第7話

第4章 沈む泥舟




 その日は私と竜澤はそれぞれ自分のアパートとマンションへ帰った。私は部屋で一人でコンビニ弁当を食べ、時間をかけて大量の水を蛇口から飲んだ。

 子供のころからがわの水を飲んできた愛知県民にとって札幌の水はかなりく感じる。しかし寒くなってくるとこの水が美味くなるのだ。この時期、札幌の水道水はウォータークーラー以上に冷えている。南極のペンギンになった気分で私はそれを飲み続けた。きつい練習が続き、極限まで疲れが溜まっていた。ベッドに潜り込むと一気に深い眠りに落ちた。午前二時半ごろいったん眼が覚めた私はまた蛇口に口をつけて冷たい水を飲み、炊飯器の冷や飯を大鍋にすべて放り込んで生卵を三つかけ、醬油をどぼどぼと注いで平らげた。さて、今晩はどうするか。読みかけのつつやすたかの新刊の続きを読むか酒を飲みに行くか。しばらく考えたすえ〈バップ〉へ行くことにした。トレーナーやジャージを着込み、その上に防寒コートを羽織った。

 外へ出るとまたしても雪がふわふわと舞っていた。このところ雪ばかりだ。その雪の夜を私は歩いた。道路に二センチほど積もっていた。いつものように北十九条の市民生協を越えたところで右へと曲がり、創成川を渡っていく。カネサビルに着くころには頭と肩が雪まみれだった。入口でその雪を払い、コートを脱いでビルの中へ入った。階段を二階へと上ると、みねちゃんのまさに真上にバップはある。外までジャズ音楽が聞こえていた。ドアを引くと薄暗い店内に煙草の煙がもうもうとけぶっている。席は八脚ほどのカウンター席のみ、広さ四畳半ほどの小さな店だ。今日はほとんどの席が埋まっていた。

「おう。エキ。元気かね、好青年」

 マスターが長髪を搔きあげながら頓狂な声をあげた。彼も私のことを柔道部内でのこの変則ニックネームでときどき呼んだ。

「今日は後藤が来ているぞ」

 鳴り響くジャズのリズムに体を揺すりながら煙草の煙を吐き、奥の席へ顎を振った。たしかに一番奥の窓際で針金のように髪が尖った後藤さんが飲んでいた。

「ちわす」

 挨拶しながらみなが座る背中側をぐるりと廻って後藤さんのところへ行った。後藤さんは眼鏡の奥で細い眼をさらに細め「増田じゃないか」とヘッドロックをかけて無精髭をこすりつけてきた。本当は斉藤トラさんや内海さんのように山男風の髭にしたいのだろうが如何いかんせん薄すぎた。

 と、後ろから思いきり背中を叩かれた。

「おう。増田。元気でやってるか」

 後藤さんがヘッドロックを外してくれたのでそちらを見ると、後藤さんの隣に座っているのは体育会委員長のつなしま康亘さんだった。剣道部員だが体育会本部の仕事にも携わっており、この夏から重責に就いていた。後藤さんとは理学部生物学科で机を並べる親友である。

「すみません。そちら詰めていただけませんか。柔道部の増田が来ました」

 綱島さんがカウンター席を詰めるように声をあげた。他の部の上級学年の人たちが「おう増田か」「増田」「元気か」などと言いながら向こうへと席を詰めていってくれる。応援団四年目のくらさんとヨット部のひようどうさんの顔が見えた。女子バスケの上級生たちもいた。

 綱島さんは「ここに座れ」と隣の椅子を叩いた。バップの椅子はスツールで、腰くらいの高さがある。下の金具に片足を掛け、私は椅子に尻を乗せた。窓際から後藤さん、綱島さん、私の順である。

とんぺい戦、負けちまったんだろ。悔しいな、おい」

 綱島さんがマスターからグラスを受け取りながら言った。そして手元にある《体育会、綱島》とマジック書きされたボトルから焼酎を半分ほど注いだ。ポットの番茶で割って私の前に差し出した。

「外は寒かったろ。ほら。温かいぞ。飲め」

 頭を下げて両手で受け取った。熱い番茶で割った焼酎は手のひらにぬくぬくする。半分ほど飲んでカウンターに置いた。練習で失った水分がまだ足りていないのですぐに喉が渇いてしまう。

