第11話 互いのための互い

 その瞬間、ビリリと全身に電気が走るような感覚があった。

 まるで雷が落ちたような衝撃を感じて、二人は思わず目をつぶってギュッと抱き合った。


 やがて体が軽くなる感覚が訪れ、二人はゆっくりと瞼を開けた。




 裕星は目の前にいる美羽の姿を見て声をあげた。

 「あれ? 美羽、お前、元に戻ったのか?」 

 目の前に美羽が見えたからだ。

 今、裕星の体の中にいるのは自分自身だった。




「裕くん! 私たちの体が元に戻ってる! ああ、良かったわ! いったい何が起きたの?」



「俺にも見当がつかないよ。とにかく俺たちが自分の体に戻ったことは確かだな」



「うん、もうこれで一件落着よね?」

 美羽はもう一度裕星の胸にギュッと飛び込んだ。



 二人はしばらく抱きしめ合っていたが、裕星はふと疑問を感じて美羽の両肩を抱いて放すと、まじまじと美羽の顔を見つめた。

「なあ、それよりも、どうしてさっきはタイミングよく俺を助けに来れたんだ?」




「それはね……」








 ***1時間前 小林のレストラン(裕星の姿の美羽)***




 レストランは大通りに面した表階段を上った二階にあった。小林の後を全く疑うことになく付いていく裕星の姿を遠くから見ていた者がいた――ミナだった。


「あれ? あそこにいるの裕星じゃない?」


 ミナはこの近くのマンションに住んでいる。ちょうど帽子とマスクで変装し買い物に出ようとしたところに、大通りを挟んだ正面のレストランに入って行く裕星を見かけたのだ。



「裕星が あそこのストランに何の用かな? もしかして……なんか嫌な予感がしてきたわ」


 ミナは帽子を目深まぶかに被ると、裕星の後を追うようにレストランへと向かった。





 小林の兄が経営しているレストランは、こじんまりとして大衆的な雰囲気だった。カフェに毛が生えたくらいの大きさだ。まだ早い時間のせいか客は誰もいなかった。


「お兄ちゃん、紗江さえ、ただいま! ねえねえ、来てみて! びっくりするよ!」

 大声で叫ぶと、厨房ちゅうぼうからのっそりと背の高いひげ面の男が出てきた。その後ろからは、妹なのか、少しぽっちゃりとした感じの若い女性の姿が見えた。



 男は裕星の頭の先から足の先までジロジロながめていたが、「うわ、まじでラ・メールブルーの裕星だ! すげえ!」

 無礼なことに、裕星に挨拶もすることなく騒いでいる。


 背後の妹らしき女性が急いで顔を出して裕星を確かめるようにじろじろ見ている。

 じっと見られているので、美羽は居たたまれず、「こんにちは」と声を掛けた。



「わあ、すごい! やっぱり本物の裕星じゃん! お姉ちゃん、やっぱり嘘じゃなかったんだね?」


 二人は裕星に会って挨拶どころかまるで新しい家電製品を前にしたようにはしゃいでいるだけだった。



「あ、あの……今日僕は少しだけ、ということでお邪魔したんです。妹さんに会いに」美羽が先に話しかけた。



「私に? 嬉しいー! 裕星がお姉ちゃんの友達って本当だったの?」


「と、友達というか……」

 美羽が困惑した顔でいると、美羽の言葉を遮って小林が先に答えた。

「そうよ、裕星はお姉ちゃんの友達なのよ!」


「すんごい! やっぱりヘアメイクってすごいね! 今まで連れてきた人の中でダントツじゃん! お姉ちゃんは色んな芸能人と付き合えるから羨ましいよ!」

 紗江がぴょんぴょん飛び上がってはしゃいでいる。



 あまりにもその元気な様子を見て、美羽は小声で小林に囁いた。

「あの、こちらがその不治の病の妹さんなんですか?」



 すると小林は「そうよ。見ただけじゃ分からないと思うけど、夜中は結構辛そうなのよ」


「そ、そう……お気の毒に」

 美羽はそう答えるしかなかった。



「ねえ、裕星。今日はうちで食べて行ってくれるんでしょ? そのために来たのよね?」



「―—あ、いえ、僕はすぐ帰らないと。明日の準備もあるから」


 美羽は小林兄妹に翻弄ほんろうされながら断る理由を考えていた。



 ──そうだ、遅くなること、一応、裕くんにも伝えておいた方がいいわよね。

 美羽はケータイを取り出して、「すみません、連絡を入れるところがあるので」と店の外に出ると裕星にメールした。



 当然ながら、このケータイは美羽のものだった。

 たとえ体が入れ替わっても、ケータイだけはそれぞれ自分の物を使っていたため、互いのスケジュールを知らない二人は、こうして頻繁ひんぱんにやり取りをしていた。



 すると、メールをしていた美羽に小林がこっそり背後から近づき、美羽の腕にしがみついてケータイを覗き込んだ。

「彼女にメールしてるの?」



 美羽は慌ててケータイをしまうと、「いえ、別に」と振り向いた。



「いいですよ、別に。私たちまだ付き合ってるわけじゃないし。でも、これからは期待しちゃったりして」ふふふと笑っている。




 美羽は小林が冗談を言っているのだろうと気にも留めていなかった。小林が離れた隙に、急いで手元のケータイを確認すると、さっき裕星にメールしたものにまだ既読が付いておらず、それどころか、孤児院の園長からメールが届いていたことに気付いた。


 それには、これから出張に行く旨と、美羽が園長の留守の間する事の注意事項が書かれていたのだった。


 ──えぇ? 園長先生が出張で夜まで帰らないの? これじゃ、裕くんがきっと大変なことになってるわね。急いで帰らなくちゃ!


 美羽がレストランでの食事を断って急いで孤児院に帰ってきたのは、こういう経緯いきさつからだった。



 しかし、このレストラン訪問が裕星を窮地きゅうちに追い込むことになると知ったのは翌日の朝のことだった。





 ***翌日 JPスター事務所(元に戻った裕星)***



「裕星はいったい何やってんだ! こんな大事な時期に!」

 雑誌をバサバサ振り回しながら事務所の社長室でミーティングをしているメンバーたちの前にやってきたのは、険しい表情をしたマネージャーの松島だった。



「何かあったんですか?」

 リョウタが不思議そうに訊くと、松島は手に持っていた週刊誌のページを開いてテーブルの上にバサリと置いた。


 そこには大きくデカデカと『海原裕星。噂の交際彼女とは別の女性との二股発覚』と書かれている。



「え? これは、どういうことだ?」

 裕星が驚いて雑誌を取り上げた。



 すると、そこに掲載されていた写真は、裕星が昨日小林のレストランに入って行くときの姿だった。もちろん中身が美羽の時のことで、裕星には全く身に覚えがないものだ。

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