5  暗殺者

〈語り部〉ミルフィオリは安堵あんどした。

     セーフティーネット多加他たかたの介入で、

     天界へ帰る目途めどがついた。


「よかった。戻れそうじゃ」

 思わずミルフィオリがつぶやくと、「えっ」と、咩豆売ひづめは、うろたえた。

「帰ってしまうのか」

「今回は事故のようなものだから。いや、はっきり事故だから。また、改めて正しい天女が来る」


「オリは天女さまが、いいっ」

 咩豆売ひづめは、泣きそうだった。

「まだ、なんも、いっしょにしとらん。これから、都見物とか、イノシシ狩りとか、年越しとか、楽しいことを、いーっぱいしたいと思ってた」

「都見物と年越しはわかるとして、イノシシ狩りは女子受けするのか?」

「し、したかったんだぁぁ」

 咩豆売ひづめは泣くのをがまんしようとすればするほど、涙声になった。


「われは、まだ学生の身だからな。天界に戻って勉強を続けねばならぬ。今のままでは、天女(仮)。

咩豆売ひづめたちに、本当の豊穣と祝福を与えられるようにならねば——」


『 ミルフィオリ天女テンニョ飛行艇ヒコウテイミズウミチカヅイテイマス 』

 

〈語り部〉セーフティーネット多加他たかたの声が、

     ミルフィオリの頭の中に響いた。

     その飛行艇は救援隊だろう。


「天女さま?」

 ミルフィオリの袖をつかむ咩豆売ひづめの手を、やさしくにぎりしめて、未来の天女は告げた。

「別れのときが参った」



 枯れ葉と小枝を踏みしめて湖へと向かう。〈音〉

 

〈語り部〉咩豆売ひづめは見送ると言って譲らなかった。

     ミルフィオリも最後は根負けした。


「木立に隠れておれ。そう、そこならよかろ」


空人ソラビトは、その姿を土地人トチビトに見られることを基本、好まぬ)


〈語り部〉ミルフィオリが湖にたたずんでいると

     一瞬、夜空の色が虹色に変わった。

     次には湖の水面の上に、木立の高さほどの銀の正八面体が浮かんでいた。

     正八面体の一角が開いて現われたのは、

     すらりとした銀の全身タイツの赤い髪の女だった。


「ミルフィオリ天女。ご無事でしたか」

 赤い髪の女は、うっすらとほほ笑んだ。


「レダ天女か。御足労ごそくろうをかけた」

 女はミルフィオリの友であった。

 一歩、湖へと歩を進める。


〈語り部〉そのとき、レダと呼ばれた女の手から放たれたのは、

     幾本もの輝く細い針だった。〈音〉

     考えるよりも早く、ミルフィオリは飛び退すさった。

     針は、と、咩豆売ひずめのいる木立を鋭く打った。


「……‼」

 咩豆売ひづめの悲鳴が聞こえた。


「レダっ!」


〈語り部〉天女は、という対話ができる。

     レダはミルフィオリの友だった。

     幼稚舎から、ともに学び語らってきた年上のおさななじみ。

     そのレダからミルフィオリは、あふれでる憎悪を読んだ。


     今、知る。

     姉のように慕っていた女の、

     昨日や今日のことではない自分へのにくしみを。

     ねじれ、からんで、おどろおどろしい。


「レダ天女。あなたはわたしを、それほどまで憎んでいるのか!」

「そうさ。おまえは、わたくしが欲しかったものを、やすやすと手に入れていく。おまえさえいなければ――」

「知らなかった」

「気取られるほど浅はかではないわ」


〈語り部〉ミルフィオリはレダに距離を詰められぬよう、後ろを取られぬよう、

     咩豆売ひづめを巻き込まぬよう、天空へ舞い上がった。

     レダもミルフィオリを追って来た。 


「わたくしは、あなたを目標としていた」


〈語り部〉ミルフィオリは、まだ信じられない。

     レダが自分をおとしいれようとしていたことを。


「さっさと追い越した」

 レダは自嘲した。


「わたしたちは共に、総帥そうすいを助けていこうと誓った」

「その総帥が、おまえを伴侶はんりょに選んだ」

「わたくしは断った」

「ああ。そうだってね。そうして、こっちに譲ってやるってかっ! むなくそ悪いんだよっ! 天女のようなツラしやがってっ!」

 レダは、ついに素を現して来た。

 

「だって、天女だ! まだ(仮)だけどっ」

 ミルフィオリも応戦する。


「天女さまーっ」


〈語り部〉下界の木陰から、咩豆売ひづめが見上げていた。

     それがミルフィオリに、わずかばかりの隙を生んだ。

     レダが見逃すはずはない。

     銀の針が、ミルフィオリの肩をかすめた。〈音〉

     すんでのところで避けた。

     もっと咩豆売ひづめのいる場所から遠のこうと、空中を上昇した。

     しかし、レダは追って来ない。

     おもむろに咩豆売ひづめのいる木立に、銀の針を連射しはじめた。    

     咩豆売ひづめは頼りない若木の木立に必死に身を隠した。


「はははっ。ウサちゃんが蜂の巣になるよっ」


「卑怯者っ」


〈語り部〉ミルフィオリは大きく旋回して、咩豆売ひづめの許へ戻った。

     その間もレダは、いたぶるように咩豆売ひづめへ銀の針を放った。


「レダっ、やめろっ。あなたが殺したいほど憎んでいるのは、わたしなんだろっ」


〈語り部〉ミルフィオリはレダと咩豆売ひづめを結ぶ線上の空中に

     立ちはだかった。


「つくづく、その天女面、うっとぉしいわぁ」

 レダは吐き捨てた。

「それでは三遍さんべん回ってワンとでも言ってみるかい。そしたら、うさちゃんを狩るのはやめ」


〈語り部〉レダが言い終わらぬうちに、

     ミルフィオリは空中後方抱え込み宙返り3回転ひねりを決めた。〈音〉


「わんっ!」


「何のためらいもないんかいっ」


〈語り部〉その隙にミルフィオリは、

     うずくまった咩豆売ひづめのそばに素早く駆け寄った。


「急所は、はずれてるな」


〈語り部〉咩豆売ひづめの左肩と左足を針は貫通していた。


(針は天人の思念の塊だ。思念の強さで残留する。その間に傷は深くなる)


「だ、い、じょうぶ、だか、ら」

 咩豆売ひづめは弱く笑ってみせた。


「死ね!」

 レダの手のひらから再び、輝く細い針が放たれた。〈音〉


「許さない!」


〈語り部〉ミルフィオリは、レダに向かい直った。

     真っ向から立ち向かう。

     レダの放った輝く針が、ミルフィオリを襲う。

     そのすべてをミルフィオリは、風のたてではねかえした。〈音〉


「わたしは、もんのすんごく、腹がたってる! たたんで、のして、箱詰めにしてやる!」


〈語り部〉その通りにしたんじゃそうな。

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