第8話 ユーリスの勘

俺は正直いって苛々していた。


(レミアムに見せていた笑顔――あんな笑顔、俺に見せた事あったか?)


きっと、セラを誤解させたと思った。


(咄嗟にあんな風に抱き上げてしまったが……動かないジャスが悪い)


俺が逆の立場なら。

言い訳だろうが何だろうが、きっと俺の言い分を聞きたいと思うだろう、と。

だからセラを探していた。


庭園で見つけたのは良いが……。

泣きそうな顔をして歩いていたセラを、抱きしめたいと思っていた。

だけど側にレミアムがいた。


何となく近づけない雰囲気で。

あいつは今にも泣きそうな顔をしたセラを、あっという間に笑わせた。

付き合いが長い事を見せつけられた。


(どれだけ俺が嫉妬しているか――きっとセラは気づいてない)


始めに誤解させた俺が悪いと思う。

だけど、あんな屈託のない笑顔、俺に見せてくれたことがあっただろうか。


(それでも手放せないと思ってしまう、俺は重症だ)


何があっても、彼女を手放す選択肢なんてない。


(少しは――近づけたと思っていたが……)


この半年、側に寄り添い、彼女の考え方など俺は知ったつもりだった。

何でも知っていると奢ってしまっていたのかもしれない。

そして俺のことを好きでいてくれる、と。


(始まり方はどうであれ、拘っているのは俺だけか?)


悶々と考え込んでいるうちに、俺の私室の隣にある執務室へ着いた。

レミアムを中に入れると、ヌーに命じて辺りに防音の魔法敷いてもらう。


「それで――兄上からの手紙は?」

「こちらです」


努めて冷静に、レミアムに声をかけられたと思う。

俺が嫉妬しているなんて、レミアムには知られたくない。


差し出された兄上からの手紙。

滅多なことでは寄越さないものに、嫌な予感がした。


「――ルカン=グッティスか」

「今は領地に帰ると休暇中ですが――まあ嘘ですね。だってこの地で見ましたから」


グッティス公爵家で、ソニア嬢は昔から目立っていたが……。

ルカンは表舞台にはいなかった。

故に顔さえも知らない。


「――どんな奴だ」

「僕もまだ顔合わせしかしていませんが――ハリス殿下によると狡猾な奴だと」


何故俺を狙っているのか。

理由に心当たりがありすぎる。


(兄上の為か?それとも罠に嵌めた元公爵の件を恨んでいるのか……)


それにしてもあの暗殺者の数を操っている事を差し置いても、あの公爵家の力は衰えていない。


「厄介な奴だな」

「ええ、本当に」


レミアムの表情が曇っていく。

だがそれも一瞬で、俺をまっすぐに見返した。


決死のその表情。

何かを決意している顔だ。


(レミアムは嘘がつけない)


何を兄上に命じられているのか。

きっと、ここへの手紙以外の事も命じられているだろう。


(嫌な予感しかしないな)


俺は溜息をついて、レミアムを見た。

「兄上に何を命じられてる」

「えっ」


俺の言葉に明らかに、レミアムは動揺していた。


(コイツは、明らかに死を覚悟している)


直感で思った。

俺の直感は外れない。


レミアムは昔から、あまり嘘は得意でない。

実直な性格だからか、俺たちがずっと一緒にいたからか。


(何をさせる気だ、兄上)


俺はそんな事をさせるために、兄上の元へやったわけじゃない。


「ルカンに関わるのはやめろ」

「――嫌だと言ったら?」

「お前にそんな仕事、向かない」


俺がはっきりそう伝えると、レミアムは傷ついたような表情を浮かべた。


「どうして?側近じゃなくなったら、ユーリス達のことを心配して動いたら駄目なの?」


その覚悟。

きっとレミアムは、俺達が思う以上に大事に思ってくれている。

嬉しいと思う反面、危険な事に首を突っ込もうとしている。


「そうじゃない。ただ間者みたいなことは、お前には向かないって言ってる」

「――嫉妬してるの?ユーリス」

「はあ?」


(ルカンの話とそれは関係ないだろう……)


「ずっと僕たちのこと見てたのでしょ。気づいていたよ。すごい剣幕で見てたよね」


(気づいていたのか――)


