第6話

「中尾さくろうっていう名前だ。よろしく」

 右手を差し出してきた。手を握り返した。中学野球部、高校柔道部、そして大学柔道部と運動部の男ばかりと付き合ってきている私にはその手は平たく小さかった。しかし物腰になんともいえない魅力があった。歌舞伎役者のようとでもいえようか。背は私と同じくらいだが高く見えるのはひょろりと細いからだ。

 二人で廊下を歩きながら話した。

「詩人の朔太郎と同じ字だ。親父がわざわざそんなのつけるから、俺、国語できないのを中高でさんざ教師にからかわれてさ」

「僕は数学が極端にできないんです」

「真逆だね。俺は数学しかできなかったから」

 廊下の突き当たりの階段を走り下りていく。

 教養部のホールを外へ出ると雪は止んでおり、ただ冷たい風だけが吹いていた。楡の枝に残っている枯葉が千切れるようにして飛んでいた。

 体育館の前ではまだ応援団と応援吹奏団が練習をしていた。学生服姿が瀧波の他にひとり増えていた。へいのようだ。瀧波の同期、つまり私と同期の応援団員だ。吾平はニックネームで本名はもちろん別にあるが、体育会の連中はみな「吾平」と呼んだ。たしかに吾平としか呼びようのない風貌なのだ。

 中尾はメーンストリートから直接学外へ出ていくので、応援団の連中は私に気づかなかった。

「十八条にいコーヒーを出すてんがある」

 駅の方をさして背中を丸め、パーカーのジッパーを首まで上げた。コートなしで寒いだろうと思ったが「僕のコートを貸します」というのも変なのでとにかくついていく。

「小学校からずっと朔太郎って呼ばれてるから下の名前で呼んでくれればいいよ」

「わかりました」

 ほくだい通りへ出て札幌会館を廻り込み、カネサビルの前を歩いていく。さらに一本東へ行き、奥の小路へ入ったところにその喫茶店はあった。こんな小路に店があるとは思わなかった。〈純喫茶メトロン〉という名前だった。朔太郎が木製ドアを引くと「いらっしゃい」と女の声が聞こえた。狭く古い喫茶店だった。天井も床も焦げ茶色で、さらに調度も焦げ茶色なのは、コーヒーを淹れるときの湯気が染みついたのではと思うほどコーヒーの香りに満ちた店だった。

