第7話 不自然な訪問客達

翌朝。

朝からひっきりなしに、宮殿には人が訪れていた。


何処から情報が漏れていたのかは分からないが、ユーリ様に面会を求める貴族達が、大挙して訪れているからだ。


ユーリ様は、公式の場には、あのパーティー以外出席していない。

第1王子であるハリス殿下も、妃は1人だけ。

せめて第2王子の側妃になって、権力の中枢でありたいという親達の欲望が見てとれる。


ユーリ様は辺境伯となっていても、ハリス殿下にお子がない限りは王位継承第2位だ。

しかも敵対していた王妃様、グッテイス元公爵がいない今、表立ってユーリ様に擦り寄る者が多くなったのだと思う。


国王が後継者として、王太子を指名していなくとも、ユーリ様の側妃になるのは良い面しか見えていないのだろうと思う。


しかも残念王子の仮面を外したユーリ様は、とても格好良く、パーティーでの評判も耳に入ったのだと思う。


(それにしても、あからさまで不愉快だわ……)


アーチェ様と交流のあった貴族達は心痛な面持ちでユーリ様とお会いになり帰っていくのだが、中には自分達の娘や親族の若い女性などを、引き合わす為に来てる者達もいる。


そして、突然やって来られたジュリアス様のご両親は後者だった。


「ユーリス殿下。姪のローサでございます」


カゼボで私達の向かいに座るのは、ジュリアス様の両親と、ローサ様。

ジュリアス様は、私達の後ろに立ち、一瞬眉を上げられた後、無表情になった。


ローサ様は身体が弱く、最近になってやっと社交界にもデビューしたらしい。

肌も色白く、身体も細い。

薄金の長い髪も、そして控えめな目線も、男性的に見れば庇護欲をそそるようであると思う。


(ユーリ様も、そうなのかしら)


疑いたくはないが、ユーリ様の表情が他の方と接するよりも硬いのが気がかりだった。


「――セラフィーナ嬢、しばし我々と話ませんか?ジュリアスも交えて」

「はい?」


あけすけなジュリアス様の両親の言葉に、私は素っ頓狂な声を上げてしまった。


(それはつまり――ユーリ様とローサ様を2人きりにしろって事かしら)


ユーリ様が望むのなら、私は従うしかない。

王家の血筋だとか、子供とか言われたら、私には逆らう術はないのだから。


「――いい加減にしないか、エスセル伯爵」

ユーリ様の地を這うような低い声に、ローサ様やジュリアス様のびくっ身体が揺れた。


「しかし、殿下……」

「俺はセラ以外娶る気はないのだ。何度同じ話をさせるな」

「それでは王家の血筋は……」

「祖父や、父のように、側妃を持つつもりない」


はっきりと告げるユーリ様の気迫に、ジュリアス様の両親もローサ様も顔色が悪い。


「ローサ様?」

明らかに顔色が真っ青に変わったローサ様に、私は心配で声をかける。


「セラフィーナ様……」

ローサ様は私の名を呟くと、そのまま椅子から転げ落ちるように倒れた。


「ローサ!」

「ローサ様!」


周りにいた伯爵家の従者達や、ジュリアス様の両親が慌てたような声を上げる中、誰よりも早く動いたのはユーリ様だった。


「ジュリアス!何をやってる!」

ユーリ様は、ローサ様の膝裏に手を入れると、そのままぐったりとした彼女を抱き上げた。


ユーリ様の怒号に、ジュリアス様ははっとした表情をする。

「――部屋と医者を用意させます」


ジュリアス様はそのまま足早に宮殿へ入って行くと、ユーリ様は私をちらっと見ると視線を戻し、後に続いた。


(咄嗟の行動としては間違っていないわ。でも――)


心がモヤモヤする。


「これはこれは。ユーリス殿下は男前ですな」

さっきまでの表情とは打って変わった明るい声を、エスセル伯爵は上げる。


まるで私を馬鹿にしたように。


「――わたくしに用はないでしょうから、失礼しますわ」

私はそう言うと、にこやかに微笑むとカーテシーをして、ガゼボを後にした。


ユーリ様は正しい行いをしただけなのに。


(嫉妬するなんて、私がどうかしてるのよ)


ユーリ様は王族。

今後だって、パーティーでも他国の女性達とも踊ったりする事があるだろう。


こんな事、いちいち気にしていたらキリがないのに。


(私だけが特別だと奢っていたのかも)


ユーリ様は、フルール様とだって距離が近かった。

妹のように思っていたとしても。


(あの頃は、妹のように思っていると思っていたから――いいえ、私の気持ちが変わったからだわ)


以前よりも好きになっている。

ちょっとした事で嫉妬するくらいに。


(駄目だわ。視野が狭くなっているのかも)


何となく宮殿に戻る気になれなくて、そのまま庭を散策する。

よく手入れされた庭は、アーチェ様が好きだったという花々が植えられていた。


「――セラ」

聞き間違える事なんてない優しい声。

だけど、ここにいるはずもない人。


目の前に簡素な服を身につけた彼が立っていた。


「え、嘘。レミアム……」


少しやつれていて、あの頃よりも薄汚れた衣服を身につけていて。

でも優しい笑みは昔のままで。


「そんな泣きそうな顔をして――セラはユーリスの事が本当に好きになったのだね」

そう言いながら、レミアムは悲しそうに顔を歪めた歪な笑顔を、私に向けていた。


「――レミアム、どうしてここに?」

「ハリス殿下から、ユーリス宛の手紙を預かっていてね。表立って、僕が来ていることは言えないから。だから内緒にしてね」


レミアムはそう言うとポケットを探り、ハンカチを取り出した。


「ああ、もうぐちゃぐちゃだ――参ったな」

そう言いながら慌てるレミアムを見ていたら、なんだか懐かしくて。


「くすくす、レミアムは相変わらずね」

思わす私は笑い声をあげてしまった。


「もう、笑わないでよ……ほんと格好悪い」

レミアムが照れ笑いする姿は、私には見慣れた風景。


(この人の事、好きだったのだわ……)


過去形に出来るほど、私の中ではユーリ様への思いが大きくなっていて。


「――レミアム、フルール様との婚約、おめでとう」

自然とおめでとうと口から出た。


「――アーサーから聞いたんだね」

少し寂しそうに笑う姿は、何だか私の知らないレミアムのようだった。


「ええ」

躊躇いながらも、アーサー様は私に教えてくれた。


「――今更言っても仕方ないことだけど……。傷つけた事を謝りたい。だけど僕は――」

「レミアム」


周りを凍らすほどの冷たい声色。

それが誰が発したかなんて、私にはすぐわかった。


レミアムは息を呑むと、声をかけた人物に目をやる。

「ユーリス……」


そしてレミアムは肩で息をすると、真摯な顔つきに変わった。

「ハリス殿下より、内密の手紙を預かっております。少し人目につかないところでお話いいでしょうか」


臣下の礼をし、レミアムはユーリ様は向き合った。


「分かった」

ユーリ様はそう言うと、レミアムを連れて踵を返す。


「セラ。夜に少し良いか」

「はい、ユーリ様」


怖いくらいの雰囲気を持ったユーリ様はそう言うと溜息をつき、その場を去って行った。


だけど、その夜。

ユーリ様は部屋を訪れなかった。


アーチェ様が、静かにこの世を去って行ったから……。

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