第52話 ある子息の懺悔

 俺の後を付いて来る人をそのままに、王城の南館に着いた。

 南館の庭に着き、中に入る前に振り返る。


「……私に何の用だ?」


 声を掛けると、柱に隠れていた人物はビクリと身を強張らせているように見えたが、姿を現さない。


「現れないなら、こちらから行くぞ?」


 小さく息を吐き、前へ一歩踏み出すと、慌てた様子で姿を現した。

 枯茶色の髪、樺色の目の同じクラスの見覚えありまくりの侯爵子息が青ざめている。

 その様子に、いつもの状態ではないと感じる。

 いつもなら、彼はいかがわしい目で俺を見てきていた。

 その目が少し変わったのは、模擬戦で圧倒した以降からだ。

 それからは何故か、取り巻きの伯爵子息達と離れて、別の侯爵や伯爵の子息と行動していた。

 しかも、自分の父親の一派ではなく、中立派の貴族の子息と行動することが多かった。

 二日前の食堂の時は取り巻きと一緒だったが。

 取り巻きだった伯爵子息達は、相変わらずのいかがわしい目で俺を見てきていたが、目の前の彼はそういう目で見なくなってきた。

 食堂で会った時は、美しいとか何とか言ってたが、それでも模擬戦前と比べるとマシだった。

 どういう心境の変化なのか、そして、何故、後を付いて来たのか気にはなる。


「…………」


 姿を現した侯爵子息は、緊張した面持ちで無言で俺を見る。


「…………」


 対する俺も、何も言わず侯爵子息を見てみる。

 しばらく無言が続く。


「……とりあえず、応接室に行こう」


 何も話そうとしない侯爵子息に、痺れを切らした俺はそれだけ言って彼の袖を掴んで、引っ張った。


「え、あの、ヴァーミリオン王子っ?!」


 おっかなびっくりな様子の侯爵子息の袖を引っ張り、南館に入り、応接室へと進み、中に入る。そのまま彼をソファに座らせる。

 大人しく座ったのを確認し、俺も対面のソファに座り、じっと彼を見た。

 とても居心地悪そうにそわそわとする侯爵子息に、俺は口を開いた。


「もう一度聞く。私に何の用だ? アッシュ・カント・フォギー侯爵令息」


 俺の問いに、アッシュは長く息を吐いた。

 全ての息を吐いたのか、彼は少し息を吸ってから俺を真っ直ぐ見据えた。


「……ヴァーミリオン王子にお伝えしたいことがあります」


 その言葉から、彼が言わんとすることが分かった。


「何だ?」


 敢えて、知らない振りを装い、アッシュを見る。

 顔色が悪い。緊張なのか、恐怖なのか分からないが、両手を膝の上で白くなるまで握り締め、震えている。


「……私の父の一派が、王太子ご夫妻のお命を狙っています。首謀者は私の父です……」


「何故、それを君が私に伝える? 君の父親は陛下や宰相達と敵対しているだろう?」


 ソファの肘掛けで頬杖をつき、静かにアッシュに告げる。


「……はい。ですが、私や家族は陛下方と敵対する気は元々ありません」


 アッシュの言葉に眉を寄せる。

 その言葉の真意が見えない。

 アッシュの言葉を素直に受け止めた場合、フォギー侯爵はフォギー侯爵家の当主だから、その家族、親族は当主の意向に渋々従っているということになる。

 裏があった場合、思い付くのが、全責任を当主で父親のフォギー侯爵に押し付け、他の家族、親族は責任から逃れるつもりでいるということになる。

 前者か後者か、アッシュの人となりをほとんど知らない俺からすると判断がつかない。

 なので、敢えて聞いてみることにした。


「敵対する気がないのなら、何故、今まで私に言わなかった? 機会はいくらでもあったと思うが」


「王太子ご夫妻のお命を狙っていることを知らない母と姉を、父に人質として取られています。なので、ヴァーミリオン王子にお伝え出来ませんでした」


「姉? 君が嫡子として次期当主になると聞いていたが」


「姉は婚外子で、姉の母は平民で侯爵家で働くメイドでした。姉の母が亡くなった時に父が引き取りました。私の母や私は姉との関係は良好なので、姉が次期当主になっても構わなかったのですが、父は平民の血が直系に入るのが嫌だったようで戸籍上は私の妹にして、姉を家族として届け出たようです」