 ホットコーヒーをふたつ頼み、朔太郎が聞いてきた。

「数学が極端にできないって言ってたけど、どれくらいできないのさ」

「僕、入試のとき、数学の答案を白紙で出したんです」

「それでよく通ったね……」

 馬鹿話に乗ってくれたので、しばらくその話をした。

「僕、実は微積どころか、三角関数も対数も行列もさっぱりわからないんです。高校入ってからいっさい数学勉強しなかったんで」

「じゃあ共通一次はどうしたの?」

「あれは全部中学の数学で解けるんですよ」

 私は詳しく説明した。

 朔太郎は驚きながら聞いていた。

「すごいな……たしかにそれなら解ける。でもさ、そんな解答法を一生懸命考えるより、普通に勉強した方がずっと早いでしょ」

「でも、数学嫌いなんです」

 私の顔がよほど面白いのだろう、朔太郎は大笑いした。

「必要は発明の母だ、ほんと」

 そこへウェイターが盆にふたつのコーヒーを載せてやってきた。

 ウェイターと思ったが、彼しかいないので経営者なのかもしれない。そう思って顔を見ると、笑顔になって首を傾げた。まだ大学生くらいの年齢だ。

とう君だよ。加藤ようすけほつかいがくえん大の二年生」

 朔太郎が紹介すると、またにこりと笑った。そして「永遠の二年生ですけどね」と言った。

「そう。彼、三年間だか四年間だか休学してるんだ。増田君と同じくらいじゃない?」

「何年生まれですか。僕は昭和四十年ですけど」

 加藤が聞いた。

「ああ、だったら同じだ。僕も四十年です。一九六五年」

「加藤は劇団仲間なんだ。この店はオーナーがいるんだけど、ほとんど彼がやってる。バイトだけど。また来てやってよ」

 朔太郎が言った。

 柔道部の仲間と来てみようと思った。

「朔太郎さんは何で北大に入り直したんですか」

「東工大出て普通のサラリーマンやってたんだけど、どうにも落ち着かなくてさ。自分が何やりたいか考えたら、クジラかなと」

「研究者になりたいんですか」

「シロナガスクジラって知ってる? 最大のクジラ。あれ、地球上で最大の動物なんだよね」

「三〇メートルくらいあるんですよね」

「そうそう。体重一五〇トン。その体で一年中、熱帯から南極海、北極海まで回遊してる。でも生態はほとんどわかってない。ロマンあるでしょう。俺、このあいだ函館行っておしょろ丸とほくせい丸を見てきたよ」

 朔太郎は嬉しそうに話し続けた。

「シロナガスはさ、昔は世界中の海に何十万頭もいたんだよ」

「ええ。知ってます」

「それが千頭か二千頭になっちまった。いま海外から非難されてるけど、クジラ獲ったのは日本だけじゃないんだぜ。イギリスとか、シロナガス滅茶苦茶獲ってるんだ。マッコウクジラなんかアメリカが機械の潤滑油の原料になる油取るためだけに大量に殺したんだ。肉はぜんぶ海に捨てて」

「そうらしいですね」

「巨大なあのシロナガスを増やしたい。俺はそれに生涯をかけたい」

「いいですね。やりたい勉強があるっていうのは」

 柔道部を引退してから二年遅れでこの人と同じ研究室に行くのもありかもしれない。

「増田君はどうして水産受けたの?」

「頭の中は完全に文系なんですけど、将来は動物がやりたいっていう気がどうしても捨て切れなくて。でも、ほんとは僕、柔道がやりたかったんです……」

 また笑われるかもしれないなと思った。だが朔太郎は笑わなかった。真面目な顔で聞いた。

「柔道やるのになんで北大なの?」

「七帝柔道って知ってます?」

「七帝柔道? 知らないなあ」

 私は、高校時代に名大柔道部から誘われたこと、昔あった高専柔道を引き継いで年に一度、七帝戦が行われていること、十五人対十五人の団体戦で寝技中心の柔道をやっていることなどを話した。現役時に記念受験のために最北の北大を受けに来て、その雪景色の美しさに魅せられてここを受け続けて二浪のすえ合格したこと、七帝戦で北大はいま四年連続最下位を喫していること、そこから何とか脱出していつか優勝旗を奪還したいことも話した。

「面白そうだね」

 朔太郎はほんとうに興味を持ったようだった。

「七大学だけの狭い世界だし、ルールも一般に認めてもらえないものだし、なんか朔太郎さんの世界の海を調査して回る夢と比べるとずいぶん小っちゃいんですけど」

 私が言うと朔太郎は笑った。

「そんなことないよ。だいいち、増田君、卑下して言ってるけど、ほんとは心のなかではそんなこと思ってないでしょ」

 朔太郎は続けた。

「俺はいったん社会に出てるから言うけどさ、人間なんてすぐ歳とっちゃうんだよ。そして死んで土に還るだけ。死ぬためだけにほんの数十年、この地上に生きてるんだ。終わったらすぐに土に還るだけの存在さ」

「死ぬためだけに生きてる……」

「人生は短いよ。二十年たったら自分が何歳か考えてみたほうがいい。三十年たったら何歳か。そんな時間すぐに経つから。だからこそやりたいことをやりたいときにやるべきだ。増田君は七帝柔道をやりたいんだから今はそこにすべてを懸ければいいんだよ。今ね、俺、さっきも加藤が劇団仲間だって話したけど、札幌の社会人たちがやってる劇団にも入ってるんだ。そうだ、ちょっと待って」

