金の秤ノ守Ⅱ
「オホン。ともかく、私は金の秤ノ守という認識でいること。今後の旅でそんな事口走るんじゃないよ」
少年は不服な様子ではあるが、とりあえず首肯する。
「絶対に、だよ。わかった!?」
「分かったよ、アンタの自己紹介に口を挟まなきゃいいんだろ」
「そう。ついでに言っておくと、誰の自己紹介でも終わるまでは口を挟まないことも覚えておきなさい。相手もしゃべりづらいし、情報が錯綜してその人のことが分かりづらくなるからね。人となりは分かっても聞きたいことが聞き出しづらくなるかもしれないし」
「ん?人となりってのは分かった方が使い勝手がいいんじゃなかったのか」
「そんなこと言ったっけ?」
「言ってた。前の、水と食料を行商人からお得に買った後、その行商人と知り合いでどう言ったりしたりしたら気前よくやってくれるかってのを自慢げに解説してた」
モネはメモをちらりと見、ふっと微笑む。
「そーんなことも覚えてたんだ。私はいまいちだけど、言ったかどうかはともかく私の考えの中にあるし、私以外に君に教える人もいないんだから、きっと言ったんだろうね」
「信用しろよ……」
「あらっ!そんな言葉どこで覚えたの!お姉さんを口説いてるつもり―?」
「違うっての。アンタが行商人との会話で商売は信用が大事って言ってただろ」
「そ。安心しなよ。私は君に信用も信頼も置かないから」
「は?」
一転して暗い顔をするモネを不審に思い、少年は口を開くが、彼女が先を行ってしまった。
「話が逸れすぎたわね。で、価値域って何なのかって話だけど……どっちから話した方がいいのかな」
「どっちって?」
「秤ノ守と価値域。そうだ。どっち先に知りたい?」
「じゃあ、モネが金の秤ノ守ってことだから、秤ノ守について聞きたい」
「おっけ。じゃ、価値域から説明するね」
「もう決まってたなら選ばせるなよ」
少年が顔を引きつらせる。モネはそんな少年がおかしいらしく笑う。少年はさらにごみを見るかのような目に変わってしまった。
「ごめんって。ちょっと真面目な話になっちゃうだろうから先にふざけておきたかったんだよ。
オホン。
価値域っていうのはね、ある価値を至上の価値として尊ぶ人間集団のいる地域のことよ」
「価値?」
「君の場合なら太陽に魅入られているようだから、そういう状態のことになるのかな」
「?太陽は一つだ」
「そ、太陽は一つ。価値は一つ。一つこそが価値」
「となると、太陽の価値域がある?」
モネは瞑目し、口角を少し下げると首を振る。
「私の知る限りはないね。あとたぶん、ない。ぜったいない」
言葉尻になるにつれ語気が強まる。少年は不思議に思った。
「そこまで否定しなくてもいいだろ」
すねた口調で言ってみせると、モネは我に返ったようだ。
「ああ。ごめんね。ちょっと忌々しくて。まぁ、太陽のとはならないだろうけど近い価値域はあるんじゃないか、な?」
「へぇ、今度行ってみたいな」
言うとモネはなんとも言えない微妙な笑顔を浮かべた。
「うん。寄らなくちゃいけないところではあるから楽しみにしておきなさい。
で、価値域についてはもうちょっとあって。価値域はね、抱える人間の数だけその土地が増えるの。私たちの価値域は土地が増えると単純な面積だけでなく、水や食料、鉱物や燃料資源なんかも安心安全に手に入るからみんな躍起になって集めてるよ。
ただ、もっと全体としては様相は違う。
価値域の大きさはその価値の唯一無二性の証明だとされているの」
「されているって、モネは思ってはいないのか」
「特段の異論はないよ。反抗しようとも思わない。価値自体はあった方が人間は生きやすい。私がこんなもどかしく思っているのはなんで抱える人数だけ土地が増えるのかってところなだけ」
「確かに、妙だな」
「だよねー。でも誰も答えてくれはしないし、そんなのは役に立たない。つまりはどうでもいいってこと」
モネは両手で頬杖をついてため息を吐く。
「そんなもんか」
「そんなもんにしておくの。ともあれ、自身の信じる価値がこの世界の、あらゆる人間の唯一絶対の価値となればみんな胸を張って生きられる。生きる理由が確固たるものとなるし、画一化された価値のもとであれば安定と安寧を得られる。祖先も報われるっていうのも聞いたね。思いは個人でいろいろだろうけど、広く一般が言うのはこんなところかな」
肩をすくませ、肘を窓際に置き外を退屈そうに見る彼女はあまり乗り気ではなさそうだ。
「そうそう。それで秤ノ守の説明もしやすくなったね。もう一言でいいや。秤ノ守はその価値域の統治者兼代表者。価値域の維持・拡大のために動く特別な人間。あ、ちなみに一つを除いて基本世襲制ね」
「モネは金の価値域の代表ってことか」
「うわぁ、飲み込みが速いね。ちょっと気持ち悪いよ」
少年は我慢ならなかったようで反論する。
「アンタが次代の金の秤ノ守で今回は現秤ノ守の名代で来たって言ったんだろうが」
「ま、そうだけどさ。まだあの洞窟で会ってから二か月くらいだよ。その成長スピードはさすがに引く」
「最低だな」
「うーん。私はマゾ体質ではないから響かないなー」
組んだ上の足を遊ばせながらひらりとかわすように言う。少しの間静かになる。馬車の車輪が石を乗り越えたらしい。大きく揺れた。モネを見ると、水筒から水を飲もうとしていたようで服にこぼしてしまっていた。それを少年が笑うと、顔を赤らめた彼女が何もなかったかのようにまだ染み込んでいない水を払う。
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