第19話 助け

「レヴィンさん、居ますか!」


 それからしばらくして、探索者協会本部。


「おや、どうしたのかな?こんな閉まる直前に、君たちは本当に良く来るな」

「マジすみません!でもちょっと緊急で、これを見てもらえませんか」


 そう言うと、簪が同盟戦の画面をレヴィンへ見せる。


「……‼何が有った?」

「はい、全部話すと長くなってしまうんですけど――――――!」


 簪は画面を開いたまま、昨日からの経緯を話す。


 人工生物を狩りに行った帰り道、魔女の晩餐から帰り道に絡まれた事、それを撃退したのは良いが翌日再び現れた事。


 そして、イテラが捕まってしまった事。


「血竜姫が、か?彼女が凡夫の攻撃に捕まるなど予測がつかないが、君とルクスさんの秩序位階は?」

「俺が多層刻印の第三位階と第一位階、ルクスが両方第五位階です」

「ふむ、それは不味いな。今調べたが、魔女の晩餐のルダ・ベック、ベルタール・ガレスはそれぞれ第五位階の武装秩序に血種秩序、獣種秩序、そしてザイード・ランダイルに至っては第六位階の魔種秩序と魔法秩序か。とはいえ……」


 レヴィンが何かを言い淀む。


 だが、悠長に話しをしている時間は無い。

 簪がここに来た理由は一つ、レヴィンへ助力を請うためだ。


「レヴィンさん、イテラ姉を助けるのに力を貸してもらえませんか?」

「……ふむ、やはりそういった話か。確かに私が出られれば彼等程度一蹴して見せよう。しかし――――――」


レヴィンはそう言うと、再び言い淀むように口を噤む。

理由は余り頭が良くない簪にも分かっている。


その規模だ。


「探索者協会はあくまで中立だから手出しできない、ですか……?」

「そうだな。協会としては出来ないし、比較的浅層の探索者が多い【始まりの塔ファーストステージ】としても万が一【魔女の晩餐】と戦争になるような事態は避けたい」

「……そう、っすよね」


 レヴィンの言葉に簪は分かっていた事ながらも、僅かに肩を落とす。

 そう、大同盟に所属する探索者を撃破するという事は、下手をすればその大同盟に喧嘩を売っているのと同じになる。

 魔女の晩餐は調べた限りでは結束は強そうでは無いが、それでも同盟戦ともなれば流石に動く可能性も十分にある。


 やはり、動いてくれるとすれば。


「とはいえだ、簪さん、もしその同盟戦さえ――――――」

「すみません、レヴィンさん。ちょっと行くとこが有るんで失礼します!」

「……全く、せっかちだな」


 レヴィンの言葉を遮って、簪は協会を後に近くの風の大砲の場所へと向かう。


 回答期限は明日の昼、となれば一刻も早く先にルクスが向かっている新造回廊ミドラズオルエ、師匠の元へ。




「ふむ、状況は把握した!だが無理だな!」


 その頃、世界樹48層千夜工房前。


「お願いします、私達だけじゃイテラさんを助けられません!」

「分かっている。我も馬鹿弟子とライバル、そしてそのために頭を下げに来たルクス君の願いには答えたいとは思っているのだ!だが、相手が魔女の晩餐ともなれば話が変わる」


 そう言うと、ヴィリアスは自身の手元に一つの画面を開き、ルクスの元へ送る。

 それは、同盟間での順位表だった。


「……98位?」

「うむ、これが今年の新世界大戦における私達の順位だ。今年は少し低いが、あくまで【千夜工房】は職人たちの同盟。だからこそ、万が一魔女の晩餐に戦争でも仕掛けられようものなら、我らは確実に甚大な被害を受ける」