「俺はおまえら柔道部のやつらが大好きだ。おまえらの不器用で無骨で馬鹿みたいな一生懸命は北大体育会のかがみだ」

 綱島さんは独特の滑舌で強く言って「ほら。もっと飲め」と嬉しそうに焼酎を注いでくれた。そこから柔道部の東北戦での惨敗の話になった。後藤さんはほとんど口を開かなかった。口に出せないほど悔しいのだろう。

 綱島さんが私に言った。

「俺はな、でっかい男になりたいんだ。なにくその精神でやってる。おまえも頑張れ」

 手酌で焼酎をストレートで飲んでいく。

「こんばんは」

 声が聞こえた。煙草の煙の向こうから大きな影が入口を入ってくる。竜澤だった。私を見て片手を上げた。

「おお。竜澤まで来たか!」

 綱島さんが言った。そして近づいてきた竜澤に手を伸ばした。竜澤はその手をつかんで握手した。

「おまえら待ち合わせか」

 綱島さんが聞いた。

「違いますよ。たまたまです」

 私は言った。

 私と竜澤は、練習の帰りにそのまま一緒に居酒屋巡りをすることもあるが、一度どちらかの家へ行き二人で鍋を作ってスープまで丸ごと食い散らかして出かけたり、別々に家に戻って自炊飯を食って五時間か六時間くらい眠ってから店で待ち合わせたり、深夜思いついたように一人で飲みに行った先の店でたまたま出会ったり、さまざまな形で夜の北大界隈で飲み歩いていた。ただ、抜き役としての練習で息も絶えだえなので食べ物中心の飲み屋巡りである。

 このような飲み方をしているのは他の部では三年目以上、とくに五年目とか六年目とか七年目とかぬえのような上の学年ばかりで、一年目や二年目にはほとんどおらず、だから自然に私たち二人の名前は飲み屋界隈で広がっていた。一年目の頃から高圧的な他部の先輩たちの命令は一切聞かなかったし酒も受けなかった。「表へ出ろ」と言われれば出ることもあったので、私たち二人を潰してやろうとする他部の先輩はいなくなっていた。また小柄だが実は柔道部一の酒豪である後藤さんもあちこちで飲み比べをして勇名を馳せていた。そこで気づいた。和泉さんは私と竜澤を一年目のころから積極的に居酒屋へ連れ歩いてくれた。後藤さんのことも和泉さんは以前からやたらとあちこち連れ歩いていた。それらはすべて北大柔道部の将来まで考えての布石だったのではないか。そういえば一年目の冬、私は恵迪寮のなかからも選りすぐりの重鎮たちが移り住む、古くて汚い一軒家「ふかざわマンション」にまで連れていかれた。和泉さんは道場外でも様々な差配をしていたのだ。

「じゃあ、俺ら帰るから」

 綱島さんが立ち上がった。竜澤の座る席がないのでそう言うのだ。竜澤がいいですよ、他の店に行きますと言っても「いい、いい」と言って「マスター、これ俺と後藤の勘定。それから増田と竜澤の勘定」とカウンターに二万円を置いた。綱島さんと後藤さんが一万ずつ出したようだ。

「おまえら、ネーカ、こんなにいらんぞ。多過ぎだ。高級店じゃないんだから十分の一でいい」

 マスターが笑うと「じゃあこいつらのボトルを入れられるだけ入れてやってください」と私と竜澤の背中を叩いて後藤さんの後ろから出ていく。

「また来いよ、君たち。青春の旅立ち、応援してるよ。うん」

 マスターがそう言って見送った。このマスターはいつもこのように少し人をおちょくったような喋り方をする。長髪で鼻の下に口髭がある。映画『イージー・ライダー』のなかに生きているような空気感の元ジャズドラマーだ。名前はすずしんという。他の客たちはみな「しんちゃん」と呼んだが私と竜澤は「人生の大先輩にそんな呼び方はできない」と必ず「マスター」と呼んでいた。

