第10話 ユーリスの憂鬱

「はあ」

何度目なの溜息をつくと、目の前に座るジュリアスや、隣りに座るチェスターに呆れた表情をされた。


母上の葬儀から3日後。

俺たちは辺境の地へと帰っていた。


(徹底的に避けられてるな……)


葬儀の間、公式の場では常に隣にいたセラ。

だけど、プライベートな時間になると、これでもかと避けられた。


(お陰で事情を説明する隙間も与えてくれない……)


それにどうやらミーは、セラに味方しているらしく、明らかにセラの行動を応援してるふしがある。

リリー嬢も、俺に敵意を持った目で見ており――針の筵だ。


それもかれも……。


(この2人が、はっきりしないからだけどな)


目の前に座るジャスを軽く睨むが、あいつは涼しい顔をしてる。


そもそもジュスとローサ嬢は、元婚約者同士。

ローサ嬢親達が、俺を支えていくジュスとの縁談に難癖をつけて破棄された。


だけど、2人は想いあっている。


結婚するにしても、ジャスに爵位がないから――ジャスには上に2人兄がいて、貧乏伯爵に成り下がっているエスセル伯爵に、他の爵位など持っているわけはない。


だから、父上に打診したところだ。

結婚するなら、伯爵となることだろう。

但し、条件があるのだが――。


(だが、それはクリアされてる)


ローサ嬢を診た医師が、虐待されていると診断したからだ。

身体に古い痣などがあり、長期間虐待されてきた可能性があると。

総領家である、ジャスの家が知らぬとは通せない。


(一族と縁を切れということだが――恐らく迷いなく切るだろう)


父上は、ちゃんと見ていたのだ。

愚かな行為をし続ける、エスセル伯爵を。


だがそもそも、ローサ嬢との結婚しなければ、この話はないに等しい。


(虐待の話が出てきたから、物理的にエスセル伯爵達と距離を離したのは良いが――俺の側妃になるという噂を早く断ちたい……)


ジャスとローサ嬢が、お互い想い合っているのは、目に見えて分かる。

2人が一緒にいる時を目撃すれば、皆そういうはずだ。


俺がヤキモキしてもどうしようもないのだが、セラとの溝が埋まる気配がなく、焦りもある。

このまま一生距離が出来たままなんて、きっと俺は耐えられない。


(帰りの馬車も、アルフォード皇太子と一緒だと思うと、気が気ではないのに……)


アイツは俺と似てる。

思考も、行動パターンも。

チャンスがあれば、物にしようとするだろう。


(アイツにその気があれば――だけどな)


何度目かの溜息をついたとき、ジュスの隣に座るローサ嬢が申し訳なさそうに眉を寄せながら、口を開いた。


「殿下、やはりご迷惑では――」

「そんな事はありませんよ、ローサ」


被せ気味に発言するジャスを睨みそうになったが、俺を睨んでくるので諦めたように溜息をついた。


「ローサ嬢は、まず自分の事を第一に考えればよい。自由なのだから。これから何をするのか、したいのか」

複雑な胸中は表には出さずに、俺はジャスとローサ嬢を交互に見ながら言った。


「わたくしのしたい事……」


ローサ嬢は、そこからは深く考え込むような表情を浮かべていて、それ以上こちらに何か尋ねてくる事もなかった。


北の辺境の地へ帰って早々、俺に詰め寄ってきたシリウス。

その後ろにはアルフォード皇太子が、にやにやした顔をしてこちらを見ている。


「ローサ嬢を娶るつもりか?」

「何故そうなる――俺は妃は、セラ1人だと言っているだろう」


多少八つ当たり的な言い方をしてしまったのは、リリー嬢の部屋に泊まると言い、セラが自分の部屋に帰ってこないという想定外の出来事が起きたからだ。


(どこまで避け続ける気だ?)


「――セラは誤解してるぞ」

「そんな事分かってるが――話す機会をくれない」


俺の発言に、アルフォード皇太子は肩を揺らして笑ってる。


「くっくっ、こんな姿見せられたら、協力するしかないよねぇ、シリウス」

アルフォード皇太子は、相変わらず何を考えているか掴めない。

だけど俺を出し抜こうしているわけではないと分かった。


シリウスは苦虫を潰されたような顔をしていたが、

「仕方ない――妹の幸せの為だ」

そう言って渋々協力してくれるようだ。


(今の状態でシリウスに責められたら、たまったもんじゃない――)


協力してくれることに感謝しつつ、ジャスやチェス、アーサー達を呼んで、掴んでいる情報を共有し始めた。


「ルカン=グッテイス公爵。現在25歳。この国で見たものはあまりなく表舞台には出てきてないですね。西に留学したのが13歳。そのまま親戚がいる西で暮らし、つい最近まで、西の王宮に勤めていた事までは分かっています。現在は、ハリス殿下付き執務官。仕事は出来るようですが、素行に問題ありとして、ハリス殿下の元に来るまでは様々な部署にいたようです」


「大した情報はないな……」

ジャスの報告に溜息をつきながら言う。


「はい。レミアムの証言で、アーチェ様の葬儀にも出ていたのを確認していますが……今ヌー達に絵姿を渡して尾けています」

「あまり特徴のない顔だな」

「意識的に気配を消すのが得意なようです。人混みに紛れはまず見つけるのは困難でしょう」


兄上の元へ就くまでの振る舞いからみても、目的の為なら手段を選ばないタイプのようだ。

兄上が国王になれば、今の評判も覆せれると判断してのことだろうが……。


(兄上が側に置きたがらない理由が、わかる気がするな)


兄上は、家柄よりも行動や内面、働き方を重視している。

ルカンは従兄弟でもあるが、傲慢な振る舞いとあるとレミアムから聞いている。


(さてどう動くか――)


「恐らく、我々を尾けてこの領内に入ってきてる可能性があります」

ジャスはそう言うと、愛用の手帳を閉じ、胸ポケットにしまった。


「大将自らお出ましかあ。面白くなってきた」

「――厄介な事ばかりだよ」

俺が溜息混じりに言うと、アルフォード皇太子はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべいる。


コンコン。


扉がノックされ、ミーが入ってきた。

「殿下、セラ様とリリー様、明日、出かける」

「――許可出来ない」


ルカンが俺たちに接触し始めていて、この領内にいるのに許可できるはずがない。

セラには出来るだけ安全なところにいてもらいたい。

彼女に何かあれば、俺は冷静に対応できる気がしないから――。


「頭ごなしに、否定。良くない」

「そうだよー。そんなに心配ならついていけば良いじゃん」

「駄目。女同士の約束。破るとこになる」


アルフォード皇太子の言葉は、ミーは即否定した。


「ついていくって言ってもさ、色々やりようはあるじゃん?影ながらついていくってことで、丸く収まるよね?」


(明らかに面白がってるだろう、コイツ)


アルフォード皇太子を睨むと、何食わぬ顔をしてミーとすでに話始めていた。


「こんな楽しそうな事、勿論俺もついていくよ」


アルフォード皇太子の言葉に、俺は溜息しか出なかった……。

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