 千夜工房も全同盟の中では最上位と呼んで差し支えないが、余りにも相手が悪すぎる。

 一方で、こうして大同盟同士は均衡を保っているのだ。


「どうしたら助力を頂くことが出来ますか?」

「ふむ、そうだな――――――」


 ヴィリアスが僅かに考えるように頭を捻る。


 二人を余所に、一人の青年が遠くから走って来るのはそれから直ぐの事だった。


「うぇっ、風の大砲マジ無理、吐きそう」

「……簪さん」

「おや、馬鹿弟子。その様子はさては探協にでも行ってきたのか!答えはノーだっただろう、こちらも同じだ」

「あー、もしかして魔女の晩餐とは戦えない?」

「そうだ!」


 簪の言葉に、ヴィリアスが大きく頷く。


 さっきと一緒の答え……だが、もうここで断られれば後は無い。


「俺のポイント全部」

「要らん!」

「俺の有り金全部」

「我らの同盟の損害を補填できるなら構わんぞ!」

「無理!」


 簪の持っているお金は、依頼で溜めた精々数千バール程度の世界。

 もし仮に同盟の損害を補填するなど、一体何百、何千万あれば良いのか。


「……なら、俺の異装でどうだ?」


 だが、この時の簪の言葉に、ヴィリアスの表情が初めて変わった。


「簪さん?」

「ほう、馬鹿弟子、異装を手に入れたのか?まさか空を飛べるだけの靴とは言うまいな」

「ああ、正真正銘第十位階魔法の入ってるガチの大剣型異装だ。もしイテラ姉の救出を師匠が手伝ってくれるなら、その時に発生した損害分はこの異装を売り払って補填しても良い」