 朔太郎は立ち上がってカウンター内の加藤からボールペンを借りてきた。そして机の上にある紙ナプキンに住所と電話番号を書き、私に渡した。

「いつでも遊びに来てよ。そこの劇団の女と一緒に一軒家に住んでんだ。そいつともうすぐ結婚すんだ。古い建物だけど広いから来てよ」

 渡された住所は東区の北二十四条で、私のアパートからそれほど離れていなかった。

 それから二人でさまざまなことを話した。途中で腹が減り、スパゲティを注文した。知らぬ間に一時間半ほど経ち、練習時間が迫ってきた。

「僕、そろそろ練習に行かなきゃいけないんで」

「そうか。ごめん、柔道の練習か」

 朔太郎は伝票を手に立ち上がった。

「あ、僕も払います」

 私が言っても、朔太郎は手を振りながら「いい、いい」と言ってレジで財布を開いた。そして「絶対にうちに遊びに来てよ。どうせ増田君は授業にあんまり来ないだろうから教室では会えそうもないしね。絶対約束だよ。またぜひ会いたいな」と笑顔で言った。社交辞令のようには見えなかった。

「はい。遊びに行きます」

 本当にまた会いたいと思った。



 練習に遅れないように急いで北大へ戻って武道館に入った。二階への階段を上がり、柔道場のドアを引くといつものようにしんと静まりかえっていた。あちこちの壁にどう姿の部員たちがもたれかかっている。みな黙ったまま、だるそうに練習が始まるのを待っている。指や足首などにテーピングテープを巻いている者たちもいた。

 隅にいる汚い道衣姿は、留年してそのまま五年目まで現役続行を宣言しているうつさんだ。私が入学したときから「もっとも道衣が汚い先輩」として竜澤が乱取りを嫌がっていた。しかしその何人か横でテーピングを巻いている主将の三年目、とうさんの道衣もそれに負けぬほど真っ黒である。さらにその三人ほど横へいくとやはり真っ黒になった道衣姿のさいとうテツさんがうつむいて座り込んでいた。彼らの道衣が黒くなるのは寝技でいつも下になっているからだ。汗で濡れると畳を拭く雑巾のようになってしまう。上から攻める私や竜澤の道衣はそこまで汚れない。テツさんとは私が入部した去年の春から関係がギクシャクしていた。何度か関係修復を試みたがテツさんの方から距離を取られていた。一年の時のあの行動を、私は今も悔やんでいた。喧嘩腰の乱取りをして泣かせてしまったのだ。

 私は部室に入って道衣に着替え、急いで指にテーピングした。そして弾力包帯と自転車チューブを持って道場へ出た。一番隅の師範席の手前に座り、膝に自転車チューブを巻いていく。そうしながら私は壁に掛かる現役部員の名札を見上げた。

 七月の幹部交代から四カ月たつのですでに〈主将〉や〈副主将〉など役職名が墨書された木札は、四年目のところから三年目の名前のところに移されている。七帝戦後に練習に来なくなったが九月中頃まで残してあった二年目のさわせいの名札も外されていた。


【四年目】

 和泉唯信

 松浦英幸

 上野哲生

 末岡拓地

 本間龍也

 内海正巳

 豊沢義弘


【三年目】

(主将)

 後藤孝宏

(副主将)

 斉藤哲雄

(主務)

 杉田 裕


【二年目】

 竜澤宏昌

 増田俊也

 松井 隆

 工藤飛雄馬

 宮澤 守

 荻野 勇


【一年目】

 東英次郎

 石井武夫

 大森一郎

 岡島一広

 川瀬悦郎

 城戸 勉

 溝口秀二

 藤井哲也

 守村敏史

 門脇慎一


 さんたんたるチーム状況だ。名主将をうたわれた和泉さん以下の前幹部が七月のせんだいでの七帝戦で引退して、十九人の陣容となっていた。しかもそのうち十人が一年目で、一年目最強のあずまえいろう以外はまだ戦力にならない。

