第53話 最愛への愛のあげ方
フォギー侯爵の息子のアッシュからの報告、ヘリオトロープ公爵への報告からの、ハイドレンジアとミモザに俺の事情の全てを話した次の日。
魔法学園へ向かう馬車の中で、ウィステリアにも昨日のことを伝えた。
「という訳で、レンやミモザに俺の事情を全て話したよ」
「奇遇ですね。私も昨日、シャモアに伝えました。やっぱり、協力してもらった方がいいかなと思いまして。ただ、リオン様のことは話していないので、伝えてもいいですか?」
「もちろん。俺も話していないから、リアのことをレンやミモザにも伝えてもいい?」
「はい。もちろん、構いません」
お互い笑い合うと、ウィステリアが俺の手を握ってくる。
最近は、特にハーヴェストからの話を聞いた後からは、ウィステリアは俺と手を繋ぎたがる。
彼女ではなく、俺が断罪される可能性を聞いたから不安なのだと思う。それも、自分が俺を断罪する側になってしまうのが嫌なのだと思う。
だから、元女神からの魅了に対抗するために、早く魔力の覚醒をしたいのだろうと感じる。
まぁ、あくまで、俺がそう感じただけで、彼女から聞いた訳ではないけど。
ウィステリアに断罪されるのは、俺もショックが大きいので、絶対に避けたい。
なので、ウィステリアには早く魔力を覚醒して欲しいという思いはある。俺の覚醒は後回しだ。
問題は、その覚醒の仕方。
最愛から愛を貰う。
……何処までの愛を貰うと正解なんだ?
まだ、結婚する日すら決まっておらず、成人しているとはいえ、学生なのに何処までの愛を貰えばいいのか。
「……リア。俺より先に魔力を覚醒して欲しいんだ。出来れば、社交界デビューのパーティーまでに」
「え……リオン様。それはどういうことですか?」
「……多分、貴族達とは別にヒロインか元女神もパーティーで仕掛けてくると思う。出来れば、出端を挫きたい」
「待って下さい。確かにゲームでは社交界デビューのパーティーに参加してました。でも、今のチェルシーさんは……」
とても言い辛そうにしている。優しいな。
「そうだね。俺のルートの攻略も、他の人達の攻略も失敗しているからね。だから、ヒロインは他の貴族に取り入ろうと考えているみたいだよ」
「他の、貴族ですか? まさか……」
すぐ分かったようで、ウィステリアが俺を見上げる。
「そう。今回の社交界デビューのパーティーで、襲撃を考えている貴族に取り入るつもりだよ」
眉を寄せて、どうにか出来ないか考える顔をウィステリアはしている。
そんなウィステリアの肩をぽんぽんと優しく叩き、小さく微笑む。
「リア、実はそのことでちょっと考えていることがあるんだ。後で、ディルやオフィ嬢、アルパイン達を呼んで説明したい。俺の作戦を聞いてくれる?」
「もう作戦を考えているのですか?」
「早いに越したことはないし、七年前の襲撃なんて、十二年前の三歳の時から進めていたし。骨組みはある程度考えた。後は、父や兄、ヘリオトロープ公爵、シュヴァインフルト伯爵、セレスティアル伯爵、軍務大臣のデリュージュ侯爵を交えて肉付けかな。その作戦にはリア達にも協力して欲しいんだけど、どうかな? もちろん、危険なことはさせるつもりはないよ」
アルパインやヴォルテールはちょっと危険かもしれない。ちゃんと危険にならないようにはするけど。
「そんなに大事になるのですか?」
「わざと大事にするんだよ。今回の首謀者を捕らえても、また同じようなことが起きるだろうし、大事にすれば、そういうのを考えている貴族達に牽制出来るからね。七年前も俺が大立ち回りしたことで、襲撃を考えていた貴族はしばらく動けなくて、やっと今回動いた訳だし」
七年前の襲撃から今まで、小さな悪巧みはいくつかあって、ヘリオトロープ公爵達に潰された。
ゲームのように両親やヘリオトロープ公爵が命を落としていたら、対処するのが俺と兄、ヴァイナスになるから、流石の俺も貴族達との対峙に疲れてやさぐれたり、今以上に卑屈になっていたかもしれない。
ウィステリアとラブラブ以前の話になっていたかもしれない。
なので、大事な家族なのもあるが、俺の精神衛生上、両親も兄も健在であって欲しい。
「それに牽制を掛けておけば、我が身可愛さに俺のところに擦り寄ろうとするから、そういう貴族を纏めて潰せるからね」