 フォギー侯爵のしている意味が分からない。

 自分の家の、直系に入るのが嫌なら平民として生活させたり、使用人として雇う等すればいい。なのに、家族として引き取る意味が分からない。

 俺には前世も今も子供がいないし、前世の価値観もあって余計にフォギー侯爵の意図が見えない。


「意味が分からないな。侯爵の言う平民の血が直系に入るのが嫌なのに、君の姉を戸籍で妹にまでして家族として迎え入れているのが理解出来ない。フォギー侯爵は何がしたい?」


「ヴァーミリオン王子の、その、側室に、と考えていたようです」


「……ああ、そういえば、側室にしないかとフォギー侯爵が何度も言ってきていたな」


 それはもう出くわす度に。ヘリオトロープ公爵に相談して、不敬罪とか適用出来ないか一瞬考えたくらいに邪魔だった。

 ただ、父やヘリオトロープ公爵の敵対関係の貴族筆頭のようなものだったから泳がせて、後で、一網打尽にしようという打算もあって不敬罪のことは仕方なく諦めたが。

 それに、俺はウィステリア以外の婚約者はいらないし、他の女性には恋愛感情を持つ気もない。


「つまり、フォギー侯爵は君の姉を私の側室にして、私を傀儡にするつもりということか?」


「父の真意は分かりませんが、恐らくそうではないかと私と母は思っています。だから、ヴァーミリオン王子にお伝えに来ました」


「そうか。母親と姉を人質に取られていると聞いたが、今もか?」


 俺の言葉に、一瞬だけアッシュの顔色が変わる。


「……はい。侯爵邸の別邸に閉じ込められています。私を従わせるには母と姉は格好の的ですから」


 眉尻を下げ、アッシュは俯く。

 母親と姉が大事だというのが、その表情から見て取れる。演技でなければ。


「それで、私と接触して、どうするつもりだ? 人質がいるなら、あんなに堂々と私の後を付けるのはどうかと思うが、何を考えている?」


 もし、人質の話が本当なら俺に助けを求めるのはどうかと思う。こっそり人目を避けてなら良かったが、堂々と後を付けるのは悪手だ。

 ここは王城で、色々な目がある。フォギー侯爵にも話が行く可能性もあり、その場合、彼の母親や姉の身に何か起きる可能性もある。


「……貴方様に心酔している振りをするためです。実際、ヴァーミリオン王子を私は尊敬していますが、父を欺くために敢えて人目に付くように動きました。父からはヴァーミリオン王子に取り入るような動きをするように指示が元々ありましたので、その動きさえ父の耳に入れば、母と姉は無事なので」


 捨て身だな。もう少し動きようもあるだろうに。それ程、精神的に追い詰められているのだろうか。

 というか、俺を尊敬って何だ? 誰が? いつ?


