12 宇宙人
とりあえず将棋を指す場所は手に入ったが、どうにも埃っぽいし、古そうな園芸書が並んでいたりもう植えてあるものが腐ってなくなった植木鉢が置いてあったりする。それらを片付けることにした。
掃除用具は隅っこのロッカーに置いてあった。開けるとホウキとバケツ、干からびた雑巾が入っていた。
ホウキを取ろうとして、登坂さんの手に手をぶつけた。
登坂さんは僕の顔を観て、なんだかはにかんだような顔をしてから、
「わたし、植木鉢片付けるね」
と言って、植木鉢をいくつか抱えて廊下に消えてしまった。
どこまで処分しに行くんだろう。僕はホウキで床を掃いて、ちりとりですくい、捨てて、雑巾掛けをした。
しばらくして登坂さんが戻ってきた。
「どこに捨ててきたの?」
「校舎裏の花壇の跡地。あとは棚の本を片付ければオッケーだね」
登坂さんはテキパキと動く。まぶしいくらいだ。棚の本は勝手に処分したらまずいのかも、ととりあえず図書室に持って行った。暇を持て余していたらしい司書教諭の先生は、さっそく古い園芸書の分類を始めた。
なんとか片付いた部室に戻る。
将棋を指そう、と、適当な机を出してくる。「サボテン命」とカッターで掘られた傷がある。
「サボテン命ねえ……どうも植物ってよくわかんないんだよね」
と、登坂さんは机の傷を撫でた。
「小学校のときアサガオとかミニトマトとか植えなかった?」
「アサガオを植えたけどわたしのやつだけ芽が出なかったんだよね。きっと誰かが意地悪してむしったんじゃないかな」
「なんでそんなひどいことを」
「さあ。変な子供だったから宇宙人に見えたんじゃない?」
登坂さんは笑っている。
「宇宙人なんかじゃないよ」
「そうやって慰めてくれるひと初めて見た。なんか、……照れるね」
別に照れるようなことを言った覚えはないのだが……。
「親御さんには言わなかったの?」
「言わないよどうせなんにもしないんだもん」
そうだろうか。そこまで過保護に登坂さんを守ってきたのだ、いじめられていると知ったら怒りそうなものだが。
「うちの親はね、波風立てたくないの。なるべく穏やかに、なるべく穏便に済ませたいわけ。だからいじめられてるって言っても『気の持ちよう』としか言わないよ。まあその程度のいじめに屈するような人間じゃないけどね、わたしは」
確かにメンタルが強靭な登坂さんならいじめなどものともしないだろう。でもそれでいいのだろうか。なんだか可哀想だ。だれか登坂さんの気持ちを汲んでくれる人はいないのだろうか。
「マドノくん、わたしはマドノくんに心配してもらえて嬉しいよ」
登坂さんは目を細くした。
結局おしゃべりをして、ろくに将棋を指さないうちに文化部下校の時間になった。漫画研究会や落語研究会からぞくぞく人が吐き出されていく。
「あれ、園芸部んとこなんか入ったの?」
と、漫画研究会の知らない人に言われた。
「将棋同好会です。なにとぞよろしく」
登坂さんは知らない人に深々と頭を下げた。知らないひとはへえー、という顔をしていた。まるでこんなバカ高に将棋同好会ができるなんて思っていなかった、みたいな顔。
登坂さんと下足入れまでてくてく歩く。校舎がだだっ広い。昔はたくさん生徒がいたのだろう。
「またね」
「うん、またね」
登坂さんは歩いて帰って行った。僕は母さんが迎えに来ていたので、車の助手席に乗り込んだ。
「将棋同好会作った」
「へえー。部活立ち上げって漫画みたいね」
「そうかな」
「うん。きっと青春ってこんな感じが理想なんじゃない?」
青春、かあ。
思えばこの学校に編入して、初めて登坂さんという友達を得たのだから、それは青春なのかもしれない。
前の学校の連中はこんな田舎に引っ越した僕のことなど忘れているだろう。ときどき懐かしく思い出したりもするのだが、僕はインスタをやっていなかったので、写真をシェアする友達はいなかった。
でも友達ってそういうことではないと思う。登坂さんと僕の関係がまさに友達なのだと思うのだ。おかしいだろうか。
友達かあ。
もっと仲良くなりたい、友達じゃなくて……と考えてしまう。これを肯定してもいいかもしれないと思ったけれど、それでいまの関係が壊れるのはいやだ。
家に帰ると相変わらず弟がテレビにかじりついてゲームをしていた。そろそろ没収したほうがいいような気がする。
父さんが夕飯を支度していて、なんというか男メシ感のある肉野菜炒めが用意してあった。母さんの味付けよりちょっとしょっぱい。
それを食べ終えて自分の部屋に向かう。ベッドに寝っ転がってスマホを眺めていると、登坂さんからメッセージがきた。
「将棋同好会、学校休みのときはどうする?」
「土曜日は部活やっていいんじゃないっけ?」
しばらく間があいて、
「生徒手帳確認したら土曜は部活OKだったから、適当に行って適当に指しますか」
という返事がきた。
きっと日曜は、登坂さんは公民館の将棋道場に行くのだろう。きっと教える相手がいっぱいいるのだ、邪魔しちゃいけない。
その一方で登坂さんを独り占めしたくて、なんだか自分が恥ずかしかった。
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