分からなかった。


「ハァ、いいだろう。ファミリーズ。お前たちに然るべきものを与える」


 騎士がため息混じりに言うと、ぱぁっとアイスケの目が見開いた。


「がっ! ごっ! てめっ! やめっ! いだっ!」


 パタパタと犬みたいに尻尾を振るため、縛られた男もガンガンと地面に叩きつけられる。

 それさえ気にせず宝物を見つけた子供みたいに目をキラキラさせるアイスケに、騎士は啖呵を切った。



他人ひとの住居で大暴れした損害賠償をな!」



 へ? とアイスケは笑顔のまま固まって、尻尾の動きも止まった。


「え、え、いや、ここって廃墟地なんじゃ……」


「何を勘違いしている。ここは老舗の質屋を営む森田もりた夫妻の住居だ」


「森田あああああああ!! いたのかああああああああ!!」


「運良く夫妻は外出中だったが、お前たちの黒血で骨董品の八割が損壊した」


「うそ──────ん!!」


「ちなみに森田主人の兄は有名な弁護士らしい」


「その情報やめてえええええええ! もういじめないでえええええ!」


「我々調査部隊が得た情報なので、間違いありません。森田弁護士の勝訴率はほぼ百パーセ」


「やめてえええええええええ!!」


「アイスケー、どうしたのよ?」


 アイスケが頭を抱えて絶叫していると、三人の兄姉きょうだいたちが路地から走り来た。あれほどの襲撃があったとは思えないほど、意気揚々でケロッとしている。


「アイちゃん! 大丈夫? 怪我はない? あったらお兄ちゃんがぺろぺろしてあげるからね!」


 クリーム色の少年、ユウキ。


「ユメね~、報酬もらったらまずは焼き肉食べ放題に行きたいの~! 特上のSランクコース頼んじゃうんだぁ!」


 姫カットの少女、ユメカ。


「私はルイ・シャンネルのショルダーバッグとポーチと財布と~、あと新作のスマホケースも気になってるのよね~……て、何泣きそうな顔してんのよ? え? 何かあった?」


 黒メッシュの少女、ココロ。


 ふぇ、と涙目の末っ子に、兄姉たちはギョッとした。

 この表情は演技ではないことを、彼らは知っていたから。ごくり、と固唾を飲む。


「借金増えたああああああああああ!!」


「「「はあああああああああああ!?」」」


 これは、あくまで家族の物語。 

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