 私は竜澤と並んで飲みはじめた。

「飯は?」

 竜澤が聞いた。

「一応食ってきた。家で。卵飯」

「俺、帰ってすぐ寝ちまって何も食ってない。中華丼ひとつずつ食おう」

 そう言ってマスターに頼んだ。

「いきなりシーメときたかい、柔道部の好青年どもよ。私のを食わせてやろう。金は綱島から貰ってるからいくら食っても大丈夫だ。安心しなさい」

 シーメは「飯」を逆さまにしたいわゆるバンドマン言葉らしい。「イーヒくれ」と客に言って煙草に火を付けさせたりするが、これは「火」を逆さまにした言葉だ。私たち二人はそういうことをこの店で知った。そもそも柔道家とバンドマンほど真逆の生物はいない。しかし意外に二人ともこの店に溶け込んでいた。バンドマンというのは様々なものの名前を逆にしてしまうようで、壁にたくさん貼られている手書きのメニューにもおかしな文言が添えてあった。たとえばチーズには《コーマンサクイ青春の香り》と書いてあった。私も竜澤もさっぱり意味がわからず「コーマンサクイって何ですか?」と何度も聞いた。そのたびに他の部の先輩たちが女子も含め大爆笑した。逆から読んでもイクサンマーコである。わからなかった。私たち二人がその意味を解説してもらったのは何度か店に通ってからである。柔道と勉強と喧嘩以外は何も知らなかった私と竜澤は、こういった店で少しずつ知識を増やしていた。

 交わされる言葉だけではなくこの店にある物や空気感は柔道部員の二人には不思議なものばかりだった。薄暗いランプが五つほど吊るしてあるが、そのすべてにシェード代わりに色柄さまざまなパンティがかぶせてあった。流れているジャズはもちろんさっぱりわからないし、ときおり流すクレイジーキャッツの歌も初めて聴くものばかりであった。

 マスターがマッチを擦ってコンロに火を入れた。

「うまい中華丼を作ってやるから待ちなさい。柔道青年たちよ」

 中華鍋に油を垂らして冷蔵庫から野菜をいくつも出した。

「ほらほら、増田君。見てて。わかるから」

 横の竜澤がささやいて、私の肘をつついた。

 先週、彼は足立ビルの自室で私に「中華丼の作り方がわかった」と開眼したように言ったのだ。竜澤が言うには「バップのマスターがやってるの見ててわかった。味はコンソメなんかで付けて、とろみはかたくりでつけるんだよ」ということだ。彼にはぽっかり抜けたところがある。しかし妙なまでにものを観察しているところもあり、その落差が彼の面白い部分だった。マスターの料理手順を検証するために中華丼を頼んだのかもしれない。

 二人でじっと見ていた。

 マスターはまず野菜やキクラゲなどを炒めはじめた。そしてそこに少量の水を加えて沸騰させている。コンソメスープの素を入れてかきまぜた。今度はコップのなかで水と片栗粉を混ぜて、それを沸騰している中華鍋の中へとたらし入れていく。具材と一緒にかき混ぜると水が粘度をもった。器に盛った米飯にそれをかけた。

「やっぱりそうだ」

 竜澤がまた小声で言った。

 マスターが中華丼をふたつカウンターに置いた。私たちはそれをがっつきながらマスターが灰皿から吸い殻をつまむのを見ていた。吸い殻に火をつけるとロングピースの甘い香りが漂った。マスターが煙草を途中で消してはまた火をつける仕草が恰好よくて、私と竜澤はいつもじっと見ていた。あばしり出身で高校時代にバンドを組み、その後、上京してジャズドラマーとしてプロを目指していたらしい。挫折して戻ってきてススキノで飲み屋を開き、そこも失敗してこの北十八条に都落ちしてバップを開いたらしい。本人はあまり語りたがらないので、情報の多くは常連の人たちと他の店で会ったときに聞いたものである。年齢は私のちょうど十歳上の三十二歳。柔道部のいわ監督と同じ歳だ。

「うめえ」

 竜澤が中華丼を一気に食べて焼酎の番茶割りで流し込んだ。

「ほんとうめえや」

 私は一歩遅れて食い終え、ジャージの袖で口を拭った。

「君たち好青年はいつも本当に美味そうに食ってくれる。作りがいがあるというものだよ」とマスターが言った。そして「将来君たちの嫁さんも喜ぶと思うよ。この色男たちめ」と笑った。

