120. 料理の練習

 私が頼んでいた物も無事に届き、いよいよ料理店開店に向けた料理の練習が始まる。

 指導はもちろん料理長であるブレッドさん。

 指導を受けるのは孤児院から集まった子供たちの中でも料理に興味のある子たち。

 給仕係の方はダーシーさんにお任せだ。


 さて、ブレッドさんにはまず簡単なスープの作り方を教えてもらうわけだけど、その前に私が海に面した街から取り寄せたある品の使い方を説明しなくては。


「……なあ、リリィの嬢ちゃん。それって海の草だよな?」


「正確には海藻ですね。海の草という認識はある意味正解ですが」


「そんなのを料理に使うのか? それもカラッカラに乾燥したやつを」


「干して乾燥させた物を取り寄せましたからね。いやぁ、この国では食用になっておらず、逆に船に絡まる漁師の邪魔者だったおかげで、商業ギルドを仲介した交渉でもスムーズに安く買い付けが出来ました」


 私が買い付けた品。

 それは乾燥コンブとワカメだ。

 ほかの海藻があるかどうかは見てみないとわからない。

 商業ギルド経由で話を聞くことの出来たこの二種類だけを取り寄せたのだ。

 この世界では別の名前がついている海藻のようだが、食用にするにあたりコンブとワカメに名前を変えさせてもらった。

 先駆者特権である。


 そんなことよりこれを使った調理方法の実践をしなくては。


「ブレッドさん、綺麗な水は用意してもらえましたか?」


「ああ。頼まれていた通り、一度煮沸して消毒したお湯を冷ました物があるぞ。これをどうするんだ?」


「それにこちらのコンブを入れてゆっくり沸騰する直前まで煮だしてください。沸騰させてしまうと臭みが出ることがあるので注意してください」


「おう。弱火で煮込めばいいんだな。……このコンブってやつが水を吸って色が変わっているがいいのか?」


「構いません。乾燥コンブですから」


「そうか。しかし、こんなものどうするんだ?」


「まあ、そのまま煮出していてください」


 待つこと10分ほど。

 お鍋の水が少し泡立ち始め、ちょうどいい頃合いとなってきた。

 そろそろ引き上げてもらう時間かな?


「ブレッドさん、そろそろコンブをとりだしてください」


「おう。……海藻を煮ただけに見えるが?」


「そのお湯がだし汁になっています。今回は昆布だしですね」


「昆布だし? なんだそりゃ」


「とりあえず味見をしてください。熱いので気をつけて」


「熱いのくらい言われなくてもわかってるよ。……なんだこりゃ、その海藻を煮ただけなのにうっすらスープの味がするぞ!?」


 そうなんだよね。

 この世界、調味料や香辛料は豊富なのに出汁の概念がなぜかないんだ。

 昆布だしはもちろんブイヨンにコンソメもないんだから。

 スープの味付けが塩と香辛料だけの物には飽きが来ていた。

 だから、このお店で出汁入りのスープを作ってもらおう。

 そういえば、味噌はあるって聞いたことがあるけど、味噌汁は聞いたことがない。

 味噌も肉を焼くときのソース扱いなんだろうか?


 出汁を実際にとってもらったら今度はそれを使った実践だ。

 作るのはわかめスープ。

 出汁を入れていない空の鍋にごま油を熱してもらい、長ネギをみじん切りにして炒めてもらう。

 ネギの色がほんのり変わってきたら出汁を入れ煮込み、乾燥ワカメを入れてもらい軽くごまを振れば完成だ。

 ただ、乾燥ワカメが一気に膨らむことを知らず、入れすぎたのは反省点だったけど。


 完成したスープを全員で試食してみると、とてもおいしいと好評だった。

 試しに出汁を使わないでわかめスープを作った場合どうなるかもやってみたが、全員物足りなさを感じたようだ。

 うん、出汁の普及は出来そうだね。


 ほかに出汁として野菜の皮や芯などを煮込んで作る野菜出汁があることも教えておく。

 こちらはちょっと時間がかかるけど、ゴミ同然の物から作れるし有効活用してくれるだろう。

 あと、出汁を取り終わったコンブは食べることもできるので細く切り分けてもらってから食べたら意外と好評だった。

 この世界のコンブに毒がないことは事前に調査済みだったけど、食べるとおいしいとまでは聞いてなかったんだけどな。

 きっと調査したときは汚れだけ落として生で食べたか、煮沸して灰汁が出てしまったかのどちらかなんだろう。

 あるいは乾燥させることでおいしくなったのかも。

 これなら細切りにしてサラダにも混ぜられるとブレッドさんは喜んでいた。


 予想外の出来事はあったけど孤児院料理店の開店準備は着々と進行中。

 子供たちも頑張って料理を覚えてくれていっている。

 これなら冬になる前に開店できるかな?

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