6  落としどころ

 

〈語り部〉そして、静けさを取り戻した湖の水面に、

     また、正八面体の銀の機体が浮かんだ。今度こそ本物の救援隊だ。


     正八面体の一角が開くと、長身の青年が現れた。

     やはり銀の全身タイツだ。


「ミルフィオリ天女、ご無事で何より」

 

〈語り部〉湖岸に佇むミルフィオリを見つけると一足飛びに青年は、そばに来た。

     反射的に一歩退いたミルフィオリは両ひざをつき、青年に拝礼した。


総帥そうすい自らがお越しとは。恐れ入ります」

 

〈語り部〉ミルフィオリは手のひらの銀の立方体を差し出した。


「この中に、レダ天女を閉じ込めました」


「感謝。レダ天女は整備班を買収して、君の飛行艇を損傷させた。整備班の者が良心の呵責かしゃくに耐えかねて、自首してきたよ。レダ天女を事情徴収に連行しようとしたところ、逃亡されてな」

 青年は銀の立方体を受け取った。

「加えて、わが許嫁いいなずけを襲撃した罪は重い」


「いや。その件は断った」


「受諾していない」

 青年は微笑んだ。

「あのとき、を受けてくれたではないか」


「はぁっ⁉」

 思わずミルフィオリは低い声をあげた。

「どんだけ昔のことを持ち出すんじゃ!

未就学児童に菓子をちらつかせて、『将来、ぼくのお嫁さんにならないかい』と持ちかければ、意味もわからない子供はと言うであろうが!」


「でも、言ってくれたのに」

 青年は、まったくあきらめる気はないのだ。

「それは」

 ミルフィオリは、はるか昔のことを思い出した。

「あなたが医学療法部の大学院生で、下界の無医村の医者になりたいと言っていたからだ。下界では、星が自転する音が聞こえるのだと教えてくれたからだ。総帥そうすいになるとは聞いていない」


「では、わたしが、この立場を捨てればよいのか」

 やっと己と視線を合わせてくれた天女を、青年は年かさらしく包むように見つめた。


「権力のない青二才など何の魅力もなくなるぞ」

 

〈語り部〉ミルフィオリは他人事のように答えた。

     この青年は幼き時よりの知り合いだ。兄のようにも思っていた。

     長じて、その青年に伴侶にと請われれば、

     いつからそのような目で見ていたと、

     乙女ならではの潔癖さが拒絶となった。


欠片かけらも、わたしには魅かれぬと」

 哀し気な青年を無視するように、ミルフィオリは黙って横を向いた。

「ねぇ、ミルフィオリ」


〈語り部〉総帥はミルフィオリのあごに手を触れ、自分のほうを向かせようと――。

「あのぉ。お取込み中、申し訳ねぇが」

 咩豆売ひづめが、遠慮がちに割って入った。

「だいじょぶ、言いましたが、ぐっさり、けっこう、ぐっさりやられとる、オリ」


「おお。土地人トチビトの乙女。けがをしたか」


〈語り部〉総帥はミルフィオリからはなれると、

     咩豆売ひづめの足に突き刺さったままの針に手をかけた。


「抜くと同時に止血するよ」


「処置できるのか!」

 ミルフィオリが総帥を尊敬の眼差しで見た。

「これでも医師を目指していたんだよ」


〈語り部〉まかせておけ、と総帥は、くちびるだけで言う。

     そして、また、ミルフィオリのあごに、その手を――。

「だからっ。早く手当てしてくれっつーのっ」

 さすがに、のんびり屋の咩豆売ひづめもキレた。





〈語り部〉そうして、土地人のこくで、しばらくの時間がたった。

     その年。


     その天女の第一発見里人だいいちはっけんさとびとは、

     里長の長男だった。

     湖に、銀の正八面体が突っ込んできたのだ。


「くっ。ゴミの日のゴミ扱いか」

 

〈語り部〉虹色の飛沫が四散した湖面に、赤い髪の天女が浮かんでいた。

     天女は鋭いターンを切ると、

     一気にクロールで湖の岸辺にたどり着いた。


     そこで少年が、「ごめごめごめぇぇぇぇん!」と叫んだのだ。


「何か着るもの、持ってきなさいよっ」

 

〈語り部〉仁王立ちした天女は、まっぱだかだった。

 

「あっ。おめぇは! くそ天女っ」


〈語り部〉我が子の悲鳴に駆けて来た、はらの大きな女が叫んだ。


「誰かと思えば、あのときのチビ」

 赤い髪の天女は吐き捨てた。


「まぁまぁ、争うな」

 

〈語り部〉いつのまにか、もう一機、正八面体の飛行艇が湖のそばに着陸しており、  

     その一面が、しゅんと開いて、銀の全身タイツの天女が           

     もうひとり降りてきた。


「たしかに罪人の左遷させんとはいえ、上も扱い、ひどいな」


「て、天女さま?」

 咩豆売ひづめは、わが目を疑った。


〈語り部〉そこには、腰までの白金しろがねの髪をなびかせた、

     咩豆売ひづめにとっての、ただひとりの天女が立っていた。


「あぁ。今度こそ(仮)ではなく、本当のとしてじゃ」


〈語り部〉ミルフィオリは、咩豆売ひづめはじめて会ったときのままだった。

     陽光に輝く銀の全身タイツも誇らしい。


「全身タイツ以外の天界のころもって、下界で四散してしまうのなー」

 ミルフィオリは、まっ裸で立ち尽くすレダを、おもしろそうに眺めた。


「どこ、見てんのよっ」


〈語り部〉レダは乳首と三角州を片手ずつで隠したが、

     口元がほころんでいた。

     とても心底から怒っている表情ではない。


「天女さまぁ」

 咩豆売ひづめは、よろこびに震えた。


〈語り部〉ミルフィオリには、すぐに咩豆売ひづめのことがわかった。

     咩豆売ひづめの頬に流れる涙を、その白い指でぬぐった。


「総帥に——、下界担当にしてくれたら結婚案件を、もう一度考えてみるとかけあった。もしくはレダ天女の減刑をと。

今回は、下界刑となったレダ天女の監督を任された」


「そんなことで、わたくしが恩義に感じるとでもっ」

 レダ天女の言い方にはとげしかない。

「まぁ。総帥そうすいの座を早期希望退職して、下界ボランティアに志願する男など、もう、あうとおぶOUT OF眼中っ。ミルミルのお好きになさったらっ」

「レっちゃんたら、きっついなぁ」

 ミルフィオリは、ちょっと頬をふくらませて自分の姉貴分を振り向いた。

 

「敵同士だったにっ。いつの間にか、互いに、あだ名呼びになっとるっ」

 咩豆売ひづめは目をひんいた。


「さぁ。監房かんぼうに参りましょうか。監督官殿」

 レダ天女は当然のように、ミルフィオリ天女の腕に自分の腕を絡めた。


「仲良しさんになっとるだら!」




〈語り部〉このあと元総帥が追って来て、ミルフィオリを巡ってレダ天女と

     ガチバトルを展開したり、咩豆売ひづめ念願の都見物に行くとか、

     いろいろあるんじゃがな。

     ひとまず終わりじゃ。


     よいこのみんな。また、どこかで会おうぞ。

     散夜奈良サヨナラ~、サヨナラ~、サヨナラ~。





〈エンディング曲

 里長親子の縄文太鼓演奏『世界中乃誰与利毛幾川止世界中の誰よりもきっと』がフェードイン〉





           〈了〉




※語り部とセーフティーネット多加他タカタ音声は双子である。

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不時着天女(仮)〈2025年〉 ミコト楚良 @mm_sora_mm

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