第5話 見抜かれた正体
ミサが始まる前になると、祭壇の両側にある大きな扉の一方が開けられ、派手な衣装に身を包んだ司教らしい老人が入ってきた。頭にはミトラと呼ばれる独特のとんがり帽子をかぶり、カズラと呼ばれるオーバーサイズのガウンを羽織っている。
――すごいな。よくテレビで観る格好だ。ローマ教皇かよ。
裕星は一人小声でツッコミを入れながら、司教と目が合うとやっとのことニコリと作り笑顔を返した。
司教は静かに頭を下げると、シスター伊藤の案内でこちらに向かってやってきた。
「美羽、祭壇の脇にある大きな椅子に案内して差し上げて」
シスターに言われ、裕星はようやくもう仕事が始まっていることに気付いた。
「あ、あの、こちらにどうぞ」
すると、司教は美羽の姿をした裕星を見て一瞬
椅子に案内すると、司教はもう一度裕星の顔をじっと見つめながらゆっくりと椅子に腰を下ろしたのだった。
――なんなんだ、あの司教。さっきから俺の顔をジロジロ見やがって。もしかして俺が若い女だからか? とんだエロじじいだな。
しかし、その予感は当たらずとも遠からずだった。
ミサが終わると、ペコペコと頭を下げながら参拝客を見送っている裕星に、シスター伊藤が後で事務室に来るようにと声を掛けた。
裕星が事務室のドアを開けると、そこにはさっきの司教がにこやかな顔でソファーに座り、こちらを見ている。
裕星は驚いて頭を下げたが、司教は裕星を見るなり、こっちこっちと右手で手招きした。
――なんなんだ。こいつ、美羽のことを気に入ったのか? うわ、怖いな。これだから聖職者の裏の顔は……。
「貴女は天音神父の娘さんで美羽さん、と仰いましたか?」
司教に声を掛けられ、裕星は我に返った。
「はい。そうですが?」とそっけなく答えた。
「ちょっと美羽さんと二人だけでお話させていただいてもよろしいかな?」と司教はシスターに目をやった。
「まあ、どうぞどうぞ。私は今お茶の用意をしてまいりますから、ごゆっくりお話されてください」
シスター伊藤は微笑んで、気を利かせたようにそそくさと出て行ったのだった。
事務室の応接間に、裕星は司教と二人きりで残された。
――なんだよ、こりゃ、とんでもないことになったぞ。これが美羽じゃなくて俺でよかった。こいつ、俺を男と知っても口説く気だろうか? 手を出して来たら一捻りしてやるか。
裕星は司教を睨んで身構えていた。
すると司教は、どうぞ、と自分の正面のソファーに美羽を勧めると、裕星が恐る恐る腰かけるのを待って口を開いた。
「もしや、何かお困りではないですか? 私が間違っていたら大変申し訳ないのですが、あなたは……美羽さんではありませんね? 男の方のように思えます」と微笑んだ。
──え? と裕星は司教の言葉に驚いて飛び上がりそうになった。
「な、なんでそれを……」
つい口から洩れてしまった。
「初めにお会いした時にすぐ分かりました。いや、心と体に矛盾を持つ方のことを言っているのではありませんよ。――不思議なことですが、とても大変なことになっていますね?」
司教は裕星と美羽の体が入れ替わったことを知っているかのような口ぶりだ。さっきまで裕星の顔を注視していたのはこういう理由からだった。
「俺たち、その、本当の美羽と俺の体が入れ替わっていることが分かるんですか?」
「――入れ替わった? いや、そこまでは分かりませんでした。ただ、あなたの中身が男性だということ。そして、ご自身の体ではないということを心の奥に感じたのです」
「それじゃ、もしかして、俺たちのことを元に戻せますか?」
すると司教は、うむ、と考え込む様にして目を閉じていたが、ゆっくり顔を上げると、「わたしにはどうすることもできませんね」と首を横に振った。
「できない? 俺のことを見抜いたのに、解決法がないというんですか?」
「―—はい。申し訳ありません。今ではもう
「彼女は、俺の婚約者です」
「ああ、そうでしたか……」
「悪魔じゃなければ、誰の呪いなんですか?」
「呪い? わたくしには詳しいことは分かりません」
「司教にもわからないなら、この先俺たちはどうやって……」
「わたくしもお調べしてみますが、このような現象はだいぶ以前に聞いたことはありますが、実際に見たのは初めてです。お力になれるかどうか……」
するとそこにシスター伊藤がお茶をもって入ってきた。
「お話はお済みになられましたか? さあ、お茶でもどうぞ」とテーブルに緑茶と菓子をおいた。
「美羽、今日はお疲れ様。司教様もこれからご予定があると伺っておりましたが……」
「ああ、そうでした。わたくしはこれからまた別の教会に出向かなくてはなりません。あなたも、どうぞ気持ちを前に向けていてください。きっといつかはあなたの思いが天に通じるでしょう」と胸の前で十字を切った。
「あ、ありがとうございます」
仕方なく裕星は事務室を出たが、司教でさえこの事態を解決できないとなると、残された手段は、あの魔女だけだ、と大きなため息をついたのだった。
***自宅マンション***
裕星は重い気持ちでマンションへと帰ってきた。するともうすでに灯りが点いており、美羽が先に戻っているようだった。
「ただいま……」
「裕くん、お帰りなさい! あ、夕飯できてるから食べましょう!」
出てきたのは、やっぱり自分の姿のままの美羽だった。
大きな体に花柄のエプロンを掛け、ニコニコ顔でやってくる自分にぞっとして思わず顔をしかめた。
「ねえ、どうだった? ミサも子供たちも大丈夫だった?」
「あ、ああ。でも、ちょっと気になることがあってな」
「気になること?」
花柄のエプロンを掛けた裕星の姿の美羽が料理をテーブルに並べながら訊いた。
「今日の礼拝にどこぞやの司教っていうのが来てたんだが、そいつに俺の正体を見破られた」
裕星は今日あった出来事を
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