「喜びますかね」

 私が聞くと「うん。喜ぶよ。間違いない」とマスター。

「ヒーヒーいって喜ぶ。ハーハーいってしがみつく」

「俺たち美味そうに食うからね」

 竜澤が私に言った。

「うん。料理のやり甲斐が出るんだよ、おそらく」

 私はそう答えた。他の客たちが爆笑した。女子バスケの人たちも腹を抱えて笑っている。マスターも体を揺すって笑いながらロングピースの吸い殻に火をつけた。

 私と竜澤は互いに自分の焼酎ボトルからコップにどぼどぼと注ぎ合った。ここはお通しが三百円、焼酎のボトルが一本九百円である。一日で飲み干したりはしないので、たいていお通し三百円だけで朝までマスターや常連客たちと話している。食べ物も数百円なので食べて飲んでも千円かそこらだ。営業開始が「俺が来たとき」とマスターが公言するように午後十時か十一時くらい、終わり仕舞いは地下鉄の始発が走り始める午前六時とか七時、遅いときは八時九時までやっている。

「ところで最近、後藤さん、寝技弱くなったと思わない?」

 私はこのところ考えていた疑問を竜澤にぶつけた。

 竜澤はしばらく考えて「なんか最近、かなり取りやすいかな。もろくなったというか」と言った。私は自分だけ勘違いしているのかなと思っていたが竜澤もそう思っているということは事実なのだ。なぜ弱くなったのか。夏の七帝戦前には堅いカメでわれわれを難儀させていたのだ。

「疲れてるのかな……」

 私が言うと竜澤も考え込んでいた。

 四時半過ぎには客は私と竜澤の二人だけになっていた。明日は一講目からあるからそろそろ帰って眠りたいと竜澤が言った。二人で立ち上がった。竜澤が先にドアを出ていった。そこで「エキ」とマスターに呼び止められ振り返った。

「おまえ、あの女とまだ付き合ってるのか」

 シンクの洗い物をしながら聞いた。

「はい……」

「やめとけ」

 私は黙って頭を下げ、ドアを押して外へ出た。竜澤はすでに階段を下りて外へ出ていくところだった。階段を下りながら胸のなかに無駄に力が入っている自分を感じていた。いちど彼女を店に連れて来て紹介したことがあった。



 毎日の練習での後藤さんたち幹部三人の顔は悲愴感に満ちていた。私たち二年目も悲愴であった。一年目もみな抑え込まれて蒼白の顔でゼイゼイと喉を鳴らして練習していた。柔道の世界では誰も助けてくれないのだ。自分で強くなるしかない。とくに「練習量がすべてを決定する」と標榜している七帝柔道は自分で全責任を負わなければならない残酷な世界だ。俺たちだって通った道だともいえる。だが本当にそうだろうか。多くの一年目には私や竜澤が入学時から持っていたフィジカルがない。

 冷たい風がメーンストリートを走って、残った落ち葉をさらっていく。一般学生たちの装いは気温の低下とともに変化していったが、私たち柔道部員は相変わらずジャージの上にコートを羽織って道場に通った。寒さが身に染みた。そしてくたくたに疲れきっていた。昨年の和泉主将のときとはまた異質の疲れだった。和泉さんのときはなんとなく「次の七帝はいけるのでは」という空気が少なからずあった。それは前年の金澤主将の代の七帝戦が最下位ではあっても接戦を落としたものだったからだ。しかし和泉主将の代で阪大と東大に大差をつけられて惨敗してしまった。あれだけの猛練習を重ねたのにあの惨敗である。五年目の岡田さんや、四年目の和泉さん、まつうらさん、すえおかさん、うえさんなど、攻撃のかなめも分け役の要もいての惨敗だった。今度はそれらの戦力をすべて失っての七帝戦になる。最下位脱出なんてとてもできないのではという悲観があった。

 ときどき出稽古にやってくる東海大四高や札幌第一高の柔道部との練習や試合では、私と竜澤は以前のように分ける力をつける練習ではなく取ることを求められた。だから余計に疲れが溜まるようになった。二人で酒を飲んでストレスを解消したりした。それでも練習が楽になるわけではない。次の日になれば道場で唸り声をあげてごろごろと畳の上で組み合っていた。どの体からも大量の汗の蒸気があがっていた。

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