「私に取り入ったとして、簡単に傀儡に出来ると侯爵は思っているということか? 単純で御し易いと思っているということか?」


『……本当に根に持っているな、リオン……。深過ぎるぞ』


 十二年、俺の中で燻っている不満の言葉が思わず漏れ、紅が呆れた声で念話で突っ込んだ。

 ある意味、トラウマだ。


「それで、君が侯爵を欺けたとして、それからはどうする? 君の母親と姉をどう助けるつもりだ?」


「ヴァーミリオン王子に事情を説明して、しばらくはヴァーミリオン王子のお側で取り入っている振りをするつもりでした。頃合いを見て、母と姉を助けようと思っています」


 そう簡単に上手く行くだろうか。息子を従わせるために、自分の妻と娘を平気で人質にするくらいだ。

 俺の懐に入るのが成功すれば、侯爵からしたら二人は用済みになる。

 最悪の場合、二人の命を奪うだろう。二人は侯爵の思惑を知っているのだから。


『……紅、どう思う? 彼は嘘を付いていると思う?』


 紅は人の意図、思惑等を気配で察知することが出来る。なので、聞いてみる。


『問題ない。白だ』


 紅が念話で答える。

 アッシュの表情は演技ではなく、話も嘘ではなかったようだ。ということは、彼の母と姉の命が危ない。

 小さく溜め息を吐き、俺は口を開いた。


「――シルフィード」


『お呼びですか、マスター』


 ふわりと応接室に小さな風が吹き、大人の姿の萌黄が現れ、にっこりと微笑む。


「聞いていたと思うけど、彼の母親と姉が無事かどうか確認して欲しい。問題なければ、こちらに連れて来て欲しい」


 それだけを伝えると、萌黄は更に微笑んだ。


『かしこまりました、マスター』


 優雅にお辞儀をして、萌黄は風と共にフォギー侯爵邸へ向かった。


「ヴァーミリオン王子、あの……」


 驚いた顔をして、アッシュは俺を呆然と見る。


「……元から私に頼るつもりだったのだろう? 罪のない、君の母親と姉を助ける。その代わり、君はフォギー侯爵を捕らえる手伝いをしろ。出来るか?」


 俺の言葉に、アッシュは膝の上で拳を作り、口を結んでこちらを見た。先程とは違い、彼の目に意志の強い光が宿る。


「出来ます。ヴァーミリオン王子のお住まいに来たのも、父を捕らえてもらえないか進言させて頂くつもりでした。母と姉を助けて頂けるなら、私は貴方様に従います」


「いいのか? 自分の父親だぞ?」


「構いません。正直なところ、父は尊敬出来なかったので……。子供の頃から尊敬していたのは、ヴァーミリオン王子でした」


 ……ん? 何かまた変な言葉を聞いたが、どういうことだ?

 静かに聞いていた紅が吹いた。


「俺?」


 思わず、素で突っ込んだ。


「はい。その、最初は憧れでした。四歳の時のお茶会で綺麗な方だなと思ってました。八歳の建国記念式典の時にセラドン侯爵を召喚獣のフェニックス様と捕らえたところを間近に見て、同い年の方なのに凄いと、その時から尊敬に変わりました。あの時も父もセラドン侯爵のようにヴァーミリオン王子を傀儡にと考えていたようで、式典で捕らえたのを見て、父はすぐには行動に移せなかったんです。八歳の王子が父を牽制したのを見て、同い年なのに凄い方だなと」


 いや、こちらはフォギー侯爵の動きなんて気付きもしなかったけどね。他にも考えている貴族がいるだろうなとは思ってたけど。


「そ、そうか……」


「魔法学園で、同じクラスになって嬉しくて、話し掛けたかったのですが、父から変なことを聞いて、訳の分からない指示もあったので出来ずにいました。先に謝罪させて下さい。模擬戦の時は失礼なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした」


 アッシュは申し訳なさそうに頭を下げた。

 模擬戦……あのことか。


「ヴァーミリオン王子のことを女性だなんて、私は元々思っていません。父がヴァーミリオン王子が美しいのは王女だからと訳の分からないことを言って、口説いて来いと言われました」


 普通、気付くよな。アッシュはまともだったようだ。良かった。本当に。


「訳の分からないことですし、男性の、しかも王子を口説くのはどうなのかと思ってたら、父と同じ派閥の伯爵子息達は父の言葉を信じきってますし、ヴァーミリオン王子をいかがわしい目で見てますし。母や姉のことを考えると演技しないといけないですし、尊敬しているヴァーミリオン王子に失礼なことを言わないといけないと思うと本当に辛かったです。ヴァーミリオン王子、本当に申し訳ございませんでした」


 アッシュが申し訳なさそうに、もう一度頭を下げた。

 え、あの伯爵子息達は信じてるのか?!

 頭痛がする。


「……男と思ってたのなら、俺はいいよ。特に君を咎めるつもりはない。おかげで、父達に警戒するように伝えることは出来た。その意図もあったのだろ?」


「はい。気付いて下さってありがとうございます。恥を捨てて、不敬承知で失礼なことを言った甲斐がありました」


「最近、伯爵子息達と距離を置いているのは理由があるのか?」


「元々、仲は良くありません。父の指示で、ヴァーミリオン王子に取り入るために付いている者達です。話が合わないですし、ヴァーミリオン王子のことを本当に王女と思っているような失礼な連中です。共にいるつもりはなかったので離れました。彼等には離れている理由を同志を増やすからと言って、誤魔化してます。ヴァーミリオン王子に取り入る演技の時だけ、嫌ですけど共にいます。食堂の時のも、緊張して失敗しましたけど、ヴァーミリオン王子に違和感を持って頂こうと思ってあんな感じにしました。今、話したりしている子息達は子供の頃からの友人です。中立派ですし、父の思惑を知らない子息達なので、息も詰まらず気が楽です」


