第10話 週の初めは胸騒ぎの予感。

 そして翌日。


「雪も気をつけてね」

「う、うん。姉さん達も気をつけて」


 家の最寄り駅で雪音ゆきねと別れた俺と朱音あかねは、満員電車に揺られながら学校の最寄り駅まで到着した。

 そして二人でバスに乗り込み、


「結局、潰すのな」

「何? 見たかったの? 俺のおっぱい?」

「いや、そういう意味じゃない」

「ふ〜ん。素直じゃないな〜」


 つり革に掴まったまま田園地帯をゆらりゆらりと眺めていった。


「まぁ本音を言えば潰さないと制服が着られなくなるからね。制服を作ったばかりだから勿体ないじゃない。元を取るまでは潰し続けるよ」

「なるほど、そういう理由があったのか」

「あとは昨日の変態共の視線が下から上に向かう事も潰す要因の一つかな」

「・・・」


 確かに、奴らの変態的な視線が一番の要因かもしれないな。制服が勿体ないという理由こそ後付けで、本当の理由はそこにあると。

 籍を母方に戻したお陰で金銭的な不自由は既にない。作り直そうと思えば如何様にもなる。

 それを選択せずに現状維持を望む朱音。

 女子も女子で大変だよな、いや、マジで。


「それに見てもらうならがくだけでいいし」

「ん? 何か言ったか?」

「なんでもないよ」


 何はともあれ、その戸籍すらも現状は俺と同じになっているわけで。実質、一昨日から俺も芦来あしらいがくという名前に変わっているんだよな。

 立場上は芦来あしらい朱音と芦来あしらい雪音の義兄にあたるが。


「ひと波乱、無ければいいが」

「ん? どうしたの?」

「いんや、なんでも」


 世の中にはフラグという物がある。

 この時、俺の発した言葉が、まさか本当に起きる事になろうとは思いも寄らなかった。



 §



 週の初め、授業開始前のショートホームルームが始まった。担任の朝風あさかぜ澄美きよみ先生がトテトテと教室に入ってくるや否や、普通より高く積み上げられた教壇の上に立ち、大きな胸を張った。


「皆、ちゅーもーく! 全員、先生を見て!」

「聞いたか? あさちゃん先生のスリーサイズがワンランクアップしたってよ」

「違うだろ、あさちゃん先生に彼氏が出来たって話じゃねーか?」

「いやいや、あさちゃん先生は彼女でしょ。女子受けする先生だよ?」

「こら!? どれも違うから!!」


 う〜ん、うちの担任は何気に生徒達から愛されているよな。その容姿がお子様かってほどの小柄だから余計にそう見られるだけかもしれないが。でも、容姿が子供でも出るとこ出て引っ込んでいるから、バカには出来ないと三バカが言っていたよな。それが何処から仕入れたネタなのか知らんけど。


「コホン! 本日付で東山とうやま朱音あかねさんの戸籍が母方の籍に変更されたので、今後は芦来朱音さんと呼ぶように」

「え?」

「あ、芦来って・・・」

「あ、あの?」


 地元民なら誰でも知っている財閥だもんな。

 この地が地盤だからこその家柄だ。つまりお嬢様の扱いを受けるような人物となる訳だ。

 当人は至って気にしていないようだが。


「なに?」


 そんな空気感は周囲に気取られる事はなく、


「俺もお近づきになりたい!」

「え? でも、彼氏がいるだろ、あいつ」

「え? か、彼氏が居たの!?」

「誰、誰? 私達が知ってる人?」


 クラスメイト達は澄田すみーが提供した彼氏ネタで盛り上がってしまった。

 流石の担任も続きを語ろうとアタフタし、


「ちょ、ちょっと、まだ続きがあるから、静かにして!?」


 何とか収拾を付けようと躍起になっていた。

 収拾が付いたのは予鈴が鳴った直後だった。


「もう! まだあるって言ったでしょ!!」

「ごめんなさーい」

「コホン! それと共に北山きたやま君のお父さんが芦来さんのお母さんと再婚したとの事で・・・」

「はぁ!?」

「私の話を聞きなさい!! 割って入った澄田すみだ君の本日の単位、没収しますよ」

「ぐっ」

「再婚したとの事で芦来さんとは義兄妹という事になります。血の繋がっていない兄妹とはいえ公序良俗と常識は護るように!」

「はーい! わっかりました!」


 ちょっと待て!? それはどういう意味だ!

 朱音も何で楽しそうに返事してるんだよ?

 担任は言うだけ言って、慌てて授業の準備を始めていた。今日はこのまま数学だからそのまま居座る事は分かっていたが、この騒動はどうするつもりだよ。


「ひでぇ話もあったもんだ」

「何処がいいんだ? あんな奴」

「俺達の方がまだイケてるぞ?」

「いや、お前等は鏡見てから言えよ」

「「え?」」

「お前等に比べたら奴の方がマシだわ」

「ああ、ガリガリのお前達よりはマシ」

「「なんですとぉ!?」」


 まぁ案の定だが、男子達からの大顰蹙だいひんしゅくが俺に集中したわな。


「奴の親父、どうやって取り入ったんだ?」

「ジミメンと義兄妹? 可哀想だな・・・」

「あんな奴と義兄妹とか寒気がするわ」


 で、主に三バカが罵詈雑言を発しており、


「あんたらにとやかく言われる筋合いはないよ。文句があるなら岳のように成績で証明すればいいじゃん。それが出来ないようなら負け犬の遠吠えでしかないよ」

「「「ぐ、ぐぬぬ」」」


 朱音の一言でぐうの音も出ない有様だった。

 その間の女子は楽しそうに会話していたな。

 それこそ男子達との温度差が半端ないな。

 すると今度は準備を終えた担任が・・・、


「下半身が元気な男子諸君、芦来さんの言う通り、見返すなら学力で見返しなさい。それと芦来さんも今年度こそ赤点から脱却しなきゃね」

「うぐぅ」


 担任の痛烈な一言で朱音自身も、ぐうの音も出ない有様になってしまった。俺としても担任と同じ気持ちなので脱却を目標としないとな。




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