「……リオン様って、ディル様が仰るように本当に軍師みたいですよね。格好良くて、私は大好きですけど」
不意打ちのウィステリアの告白に、自分の顔が少し赤くなった気がする。
本当に可愛いなぁ。
可愛過ぎて、ついウィステリアを抱き締めてしまった。
「俺も、リアのことが大好きだよ」
耳元で囁くと、ウィステリアの顔が耳まで真っ赤になった。反応が可愛い。
これだけでは、最愛から愛を貰うことにはならないんだよな、きっと。
俺がウィステリアに対して愛をあげることにもならないようだ。
このくらいなら、二人きりの時にするし、これで愛を貰うことになるなら、ウィステリアは何回魔力が覚醒しているんだと言われる。誰かに。
「……リア。今日の夕方、俺からの愛を、貰ってくれる?」
いくらでも、たくさん、愛をあげたいところだけど、俺の愛は一つひとつが重い。多分。
ウィステリアに引かれるのは辛い。
「えっ、今日、ですか?! あの、どのように頂ければいいのでしょうか?! あ、いえ、そもそも、リオン様の愛を頂くのは私で本当にいいのでしょうか?!」
「え、十一年婚約しておいて、今更それを言うかな? 俺はリアしか愛をあげる気はないよ? 他にあげるとしたら、将来生まれるリアとの子供達にだけど。それとも、俺の愛はいらない?」
上目遣いで、ウィステリアを見る。
ウィステリアの顔がだんだん赤くなっていく。まるで、真っ赤な林檎のようで可愛い。
何気にウィステリアとの子供達、と複数形にしてみたけど、彼女は気付いているだろうか。
「リオン様の愛はもちろん欲しいです。私の愛もリオン様以外にあげる気はないです。その、誰にも譲りたくない、です……」
「じゃあ、何であんなこと言ったの? 俺としてはショックでうっかり魔に堕ちるよ?」
まぁ、ハーヴェスト曰く、俺は魔に堕ちないのだけど。
「う……闇堕ちのリオン様は少し見たい気もしますが、元に戻せる自信がないのでやめて下さい。その、あのように言ってしまったのは、私、悪役令嬢なのに頂いていいのかなと思ってしまって……。ごめんなさい」
眉をハの字にして、ウィステリアは謝った。
「リアは俺にとっては悪役令嬢じゃなくて、可愛い令嬢なんだけどなぁ。何度も言ってるんだけどなぁ。それに、ウィステリアはゲームも今も悪役令嬢じゃないよ。俺からしたらゲームではミストが悪役女神。今はチェルシー・ダフニーが悪役令嬢だよ。まぁ、貴族じゃないから令嬢でもないんだけど。それとも、リアは悪役令嬢になりたいの?」
「なりたくないです。断罪されるのは、嫌です」
「俺もだよ。リアが断罪されるようなことはさせないよ。もし、リアが悪役令嬢になったら、俺も悪役王子になるよ。一緒に悪役になったら怖くないよ、きっと」
「頼もしい上に、安心して悪役になってしまいそうなので、やめて下さい」
ウィステリアが眉をハの字にして、口を膨らませている。
その顔が可愛過ぎて、写真として保存したい。どうにか魔導具で作れないかな、カメラ。
「じゃあ、次からは悪役令嬢だからと言うのはなし。分かった?」
「は、はい……」
「それで、今日の夕方、俺からの愛を貰ってくれる?」
「そ、その、お手柔らかにお願いしますっ」
「もちろん。流石に結婚前だしね。俺としては、早く結婚したいところだけど。でも結婚したら、俺の愛、重いから覚悟してね」
いたずらっぽく微笑むと、ウィステリアの顔がまた赤くなった。可愛いけど、慣れて欲しいなとも思う。そうじゃないと、結婚後が大変になりそうな気がする。
「わ、私も、私の愛は重いですからね! リオン様こそ、覚悟して下さいっ」
真っ赤な顔のまま、ウィステリアは俺の手を握る。
その顔が可愛くて、また抱き締めてしまった。
魔法学園の教室に着くなり、ディジェムとオフェリアが開口一番、俺とウィステリアに笑顔で言い放った。
「魔力の覚醒、俺達したぞー」
「そ、そう。おめでとう」
笑顔の圧力に気圧されつつも俺は答えた。
内心、慌てながらも、張った防音の結界が間に合って良かった。
「おめでとうございます。ディル様、オフィ様」
ウィステリアは笑顔でお祝いの言葉を言う。
「ありがとう。ヴァルとウィスティ嬢は?」
「ウィスティは今日の予定。俺は魔力を暴走させないと覚醒出来ないから、最後だよ」