 溜め息を吐いてアッシュは呟いた。

 見ていたら、彼は苦労人だなと感じる。


「君の話は分かった。君の母親と姉を助けた後、ヘリオトロープ公爵と話そう」


 俺も溜め息を吐いて、アッシュにそう伝えた。


「本当にありがとうございます、ヴァーミリオン王子。あの、私のことはアッシュとお呼び下さい」


 ホッとした表情を浮かべ、アッシュは頷いて頭をまた下げた。






 それから萌黄がアッシュの母親と姉を助けて、南館に連れて帰って来た。

 二人は特に怪我も体調にも異常もなかったので、ミモザに頼んで、別室で休んでもらった。

 その間に報告する準備を整え、ヘリオトロープ公爵を呼んで、アッシュと共にフォギー侯爵のことを話した。


「……何と言いますか、殿下は本当に知らない間に、話を進めてしまわれますよね。作戦、考えている途中でしたよね?」


 額に手を当てて、ヘリオトロープ公爵が息を吐いた。

 こちらもまさかの展開で、俺のせいではないと言いたい。俺は断じて、飛んで火に入る夏の虫ではない。


「そうですね。正に、考えようとしていたところでした。陛下方と話した後にフォギー侯爵子息が来たので、良い時機かと思いましたよ」


 にっこり微笑んで伝えると、ヘリオトロープ公爵が同情というか、哀れんだ目で俺を見る。


「……私としては、殿下が危険なことに巻き込まれて欲しくないのですけどね」


 どちらかというと、元女神の方が危険なので、俺としてはフォギー侯爵程度は危険ではない。

 心配してくれるのは有り難いのだが。


「でも、ヘリオトロープ公爵も良い時機と思ってるでしょう?」


 彼は俺の教養等の師匠だ。考え方も似ているから、俺の危険等の諸々を除くと同じように考えているはずだ。


「そうですね。殿下が仰る通りです。ただ、困りましたね。フォギー侯爵夫人と令嬢を人質にしていたところを殿下が助けられたとなると、フォギー侯爵家の別邸に二人がいないのがすぐ分かり、王太子殿下夫妻の襲撃をしないのでは……」


「そこは問題ありませんよ。シルフィードに、そっくりなフォギー侯爵夫人と令嬢をベッドに置いてきてもらいましたから」


「はい? それはそっくりな誰かを侯爵家に置いてきたということですか?」


「まさか。私が危険な場所に人を置く訳ありませんよ。七年前……実際は十二年前ですが、ハイドレンジアとミモザを助ける時にフェニックスが、息をするそっくりな眠る人形を魔法で作って、セラドン侯爵を誤魔化しました。その魔法をフェニックスから教わりました。それを今回使いましたので、気付かれませんよ」


 大分前に紅から教えてもらっておいて良かった。

 まさか使うことになるとは思わなかったが。


「そのような魔法を私は知りませんよ。というより、殿下。十二年前にエクリュシオ子爵と子爵令嬢を助ける時、というのはどういうことでしょうか? その時、殿下は三歳ですよね?」


 ずいっとヘリオトロープ公爵が笑顔の圧を俺に向けた。

 あ、ヤバイ。墓穴を掘った。十二年も前の話なので、時効ということで誤魔化せないだろうか。無理か。

 降参した俺は渋々白状することになった。


「ミモザも、フォギー侯爵夫人と令嬢のようにハイドレンジアの人質として、セラドン侯爵の別邸に幽閉されていました。それをフェニックスと助ける時に、セラドン侯爵に助けられたことが分からないように、フェニックスが息をする眠るだけの人形を魔法で作りました。それを今回もフォギー侯爵夫人と令嬢を助けた後に、二人そっくりな人形を魔法で作り、シルフィードに託しました」


