第9話『スラスターブーツ』

 さて次はいよいよ移動ユニット、パワードなスーツの脚部の製作だ。

 イメージは爪先から膝まで覆うプレートメイルの具足部分、ふくらはぎには推進用のブースターを取り付ける予定。


 最初はローラーを付けたスケーター式を考えたけど、シルバーメイズの周囲は舗装のされていない森、タイヤでは不向きと判断して、浮かび上がるホバータイプに変更した。

 サーチバイザーの『電脳箱』でデザインと設計図を描き起こしてから足の採寸をして、大量かつ簡単に手に入る木材で俺の足、膝下までの模型を作った。


 自分で自分の足の模型を作るのはちょっと変な感じだったが、フィットするモノにするには必要だから割り切った。

 デザインはSOネットにあったこの世界の鎧(西洋甲冑風)を参考に、三日かけてようやく満足のいくモノとなった。


「ようやくできたぜ」


 俺はずっと同じ体勢だった体を伸ばすためにベットへと倒れ込んだ。

 ここでの生活は長くなりそうなので、スキルを使い快適な空間へと改装した。二人分のベットを作り、布団は裁縫が得意なシルヴィアにブラックボアの皮で作ってもらっている。空調も冷暖房完備の魔導式クーラーを取り付けた。


 会社にも行かず、完全な引きこもり生活になっているが、日本にいたころより充実してしまっている。いいのかと思わなくもないが、人里に行けないんだからしょうがないよな。


「お疲れさまですマスター」

「おう」


 差し出された水をいっきに飲み干し、気合いを入れ直す。

 鉄材とブラックボアの骨を錬金魔法で混ぜ合わせ、ファンタジー素材『骨合金』レシピをSOネットで見つけたのでこさえてみた。強度は鉄とそれほどかわらないが、魔物の骨を混ぜたことで魔力の伝達率がよくなるらしい。魔道具の材料にするなら鉄よりも断然おススメな素材なのだ。

 設計図もできたし素材も揃った、後は『変形』でパーツを作って組み上げるだけ。


「等身大のプラモを作ってるみたいだ」


 設計図通りにパーツをはめ込んでいくのはまさにプラモデル、大きさは違うけど。


「マスター、お手伝いします」

「ありがとう、よろしく」


 協力してもらえるのはとてもありがたい。難しくはないが、パーツが大きくて重いから狙った所にはめ込むのに補助が欲しかった。


 まさか女の子と二人で一つの組み立て作業ができるなんて感動モノだよ、一人で作れないなんて邪道だと言うモデラーもいるかもしれないが、そんなこと知るか。

 俺は幸せを噛みしめながら二人で一緒に組み上げた。


 完成したレッグアーマーに魔結晶を使って『噴射推進』と『浮遊』の能力を付加、この二つを組み合わせればホバー移動が可能となるイメージだ。


「スラスターブーツと命名しよう。できれば飛行能力が欲しかったけど、推進力が足だけだとバランスが悪そうだから今回は見送りだな」


 ホバーブーツとどっちにするか悩んだが、スラスターの方が早そうな印象だったのでスラスターに決めた。

 悪路でも気にせず進め機動力があるスラスターブーツ。


「さっそく稼働テストをしよう」


 模型を抜き、スラスターブーツの中に足を入れる。


 合金が肌に直に触れてひんやりした感覚が伝わってくる。靴下をはきたかったが、この世界にきたときに履いていた物しかなく、その靴下もゴブリンからの逃走やなんやで破れて使い物にならなくなっている。次までになにか考えよう。


「マスター肩につかまってください」

「お、おお」


 シルヴィアの肩を借りながら立ち上がる。魔導人形でもシルヴィアの肩は人間の女性と同じように柔らかかった。


「大丈夫ですか?」

「あ、ああ、立ちあがっても違和感は少ない」


 おっといかん、今はテストに集中しないとケガをするかもしれない。

 足首ががっちり固定されているので普通に歩くのは難しい、スキーのブーツを履いている感覚に近いかもしれない。これは要改良点だな、サーチバイザーのメモに打ち込む。


「シルヴィア、ちょっと離れていてくれ」

「わかりました」


 ホバーでどれだけの風が出るかわからないので、肩を借りていたシルヴィアに避難してもらう。


「これからスラスターブーツの起動テストを開始する。スラスターブーツ起動」


 口に出さなくても念じるだけで起動させられる設計だが、最初の起動なので様式美として声に出してみた。

 スラスターの起動で伝わってくる振動。

 その振動が小さい頃の記憶を呼び起こす。子供の頃にパワードスーツのアニメにハマったことを、地方でテレビチャンネルが少ない中、放送してくれた数少ない番組。


 それに登場する機体のプラモは実家の近くでは販売する店がなく、ネットオークションで買おうとしたら、お小遣いが足らずに競り負け。社会人になり買えるだけの財力を手に入れたらプレミアがついて値段が十倍近くに、それでも欲しくて購入したらパーツ不足の不良品だった。古い品物で生産は終了しておりパーツの取り寄せもできなかったので、プラスチックボードから不足パーツを必死に削った。