「ウィスティ嬢は今日か。ヴァルは魔力を暴走……って大丈夫なのか?」
「周りが危ないと思うから、ダンジョンで暴走させるつもり。タンジェリン学園長には許可をもらってるよ」
「本当に大丈夫なの? 魔力を暴走させたら身体に負担が掛からないの?」
ディジェムとオフェリアが心配そうな顔で俺を見る。
「うーん……暴走させたことがそもそもないから、よく分からないな」
勝手に何とかなると楽観的に考えている。前世の呪いの方が辛かったし、ずっとという訳ではないから身体的にはマシだと思っている。少し、心配だけど。
「そう言う二人は身体に負担は?」
「なかったな」
「ないわね」
負担なかったんだ。ということはウィステリアはないのかな。ウィステリアに負担がないといいな。
「それならウィスティも負担がないかな?」
「そうだと有り難いです」
不安げにウィステリアは胸の前で両手を組む。
「とりあえず、俺とフェリアは魔力が覚醒したから、元女神の魅了は掛からないってことでいいよな?」
「多分? 俺に聞かれても答えられないよ」
元女神に聞いて欲しい。会ったことないけど。会いたくないけど。
「そうだよな。とりあえず、あとはウィスティ嬢が魔力の覚醒をしたら、最後にヴァルだな」
「そうだね。問題なく覚醒出来ると思うよ、ウィスティなら。ところで、そろそろ初めての試験だね」
不安そうにしているウィステリアが心配になり、話題を変えてみたら、ディジェムがげっそりした表情を浮かべる。
「……言うなよ。忘れようとしてたのに。試験って聞くだけで、アレルギーが……」
「まぁ、分かるけどね」
俺は前世であまり試験を経験出来ていないが、気持ちは分かる。
「ディル様は試験が苦手とは思いませんでした」
「いや、ウィスティ嬢。実技は得意なんだよ。筆記が苦手なんだ」
「実技って何をするのかしら?」
オフェリアが首を傾げて、俺を見て呟く。
「さぁ……? この半年の授業内容の試験だから、最近でいうと召喚獣の召喚だけど、まだ召喚出来ていない生徒もいるし、実技には出ないと思う。可能性があるのは魔法関連じゃないかな?」
「ヴァル、例えば?」
「自分の属性の魔法をどのくらいの種類を放てるかとか、魔法の命中精度の確認とか、詠唱速度とか、思いつくのはそのくらいかなぁ……」
もう少し授業が進めば、魔法の発動点について習ったりするはずだ。それを学べば、恐らく試験の実技に出る、はず。
なので、今回の試験は魔法学園に入学してまだ半年なので、教師にとって今後の授業方針をどうするかの確認の試験なんだと思う。
「成程なぁ……。もし実技の内容がヴァルの予想通りなら、実技なら何とかいける気がする」
「ディジェ君、筆記は……?」
「……聞かないでくれないか? 前世から筆記は全滅なんだよ。特に、哲学とか理論的なヤツ。それと前世の国語だな。作者の気持ちを答えよってヤツ。あの問題に『俺は作者じゃないから知るか』って解答欄に書いたら減点されたけど、『確かに』って返事が先生からあった」
「理論的なものはともかく、哲学は出ないと思うよ? 哲学の範囲が広すぎて出題が難しい気がするけど。前世の国語のようなモノも流石に出ないと思うよ。それより、作者の気持ちを答えよって、皆同じようなことを考えるんだね。俺の前世の姉と妹がよく言ってたよ」
俺はあまり試験をしたことがないので、詳しくは知らないけど。
「どうにか、分かる範囲の試験にして欲しい。留学しておいて、点数や順位が低いのは恥ずかしくて死ぬ」
「じゃあ、皆で試験勉強をしたらどう?」
オフェリアが提案すると、ウィステリアとディジェムの目が輝いた。
「学生っぽくて良いな! やりたい」
「イェーナ様達も呼んで、皆で勉強会をしたいです!」
勉強会かぁ。実はやってみたかったものの一つだ。前世は呪いで寝たきりで、学校もほとんど行けなかったし。
「じゃあ、皆に聞いてみようか。その前に、パーティーがあるから、三人に協力して欲しいんたけど、いいかな?」
「もちろんよ。友達のヴァル君のお兄さん夫婦の命が掛かっているもの。いくらでも協力するわ」
オフェリアが頷くと、ディジェムとウィステリアも頷いた。
「ありがとう」
三人の協力という言葉が嬉しくて微笑むと、真っ赤になった。
やっぱり、仮面を付けようかと悩んでしまった。
