121. 孤児院料理店『子蜘蛛の巣』

 日は巡り、いよいよ孤児院料理店の開店日がやってきた。

 このお店の名前は『子蜘蛛の巣』である。

 私が中心になって設立したんだから、蜘蛛にちなんだ名前がほしいと泣きつかれて決まった名前なのだが、これってどちらかというと食べられる側なのでは?

 いささか不安ではあるけど、看板も掲げられてしまったし、どうにもならない。

 店内では、料理長に女将さん、各種担当の子供たちが気合いを入れるために最後の確認を行っていた。


「……よし、確認漏れはないな!」


「魔道コンロ、問題ありません!」


「カトラリーもピカピカです!」


「床にもゴミひとつないよ!」


「十分に釣り銭なんかも用意してあるさね。問題なんてないさ」


「わかった。今日がオープン初日だ! 今日の客足で今後の売れ行きも決まる! みんな、気合いを入れていけ!」


「「「はい!」」」


 みんな気合いが入りまくっているなぁ。

 空回りしないといいんだけど。

 さて、食堂に関係ない私と『山猫の爪』のみんなは邪魔だからお店の裏手、休憩スペースにあたる場所に移動しよう。

 応援しか出来ないけど、頑張れみんな。



○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●

(アリゼ視点)



 ふむ、リリィ様の料理店はしっかりオープン出来たようですね。

 店の外見も綺麗ですし、入り口にはロックウルフが二匹待ち構えていて門番の役割をしている。

 不埒な輩も簡単には近寄らないでしょう。

 どれ、私もひとつお客として行ってみますか。


 入り口横には小さなメニューの看板があり今日のメニューを書いてあります。

 聞いていた通り日替わりのセットメニューしかないようですね。

 今日のお勧めは……『オーク肉と季節の野菜の鍋』ですか。

 聞いたことのない料理ですが、試してみるのもいいかもしれませんね。

 早速店内に入ってみましょう。


「いらっしゃいませ!」


 店内に入ると同時に可愛らしい女の子の声でお出迎えのあいさつが飛んできました。

 そちらを向けば、10歳くらいの女の子がメニューを抱えて待ち構えています。

 服もエプロンをメインにしたワンピース姿で、見た限りこのお店の女性給仕たちはみんな同じ服を着ていますね。

 さすがはリリィ様、同じ服を何着も作ることはお手の物ですか。


「お客様、おひとりですか?」


「ええ、ひとりですよ」


「それではお席にご案内いたします。こちらにどうぞ」


 女の子に案内されながら店内を観察していますが、リリィ様らしく女性でも入りやすい用に工夫されていますね。

 窓を多めにして開放感を出し、照明も増やして店内を明るくする。

 お店にはよくあるカウンター席だけではなく、ふたり掛けのボックス席まで用意してあるのです。

 私みたいな女性のひとり客はそちらに案内されるのでしょう。


「お客様、こちらになります。それと、これが今日のメニューです。このお店は日替わりのセットメニュー3種類しか取り扱っていません。その代わり、基本金額20ルビスでパンが3切れかライス大盛りになります。パン2切れかライス普通盛りにすると15ルビスになります。パン1切れ追加で5ルビス追加、ライスお代わりで大盛り10ルビス、普通盛り5ルビスです」


 ふむ、健啖家を相手にしたお店とは聞いていましたが、ここまでサービスが行き届いていますか。

 お昼に20ルビスは普通の金額ですし、足りなければ追加も出来る。

 いいサービスです。

 では、実際にメニューを頼むとしましょう。


「店員さん、今日のお勧めはなんでしょうか?」


「はい。今日のお勧めは、一週間に一度しか出ない『オーク肉と季節の野菜の鍋』です。これは鉄鍋の中に出汁を入れ、その中で薄切りのオーク肉と季節のお野菜を煮込んだ物となります。提供はお鍋ごととなりますので、各自お鍋から自由に取り分けてください」


 ……なるほど、なかなか大胆な料理のようです。

 お勧めはライス、それも大盛りだと聞きましたが、私では大盛りライスを食べきる自信がないのでライスは普通盛りにしてもらいました。


 10分ほど待たされて出てきた料理はなんとも豪快でした。

 本当に鉄鍋ごと料理を配膳されるとは……。

 鉄鍋の中には確かにオーク肉の薄切りと思われるお肉もありましたが、どう見てもそれは肉を食べたい人向けのおまけ。

 メインはそれよりはるかに多くの量が入っている野菜たちです。

 そのままでも味が染みていておいしいらしいですが、一緒に配膳されたつけダレにつけてもおいしいらしいのでそれからいただくことに。

 まずは……大根ですね。

 大根は少し厚切りとなっていますが、半透明になるまで煮込まれ、フォークが難なく刺さります。

 それを取り皿に持って来て、ナイフで食べやすい大きさに切り分けましたが、それだけでも大根からたくさんの汁があふれ出しています。

 では、まず一口……。


「~~~!」


 熱いですが美味い!

 大根にだし汁がじっくりと染みこんでおり、ほろほろと崩れる実と相まってなんとも言えない味わいです。


 次、恐ろしいですが、つけダレを使ってみましょう。

 つけダレは香辛料をとかしてあるそうですが、果たして……。


「~~~~~~!?」


 辛い!?

 そして、美味い!?

 香辛料のピリ辛さが大根のうまみを更に引き出している!?

 これはなんとも言えないハーモニーです!


 そのあとも、にんじん、レンコン、ネギ、サツマイモなど、いろいろな野菜を試していきましたが、どれもこれも野菜本来の味と出汁というスープの味が絡まって絶妙な味わいでした。

 結局、ライスも二度お代わりしてしまいましたし、お腹もパンパンです。

 正直、オーク肉は本当のおまけでしたね。

 ただ、店員さんに聞くと、オーク肉からもうまみが出ているらしく、重要な食材なんだとか。

 肉好きな冒険者がどんな反応を見せるか心配ですが、これはこれでいいものを食べました。


 ただ、帰ったあと、私が相当おいしい物を食べてきたことを察知したプリシラ様が根掘り葉掘り聞いてきたことがうざ……面倒でしたがよしとしましょう。

 孤児院料理店『子蜘蛛の巣』ですか。

 商業ギルドからは少し離れているのが難点ですが、週に何度かは通ってもいいでしょう。

 ただ、鍛錬の時間も増やさないと、余計な脂肪がつきそうです……。

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