貝の化石
「160万年前、ここは浅い海の底でした」
僕より少し年上の、40代の男性が右手に石を持って喋っている。
その声も耳に入らないほど寒い。冬の河原は草も枯れ、冷たい北風が吹きすさぶ。僕らの足元はすべて岩、背後にはススキ野原が広がっていた。
「今、ココは何処でしょうか?河原?いえ、あたりに草が生えていませんよね?実はココは川底なんです。冬になると川の水が減り、川底が顔を出すんですね」
陽に焼けた男性はそう言って、ひとりで笑う。
「さて、顔を出した川底のココ、160万年海だったココ、向こうに山が見えますね。関東山地です。あの山たちは何億年も前からそびえていますが、少しずつ削られて土になります。コレを風化と言います。その土が100万年もかけて埋め立てたのが関東平野、皆さんのお家やこの辺りすべてです。それが地層です。その後ですが、この川がありますよね。川が少しずつ川底の地層を削るんです。そしてちょうど今、ココが160万年くらいに海の底だった時代の地層に差し掛かっています。もっと浅い層だと、ゾウの化石も出ますよ。でも、見つけるのは大変です。貝は化石として残りやすく、数も多いのです。ですから皆さんでも見つけられます」
という説明のあと、8歳の娘と無心に川底の柔らかい泥岩を割る。金属のヘラ、スクレイパーでサクサクと削れる。
そして、灰色の泥岩を砕くと、あちこちから白い貝の化石が出る。ほとんどが小さな二枚貝。岩を砕くたびに現れるといってもいい。
「お父さんコレ。きれいだよ」
「きれいに取り出そう」
そういってまわりの岩を剝がそうとすると、化石まで真っ二つになった。
「あーあ、どうしよう」
やってみてわかったが、化石をきれいに取り出すのは難しい。
「また探そうか」
そういってまた泥岩を割り、削り、少しきれいな貝の化石を見つけ……ずっとそれを繰り返す。
僕が娘と同い年のころ、親が連れて行ってくれた化石掘りはどこでやっていたのだろうか。トンカチとタガネで、同じく河原でもっと固い砂岩を割って貝などを探していた記憶がある。あのとき掘り出した化石はどこに行ったのだろうか。もう実家も土地しかないのだ。
30年が過ぎて今度は僕が連れてきて、4つの貝化石の塊を娘と掘り出して持って帰った。娘はこの日を30年後も記憶しているだろうか。また化石を掘ったりする日が来るのだろうか。
帰り道の乗り換え駅でお腹がすいたという娘と回転寿司に入って帰る。
えりぞむ雑記 えりぞ @erizomu
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