 何より問題なのは、もっとも重要な三年目の新幹部が三人しかいないこと、そしてその三人も戦力になっていないことだった。主将の後藤さんは一六七センチ六五キロしかなく、私や竜澤、東英次郎といった下級生の抜き役には歯が立たない分け役だった。副主将の斉藤テツさんにいたっては一六〇センチ六〇キロと後藤さんよりさらに小さく、分け役としてすら役割を果たせない実力のため、七月の七帝戦では十五人のレギュラーにも入れなかった。そして杉田さんは網膜剝離のため選手生活を引退し、専業主務として裏方にまわっていた。

 四年目では、留年している和泉さんと内海さんは「五年目も出て七帝戦最下位脱出にかける」と宣言していた。しかし内海さんは七帝戦後の練習に毎日来てくれていたが、和泉さんはほとんど顔を見せなかった。つい先日、その理由は聞いた。しようりき杯体重別個人戦六〇キロ級のためにほつかい高校や東海大四高へ単身出稽古へ行っていたからのようだ。しかしそのあともやはり内海さんのようには来てくれていなかった。

 私は膝にチューブと弾力包帯を巻き終え、立ち上がった。壁時計を見ると練習が始まる午後四時まであと三分である。あの分針がカチリと四時を指した瞬間にきっちり練習が始まるという厳しさは、私が入部したときの金澤主将、そして和泉主将、現在の後藤主将と、まったく変わらなかった。この北大柔道場は柔道の練習場という名はふさわしくない。スポーツ推薦入学ではない国立大学生である。退部しようと思えばいつでもできる状況で苦しくて辛い練習にみずから足を運ぶ修行場である。

 カチリと壁時計の分針が動く音がした。

「整列──」

 後藤さんの声で全員が小走りに集合し、師範席に向かって上級生から横一列に正座していく。今日は師範席には誰もいない。

「正面に礼。神前に礼」

 後藤さんの号令に合わせて二方向に座礼した。全員で道場内を走りながら廻って軽くアップしたあと道場の隅から隅までふく運動で往復する。そのあとエビでの往復である。

 匍匐は柔道界では「寝引き」と呼ぶチームが多いが、北大では主将の「這う!」の号令のもと行われる。軍隊のように肘と膝を使って進むものではなく下半身はいっさい使わず、腹を畳につけ、前方に伸ばした腕を自分の脇腹に引きつけるようにして進む。これは寝技で相手を抑え込むために大切な脇の筋力を養う。エビは仰向けになって、腕を使わず右へ左へと甲殻類のエビのような動きで体をくねらせて進む運動だ。相手に抑え込まれないように頭方向へと逃げるための力をつける。反対に足の方向に進む逆エビも続けて行われる。このあたりですでに息があがり、道衣のなかに汗が滲みはじめ、今から延々と続く寝技乱取りを想像してうんざりしてくる。

 このあとさらに二人組になっての足蹴り。これは立った相手に対し、下から相手の膝裏に足首を引っかけて強く相手を揺さぶる運動である。寝技の下からの攻めに必要な脚と腹筋を鍛える。次は脚抜きである。相手が下から二重がらみしてきた脚を抜いて抑え込む練習である。柔道では脚をからまれているかぎり抑え込みにはならない。抑え込むための最後の攻防である。下の者は絶対に脚を抜かれないようにし、上の者は何としても脚を抜いて抑え込む。あちこちでゼイゼイという苦しげな呼吸音があがりはじめるのはこの脚抜き練習が始まってからだ。みな額から大汗を流し、道衣が濡れはじめている。そして三十秒間抑え込んで相手が逃げるという練習も何本も繰り返される。