 あの頃は技能不足で作ったパーツの完成度は低かったが、いま俺の足に装着されているブーツは俺のイメージを体現してくれている。


「ゆっくり行くぞ」


 噴射口から大量の風が送り出され、俺の体は地上三〇センチくらいまで浮かび上がり滞空した。


「おお、おおおー!」


 感動。


 その一言に尽きる。


 ついに俺はパワードなスーツ製作のための一歩を踏み出したのだ。


「これは、パワードなスーツに全く興味の無い大衆からしたら下手な大道芸と変わらないかもしれないが、俺にとってはとても大きな第一歩である――」


 高揚から演説を始めた俺、言葉に合わせて足を一歩踏み出すように動かしたら。


「おッ!?」


 バランスを崩した。


 踏み出した片足だけが前に進み、それ以外の体が取り残される。


「あうっち!」


 股が裂ける。

 足を閉じようとしたら体が傾き今度はその場で回転をはじめてしまった。それもけっこうなスピードで。


「ウォォォー!」

「マスター!」


 シルヴィアの悲鳴が聞こえた。


 目が回る、目が回り、目が回った。そして世界が回転する。


 やばい吐きそう。平衡感覚が無くなった。もうどっちが上か下かもわからない。どうすればいいんだ。遠心力でも脱げること無くフィットしているブーツ、このままでは壁か床に激突してしまう。


「脱げろ!!」


 とブーツに命じると、スラスターを吹かしながらミサイルのように足から発射されたブーツは壁に激突して地下居住区を揺らした。


「マスター!!」


 空中で投げ出された俺は下に飛び込んでくれたシルヴィアが受け止め柔らかい二つのクッションが落下の衝撃を吸収してくれた。


 回転地獄からのやわらか天国に不時着だ。


 やばい鼻血が出そう。あれだけ回転してしまったんだから、鼻血が出てもしょうがない、でも変な勘違いされるのは心外だからこらえよう。


「大丈夫ですかマスター」

「あ、ああ、おかげさまで」


 できる限り平静をたもとうとしたが声がうわずった。


「よかったです」


 そんな俺の動揺など気にするそぶりも見せずに無事を喜んでくれた。

 シルヴィアのおかげでケガをすることもなかったので、実験結果を確認するために壁に激突したスラスターブーツを拾う。


「うまくいきませんでしたねマスター」

「実験に失敗はつきものだ」


 すこしヒビが入ってしまったがこの程度なら『変形』で修復は可能だ。


「それにしても、操作が予想以上に難しかったな」


 独立した左右のブーツ、それぞれにうまく命令を出さないとすぐにバランスを崩してしまう。難易度的にはグライダーナイフを二つ同時に操るのレベル。


「集中すれば何とかコントロールはできそうだけど」


 それでは移動だけでリソースを使いきってしまう。


「このままじゃ、後から追加する上半身や武装が一切使えないことに、なにか操縦を簡易にする方法は」

「マスター、それぞれを独立した機関としているので操作が難しくなっているのでは」

「それぞれが独立?」


 片足だけスラスターを外せとかじゃないよな、だとすれば。


「両ブーツを一つに統一する制御装置を作ればいいのか」


 そうだよ、無理に別々に操縦する必要無いじゃん。車だって四個もタイヤが付いているのにハンドル一つで方向が変えられる。


「どうして気が付かなかったんだ」


 スラスターブーツをセットの履物として扱えば制御するのもひとつですむ。イメージもしやすい、靴はもともと左右で一足なんだから。

 俺はスラスターブーツに目を落とす。


「プラモにはないけど、姿勢制御なんてメカ物の基本じゃないか」


 こうして再び製作を開始する。

 西洋甲冑よりだったデザインからロボット的デザインに変更をして、新たに作ったベルトに『姿勢制御』を加えて左右のブーツにブラックボアの皮でシルヴィアが作ってくれたバンドで連動。

 下半身パーツだけで魔結晶を五つも使ってしまったが設計上では完璧の仕上がり。


「今度こそ完成だ」


 想定通りに姿勢制御ベルトが機能してくれればもう股裂きをすることはないはず。再びスラスターブーツを履いた俺はシルヴィアの肩をかりて立ち上がる。


「シルヴィア、放してくれ」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫、不安要素はもうない、はず」


 スラスターブーツを機動。ホバーで浮かびながらシルヴィアの肩から離れ、ホバーの風でシルヴィアのスカートがパタパタをひらめき白い生足をのぞかせるが、今はそれに見とれる余裕はない、もう股裂きにはなりたくない、だが、あえて股裂きをした時と同じように片足を前へ出す。

 本当に制御されているかテストするには、先程と同じ動きをためさなければならない。


「大丈夫、大丈夫、大丈夫なはずだ」


 自信はあるが不安もある。

 股裂きを恐れて若干内股になりながらの一歩であったが、今度は姿勢を崩すことなく前へと進めた。


「お!?」


 バランスを崩さない。ゆっくりだけど安定して直進できた。

 意識すれば速度も調整できる。予想以上にコントロールが楽になった。


「壁まで走れるぞ!」


 走れそうな気がしたので走ってみたら、垂直の壁まで走れたよ。

 天井が近づいたので壁を蹴ってバク宙、姿勢制御が機能して危なげなくシルヴィアの前に着地してみせた。


 バク宙した。この俺が、鉄棒の逆上がりだって一回しかできないこの俺が。


「どうだシルヴィア」


 やばい顔がドヤ顔になるのが抑えられない。

 体が若返ったからか、精神も若くなっているような気がする。


「おめでとうございますマスター。我々プロトナンバーズを生み出した創造主にも負けない発明だと思います」


 お世辞ではなく本当の賛辞に見えた。シルヴィアは俺にはもったいないくらい優しい従者だ。


「待ってろ、すぐにパワードなスーツを完成させて、シルヴィアの専用機も作ってやるからな」

「はい、楽しみにお待ちしています」


 夢のパワードなスーツを作って女の子の笑顔がもらえる。この世界はまさに俺にとって理想郷だった。

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