 淡々と伝えると、ヘリオトロープ公爵は溜め息を吐き、アッシュは呆然と俺を見ている。


「精巧な人形ですので、社交界デビューのパーティーがある二ヶ月後まで気付かれないと思いますよ」


 にっこりと微笑むと、ヘリオトロープ公爵がこめかみを揉んでいる。

 ヘリオトロープ公爵の気持ちは分かるが仕方がない。

 無実なアッシュの母親と姉を見殺しにする訳にはいかない。

 襲撃がある二ヶ月後まで、萌黄には様子を見ておいてもらうつもりだし、最悪な場合、月白、花葉、紫紺にお願いして、動いてもらうつもりだ。


「そういう魔法があるのなら、せめて私には教えて下さい。殿下が様々な予測を立てていらっしゃるのは知っていますから」


「次がないといいですが、その時には予め伝えます。そういう訳で、少し予定が早まりましたが、作戦を少し考えましたので、考えたところまで、聞いて下さいますか? ヘリオトロープ公爵、アッシュ」


 俺がそう告げると、ヘリオトロープ公爵とアッシュは大きく頷いた。








 考えたところまでの作戦をヘリオトロープ公爵とアッシュに伝え、夕方になったので、二人には帰ってもらった。

 アッシュの母親と姉はヘリオトロープ公爵と共に、彼の王都の公爵邸に連れて行ってもらった。

 グレイには侵入されたが、何だかんだでヘリオトロープ公爵邸が王城より安全だ。

 王城は様々な人が行き交う場所なので、警備をしていても侵入される。

 俺のところも時々、夜這いを掛けようとするメイド、命を狙う暗殺者、命というより貞操を奪おうと考える貴族、誘拐を考える貴族がやって来る。

 俺の部屋まで到達されたことはないが、大体、南館の入口前で、紅達召喚獣やハイドレンジア、ミモザによって迎撃されている。

 ついでに、俺も暗殺者の時は運動がてら、クラウ・ソラスを携えて迎撃している。

 大体、一発で終わってしまうので、蘇芳は不満気だ。やり甲斐がないらしい。

 夕食を済ませ、ハイドレンジアとミモザを俺の部屋に呼んだ。


「レン、ミモザ。突然、呼んでごめん」


「いえ。我が君、何かありましたか?」


 少し緊張している様子の俺に気付いたのか、ハイドレンジアとミモザが心配そうに見る。


「何かあった訳ではないんだけど、二人には話しておきたいことがあるんだ」


「ヴァル様、話しておきたいことって何ですか?」


「……ずっと話したかったけど、荒唐無稽な話だから、信じてもらえるか分からなくて、俺に勇気がなくて話せなかった。それを今から聞いてもらいたいんだ」


「我が君、お辛いなら話さなくても構いません。私達は話さなくても、我が君から離れるつもりはありません」


 ハイドレンジアが俺を案じてそう告げる。ミモザが彼に同意するように頷いている。

 俺は二人に首を振る。

 二人の優しさに甘える訳にはいかない。

 これから起きる可能性があることに備えるために、二人には俺の事情を知っておいてもらいたいし、何より、本当に信頼している家族のような二人だから、話しておきたい。

 それで今の関係が崩れて欲しくはないけど。

 それでも、聞いて欲しい。伝えたい。


「二人にはどうしても話しておきたい。ただ、小心者な俺だから、十二年経ってやっと勇気が溜まったんだ。だから、俺の話を聞いてくれる?」


「うぐっ。ヴァル様、その上目遣い、本っっ当に私やハイドお兄様、ウィステリア様、召喚獣の皆様、ご家族以外にはしないで下さい」


「ミモザに同意ですね。その上目遣いは色々と危険ですね。それよりも、我が君、私達は大丈夫です。荒唐無稽と仰いましたが、私達は我が君のお話をいくらでも、いつでもお聞きします。安心して、落ち着いてお話下さい」