一日の授業が終わり、俺はウィステリアと王族専用の個室で二人っきりになった。
隣の控室にはハイドレンジア、ミモザ、シャモアが待機している。
一応、防音、除き見防止の結界を張る。侵入禁止も考えたが、何かあった時に気が動転して結界を解除するまで考えが至らない可能性もあるし、そうなるとハイドレンジア達を呼べないので、侵入禁止の結界はやめた。
ソファに座っているウィステリアがそわそわしている。動きが可愛くて、つい微笑んでしまう。
微笑みつつ、顔には出していないが俺も内心、緊張している。
そもそも、どんな愛をあげたら覚醒するのか。
婚約してるが結婚前だし、まだ決まってないし、学生だし、何よりウィステリアが嫌がることはしたくない。
不埒なことはしないと決めている手前、自分の首を絞めている気がする。若干、詰んでる。
自分の首を絞めた結果、思い付くのが一つしかない。
……ウィステリアに嫌がられたらどうしよう。
そうなったらへこむ。しばらく、いや、ずっと立ち直れないかもしれない。
ただ、俺も男なので、ウィステリアに俺なりの愛をあげたい。貰ってくれるだろうか。
覚悟を決めた俺は、ウィステリアの隣に座る。
俺が座ると緊張しているのか、ウィステリアの肩がびくりと跳ねる。
小心者の俺の心が、少し折れそうになる。
「……リア、やっぱりやめる?」
「い、いえ! やめません。緊張してるだけで、リオン様が嫌だとか、そんなのではないんですっ」
慌ててウィステリアは頭を振る。振ったのに合わせて、下ろしている薄紫色の長い髪が揺れる。
「じゃあ、俺の愛を貰ってくれる?」
「……はい。リオン様、私に下さい……!」
顔を真っ赤にして、ウィステリアは微笑んで頷いた。
可愛い。
俺も微笑んで、ウィステリアに顔を近付ける。
これでもかというくらい、間近で見る愛しの婚約者の顔が赤い。
ウィステリアが愛おしくてたまらない。
「リア、愛してるよ」
ウィステリアにしか見せない、極上の笑みを浮かべ、俺は彼女と唇を重ねた。
結論から言うと、ウィステリアも無事に魔力の覚醒が出来た。
ウィステリアによると、魔力が増えたことで、特に身体に負担はなかったようだ。
三人共、無事に魔力の覚醒が出来て、ひと安心だ。
俺としては、個人的に少し不満はあるが……。
『……リオン、お主は頑張っているぞ』
王城の俺の部屋で、紅が慰めてくれた。
ウィステリアは魔力の覚醒が無事に出来たので、王都の邸宅に帰った。
「ありがとう。結婚するまで不埒なことやリアが嫌がることはしないって決めてるから仕方がないけど、俺としては……」
年頃の男としてはもう少し……いや、やめておこう。妄想が暴走してしまう。
『よく耐えたな、リオン。我はリオンを尊敬するぞ』
そう言って、ソファで膝を抱えて座る俺の頭を紅が羽で撫でてくれる。
『リオン、よく口付けだけで我慢出来たよねー? 君のお父さんになるはずだったアルジェリアンはカスティールに対して我慢出来なかったよ?』
人型になった蘇芳が月白と花葉を引き合いに出して、俺を慰めてくれるが、その言葉が心を抉る。武器だから、追撃が酷い。
「……どうせ、俺は小心者の、勇気のない駄目な男だよ……」
『そういう意味じゃないよー。アルジェリアンと比べると、リオンは我慢強い子だよねって私は言いたかったの!』
「そう言われても、何の慰めにもならないよ。もうへこむ……」
『リオン、いじけないでー。あ、でもさ、ほら、次はリオンが魔力の覚醒をする番なんでしょ? きっとリアちゃんが』
「蘇芳、そこでリアを卑しめる言い方したら、俺、怒るよ?」
膝を抱えたまま、蘇芳を笑顔で睨む。
『難儀な性格だなぁー! そういう真面目なところは誰に似たんだよ! 今まで見て来たけど、リオンの両親も、両親になるはずだった二人にも誰にも当てはまらないんだけど?!』
「……知らない」
『ああーっ! もう、可愛い仕草をするよね、リオンは! アルジェリアンも言ったけど、絶対、リアちゃんや家族、召喚獣、私以外にはそういうところ見せないでよ!』
そっぽを向いて俺が答えると、蘇芳が変な声を上げながら、両手を挙げ、降参のポーズをした。
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