そう育てのは、お祖父様であり、俺自身だ。


「だってそうじゃなきゃ、あのタイミングで声をかけてこれないもの。俺にセラを奪われると思った?」

「何をふざけたことを……」

「俺はセラが好きだよ。大好きだったものを急に嫌いにはなれない――ユーリスだって大事だよ。2人の役に立つ事がしたいって、思ったら駄目なの?」

「馬鹿か!それなら尚更、迂闊に危険な奴に近づくな!」

「だってそうでもしなきゃ、守れないだろ!」


レミアムは思いつめたような表情で俺を見つめる。


「きっと、ユーリスにはわからないよ」

「ああ、わからないな」

「――いつもユーリスは余裕があって、冷静で。俺には敵うところなんてないよ。それでも!離れていても役立ちたいと思っちゃ駄目なの?」

「――命を投げ出す事には賛成できない」

「なんで……」


レミアムは泣きそうな表情に変わる。


(俺が悪者になればいい。こいつには無理なのだから)


「なんで言わなかった」

「えっ」

「前もそうだ。ソニア嬢に追い詰められた時。なぜ俺に何故相談しなかった」

「それは……」

「プライドか?それで本当に大事なものを手放さなきゃいけなかったのか?」

「――ユーリスを裏切っていた事を言えって?そんなの無理だよ」

「それでセラを手放したのか?」

「違う!俺はユーリスの為を思って!」

「――俺の為を思ってって何だ」


レミアムは、はっとした表情を浮かべて、観念したようにポツリと話始めた。


「ユーリスの初恋がセラだってこと、気づいてたよ――だから俺は出来るだけ、会わせないようにしてきたんだ」


(俺の初恋のこと、気づいてたのか……)


「だけど学園で会って――ユーリスの目線を見ればわかるよ。他の女性達に向ける目線と明らかに違うもの。そしてきっとセラも、ユーリスに惹かれると思ってた」

レミアムはそう言って、溜息をついた。


「俺が邪魔しなきゃ、2人は幸せになる。いつか離れなきゃと思ってた。だからソニア嬢に目を奪われた振りをしたんだ。きっとセラなら気づくと思って」

「お前――」

「でもいざそうなるとさ、苦しくてさ。僕、自分が思っている以上に大好きだったみたいだ……」


そう言いながら泣き笑いの表情を浮かべると、レミアムは立ち上がった。


「これでちょっとスッキリしたよ。親友に秘密にしてるの、結構辛かったから。聞いてくれてありがとう。ユーリス」

「――待て」


初めてレミアムが心の内を見せた気がした。

そんな唯一無二の親友を、易々と犬死にさせる気はない。


「――1人で背負うのは、やめとけ。そういうのは俺の役目だ」

「ユーリス……」


「ルカンの件は俺が引き継ぐ。レミアムは俺の指示に従え。良いな」

「でも……」

「こういうのは、俺の得意分野だ。だろう?あと、不用意に近づくな。危険な奴だと分かったからには、それなりの対応をしなければならないからな」


レミアムは泣き笑いしながら、俺に前にひざまづいた。

「――畏まりました。殿下」


「それと――兄上の許可が出たら、俺の元へ戻ってこい。いいな」

「良いの?」

「当たり前だ。人の親友にそんな役目を負わすなんて――それに勝手に動かれたら迷惑だ」


「そこは、お前が心配だ!っていうところでしょ」

扉が開いて、くすくすと笑いながらチェスが入ってきた。

その横にはジャスやヌーもいる。


(ヌーにしてやられたか……)


防音の魔法の範囲をわざと、目の前の廊下まで広げたのだろう。

3人は廊下で、俺たちの会話を全部聞いてたことになる。


「ああ、2人とも安心して下さい。セラフィーナ様はリリー嬢の部屋に。この階にもおりませんから。あんな恥ずかしい告白、言えないですよねぇ」

ジャスはにこにこと人の良さそうな笑顔を浮かべながら、そう言うとレミアムに向き直った。


「おかえりなさい、レミアム」

「おかえり!」


レミアムは、ジャスとチェスを交互に見つめると、とてもスッキリとした表情をして笑った。


「うん、ただいま」


「――ユーリス殿下!」

突如聞こえた声に、俺たちは互いを見合わせてから、レミアムを隠すようにヌーに命じる。

隠し通路(この宮殿に仕込まれている)に逃げ込んだのを見てから、ジュスが扉を開けた。


「アーチェが!」

泣きながら部屋に入ってきた叔父上に、何が起きたかわかってしまった。


その場にいた全員が息を呑み、叔父上の次の言葉を待った。


「つい今し方、息を引き取った」

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