 やがて後藤主将が立ち上がって大声をあげる。

「寝技乱取り六分十本! 自由乱取り六分十本!」

 修行時間の始まりであった。

 部員たちはあちこちへ小走りに行き「お願いします」と頭を下げる。自由乱取りといっても七帝ルールでは寝技への引き込みが許されているので、立技をやる者同士が当たらないかぎり、すべてが寝技の攻防になる。つまり寝技乱取り六分二十本と同じことである。しかもかつての先輩たちがそうであったように、私たち抜き役は乱取り交代の合図があっても下級生を取るまで離さない者も多い。分け役の後輩たちにとっては取られれば怒られるし、取られないように守り続ければ延々と二時間も寝技で攻め続けられるという地獄をみる。

 ゼイゼイという呼吸音が大きくなり、あちこちで唸り声や、痛みに絶叫する声があがる。ときどき帯を結び直すときに立ち上がると、寝転がって組み合っている部員たちの頭髪や道衣からもうもうと汗の湯気が上がっている。昨年入部したあの日から毎日見続けている光景である。道場の上方をぐるりと囲む天窓を見上げた。今日は天気がよかったので澄み切った冬の空気に星々が瞬いている。しかし私たちはただ下を見て、寝技乱取りを続けるしかなかった。来年の七帝戦まであと半年と少しなのだ。


*    *


 二時間の寝技の乱取りの後、カメ取りや速攻の練習に移り、延々続いた練習を締める腕立て伏せとなった。みな帯をほどき、道衣の上を脱いで上半身裸になり、広い道場に円になって座った。正座している者もいるし、私も含め膝を怪我している者はあぐらをかいている。蒼白の顔に流れ続ける汗を手のひらで拭いながら激しい呼吸を続けている。

「腕立て、百回五セット」

 後藤さんの細い声が響いた。

 何人かが顔をしかめながら後ろへ転がり、バタンと後方受け身をとった。しかし誰も声はあげない。力を出しきって、汗も流しきって、おそらく体重はみな五キロから七キロ減っている。消耗しきっている。その状態で腕立て伏せ五百回。名主将として鳴らした金澤さんや和泉さんの時代で、七帝戦は最下位だった。いや、その前の主将もさらにその前のはま主将も最下位で終わった。四年連続最下位。後藤主将も何かをしなければと必死になっていた。後藤さんの解答は「練習量を増やす」であった。それがこの腕立て伏せの回数に顕れていた。和泉さんまでは「三百回一セット」や「百回三セット」「五十回六セット」など、トータル三百回だった腕立て伏せを、後藤さんは「百回四セット」「五十回十セット」「三百回二セット」など、トータル四百回、五百回、六百回と突然言いだす。腕立て伏せを延々と続ければ勝てるようになるのかという疑問を言いたかったが、そういうことを言うのはこの道場では「逃げ」なのだ。全員参加。全員の気持ちの一体化。それがこの道場の規律だ。

 後藤さんが道衣の上を脱ぎ捨てた。汗で光った体は水分が抜けきって余計に細く見える。汗まみれのほうはつをぼさぼさに立てたまま黙って両手を畳についた。中学や高校の部活動ならここで「本当にやるんですか」といった声がひとつくらいあがる。しかしここは北海道大学柔道部だ。文句を言うこともまた一人だけ逃げたことになる。順に黙って畳に手をついていく。後藤さんが「おかじま」とひとこと言った。今日の腕立て伏せの回数を数える役目だ。私も一年目のとき指名されるのが嫌だった。体力を少しでも温存しながら腕立て伏せをしたいのに、自分だけ号令をかけねばならない。声を出すだけなのだがその声を出すエネルギーでさえも温存したい。乱取り後はそれくらい消耗していた。

「腕立て百回五セット──」

 岡島が渇いた喉でかすれた声をあげ、両手を畳についた。そして全員がそうするのを待って「イーチ」と号令をかけた。延々と続く腕立て伏せの始まりだった。これが終わってもまだ綱登りが待っている。

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