 ハイドレンジアが俺を安心させるように穏やかな笑みを浮かべる。隣でミモザも優しく微笑む。

 俺は小さく息を吐き、吸う。

 本当に緊張している。

 恐らく、ウィステリアやディジェム、オフェリアに話した時以上に。

 三人は同じ転生者だから、仲間のような感覚だから、少し気楽に話せた。

 ハイドレンジアとミモザは違う。

 転生者ではなく、この世界に住む人達だ。

 前世とか、転生とか、荒唐無稽な話だから、信じてもらえるか本当に分からない。

 ましてや、この世界を作った女神と双子として生まれるはずだったとなると、頭のおかしい第二王子と思われても仕方がない。

 それでも、もう秘密にしておきたくなかった。

 俺は、ゆっくり口を開き、俺自身のことをハイドレンジアとミモザに話した。

 前世のこと、転生したこと、五百年前の両親のこと、女神や元女神のこと。これからしないといけないこと。

 俺の事情、全てを二人に話した。

 二人は静かに俺の話を聞いてくれた。


「――ということなんだ。今まで言えなくて、ごめん」


 頭を下げて、上げた後、ハイドレンジアとミモザを見た。

 驚いた表情のまま、二人は固まっている。

 まぁ、固まるよね。

 実際、俺も固まったのだし。

 何も言わない二人を見て、何を聞いていいのか分からない。

 二人が口を開くのを待っていると、五分くらい経った頃、ハイドレンジアが口を開いた。


「……我が君は、どうして、生き急ぐようなことを必死になさっているのかと、ずっと思っていましたが、そういうご事情があったのですね。話しにくいことをお話下さって、ありがとうございます。我が君」


 穏やかに、話す前と変わらない笑みをハイドレンジアは俺に向けた。


「信じてくれるのか……?」


「当たり前です。確かにとても驚きましたけど、その、ヴァル様の前世の、ゲーム? というものと、ヴァル様の記憶力のおかげで、私もハイドお兄様も生きているんです。何より、ヴァル様の性格や考え方は知っていますし、こんなに改まって嘘をつくような方ではないのはこの十二年見て来ましたから、疑う訳がありません」


「ミモザの言う通りです。まさか、本当に女神様の最高傑作ならぬ、双子になるはずだった方とは思いませんでしたが」


「あー、うん。それは、俺も最近知ったから驚いた」


 多分、前世含めて今までの人生最大の驚いた出来事だ。


「でも、信じてくれて、ありがとう。二人に話せて良かった。三歳の時に前世を思い出して、助けて以降から一番、二人には迷惑を掛けてしまったから」


 二重人格高圧王子とか、結婚式前に泣いてしまったりとか、色々本当に。


「先程、ミモザが言いましたが、その我が君の前世のおかげで、私もミモザも、母も無事だったのです。何より、我が君のことを私達は信じていますから」


「というかですね、私やハイドお兄様の主様は、女神様の双子になるはずだった神様ですよ。私達、この世界で女神様の次に偉大な方の側近と侍女じゃありません? ハイドお兄様」


 ミモザがニヤリとハイドレンジアを見る。


「……確かに」


 ミモザの言葉に、ハッとした顔でハイドレンジアが頷いた。


「いや、そこはおかしくないか? 俺、人間だし、双子になるはずだっただけだから、偉大でも何でもないから」


 むしろ、なり損ないと言われても、言い返せない。


「何を仰いますか、我が君。この世界で何処を探しても、女神様の双子になるはずだった方は我が君だけです。そんなお方に仕えることが出来る私やミモザは誇らしいです」


「そ、そうか……その、ありがとう」


 だんだん照れ臭くなり、お礼だけを言った。


「私達の方こそ、話しにくいことをお話下さって、ありがとうございます。私達はこれからも我が君にお仕え致します。これからも宜しくお願い致します」


「ヴァル様をしっかりお支え致します。元女神という人にも、編入生にもヴァル様は渡しません。私達に魅了も効かないなら、尚更、ヴァル様をお守りしますから」


 ハイドレンジアとミモザの兄妹が穏やかに微笑んだ。


「俺より、ウィスティを守って欲しいな」


 そこは譲れない。そう思って言うと、ハイドレンジアとミモザが苦笑した。


「ヴァル様もウィステリア様のことは通常通りですよね……。もちろん、ウィステリア様のこともお守り致します。お二人の仲睦まじさは四歳の頃から見てきましたから」


「ありがとう。宜しく」


 笑みを浮かべると、ハイドレンジアとミモザも笑ってくれた。

 恐れることもなく、信じてくれて、嬉しくて更に笑みを深めると、二人はソファから崩れ落ちてしまった。


「うぅ、ヴァル様。王子力、また上げましたか?」


「いや、申し訳ないけど、自覚はない」


 そもそも、その王子力というものの上げ方が分かりません。


「我が君。本当に、私やミモザ、ウィステリア様、召喚獣の皆様、ご家族以外にはその笑みは本当にしないで下さい。恐らく、慣れてない人が見たら理性が飛びます」


「わ、分かった。気を付ける」


 ハイドレンジアの真剣な表情に、俺はたじろいだ。

 理性、飛ぶのか。気を付けよう。

 

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