 そう言うと、簪は背中に背負っている大剣を抜き、目の前の床に突き立てる。


 心配そうにこちらを見る瞳はルクスのものだろう、だが、これが簪の出せる唯一の対価だ。


「ふむ、良い剣だな。馬鹿弟子、まさか盗んだのではなかろうな?」

「いや、師匠の俺に対する信用度なさすぎない?詳細は教えないけど、しっかり俺が手に入れたものだぜ。まあ、正直これ渡すと俺は本当に雑魚になっちゃうんだけど」

「……足りなければ、私の槍でも払います」


 簪の隣に一拍の後、ルクスも自身の槍を突き刺す。


 正直、彼女の槍はいざという時のために出さないで起きたかったが、ここまで来たら後は野となれ山となれか。


「ふむ、この槍も最上の質だ……ふはは、面白いな!それで、我らに武器を差し出してまで協力を得て、お前達はどうする?まさか高みの見物とは言うまい?」

「はっ、当たり前だろ!イテラ姉は俺の家族だ、例え異装なんて無くても――――――」


 簪は腰の袋から一つの剣を取り出すと、手元に構える。


 この剣は、10バールの安物が壊れてから買い直した300バールの比較的高級な剣。

 大剣になれてしまったせいで、動きはまた多少下手になっているかもしれないが、元々は魔術と片手剣を合わせたスタイルをずっとやってきたのだ。


 多少戦闘力は落ちても、記憶秩序と合わせれば何とかなる……かもしれない。


「まぁ、本音を言うなら明日の戦いまでは貸し付けておいてもらえると助かるけど……」


 ヴィリアスの力を借りられたとしても相手は3人、万が一には備えてはおきたい。


「ふっ、くはははっ!面白い、貴様は本当に面白いな馬鹿弟子!それにルクス君も!仲間を助けたいからと、自分たちの武器を差し出す探索者がどこに居る!」

「いや、笑い過ぎっしょ⁉そんだけイテラ姉は俺達にとって大切なんだっての!何なら、ポイントも全部渡すけど?」

「ふん、どうせ数千万位にしか満たない程度のポイント、何の足しにもならん」


 ヴィリアスはそう言って一頻り笑うと、やがて二人が地面に刺した魔具を抜き、二人へ投げ渡す。


 これでも駄目なら、もう切れる手札は無い。


「全く、どうせ手を貸すんだろうに。意地が悪いぞ、【湖氷銃座】」

「ふはは、貴様まで出てくるのか!これは楽しい祭りになりそうだ」


 だが、話をしている3人の後方、入口の扉が勢いよく開かれた。





「はぁ、退屈ね。はやく簪とルクスちゃん来ないかしら」


 十年前、最強の血竜姫イテラ・メル=オーリアの世界は、常に灰色だった。


 探索者になった理由はいつの間にか死んだ親がそれ程までにのめり込んでいた事が気になったから、強くなった理由は少しでも面白い相手と戦えると思ったから。


 ただ、いつまで経ってもその視界に色は付かなかった。


 確かあの日もいつもと同じ……敵を切り刻んで、殺して、焼き尽くして


 本戦一回戦の会場となる複写地球の一角、度重なる戦闘によって荒れ果てた都市の中心。

 傷だらけのまま優しげに微笑む天使の姿を見るまでは。




「……大人しくしていろ。人間一人を丸ごと核にしたその呪力結界は破れない」


 翌日明朝、階層世界第二層、荒野の中心。


「くす、生物を殺す事でしか上げられない呪術秩序に発動するための人柱……魔女の晩餐あなたたちどんどん罪盟に近づいてるわねぇ」

「……ふっ、自由と言え。だが、貴様は本当にあの子供たちが来ると思っているのか?言っておくが、同盟戦へのメンバー以外の介入は同じ同盟でさえも即ペナルティだ」


 同盟戦への介入は、即座にその戦闘を中止にさせるのと共に、変動する可能性のあるポイント分の最大値が介入した相手から強制的に引かれる。

 これは正に互いの全てをかけて戦う同盟戦で不可侵性を守るためのルールであるのと同時に、新世界大戦における争奪戦の中で最も正式に、大量のポイントが動く大戦である証。

 一方で質が悪いのは、あくまでも同盟戦などの決闘は最も正式な手段であると認識されているため、戦闘を申請されている相手が期日までに申請相手を攻撃することも、同様の措置が取られてしまう事。


「あら、別に介入が出来なくても、近寄ってから申請拒否をすれば良いだけじゃない」

「ふっ、そうだな。わざわざ一人の人を助けるために魔女の晩餐との大戦たたかいを望むならば」

「……くす、そうね」


 ザイードの言葉に、イテラは軽く笑う。


 正直な所、初めて簪と出会った時は、特に何の感情も無かった。

 彼には違うと言ったが、一緒に暮らし始めた理由も、恋人だった暁が望んだから。

 ただ、日に日に頼もしくなっていく背中に、いつまでも諦めないその馬鹿で愚直な心に、いつしかイテラ自身が惹かれていったのだ。


「くくっ、妙な自身……もしかしてその余裕は、あの二人に刻まれている秩序のせいか?」

「……‼さあ、どうかしら。でも、少なくとも一人は結界の前に居た方が良いわよ?私その気になれば、いつでもこの程度の結界なんて壊せるから」


 そう言うと、イテラは僅かに闇色の壁に手をつくと、直後その空間に一筋の罅が入る。

 これは実際、ただの脅し。

 イテラ自身結界をいつでも破壊できる、これは嘘ではないが、もしこの結界を力づくで破壊すれば今のイテラにはほとんど戦う力は残らない、すなわち勝てない。


 だからこそ、外から破壊してもらわなければ。


「……‼ルダ、結界を修復しろ。ベルタールも――――――」

「……くす、そんなに慌てなくても私は逃げないわよ?あら、でもそろそろね――――――」


 イテラは僅かに視線を上げると、少しずつ明るくなってきた空を見る。


 彼の気配を、イテラは間違える自信がない。

 文句を言いながらもいつも光を纏っていて、苦し気ながらも常に楽しそうな顔で、無駄の多いエラを身体に纏わせる。


 彼方に見える竜騎士、しかしその翼が自分でありたいと思うのは、きっと小さな嫉妬だ。


「おーい、イテラ姉!無事ー⁉」

「……ふっ、本当に来たのか」

『見えました。戻ります』

「えっ、別に普通に降りればぁぁあああああ――――っ!」


 そして、ルクスと簪の二人が、空から落下した。


「……あなた達、こんな時まで何をやってるのよ」

「いったぁーっ!いや、まさか戦闘前に空からダイブするとは思わないじゃん……ルクスは竜種だから良いけどさ」


 身体から地面に叩きつけられた簪は身体についた埃を払い、大剣を構える。


 締まらない登場でさえも少しだけ格好良く見えてしまったのは、あばたもえくぼというやつなのかもしれない。


「……簪、待ってたわ」

「はっ、もう少しだけ休んでてよ。始めようぜ、俺達【再臨の天竜】の初めての大戦たたかいを――――――‼」

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新世界大戦 ツンドラ @Beach_traveller

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