第51話 兄と義姉

 八歳の時に未来を変えたことで、ゲームの舞台である今の出来事も変わると思っていた。

 変わらない出来事があった。

 それは兄夫婦のことだ。

 ゲームでも兄は結婚しており、世継ぎの子供が、第二王子が十六歳の時に生まれる。

 その前に、第二王子も出席する社交界デビューのパーティーで兄夫婦は襲撃される。

 襲撃したのは反国王派の貴族達。その貴族達に襲撃された国王である兄は怪我の影響で左足が麻痺してしまう。王妃である義姉は重症を負い、命に別状はなかったが、右肩から腰にかけて大きな傷跡を残す。

 義姉は一年後、世継ぎの子供を産んだ後、出産と怪我の後遺症でベッドの上での生活を余儀なくされた。

 社交界デビューのパーティーでの反国王派の貴族達による襲撃以外にも、同時にパーティーの会場内に魔物が現れる。

 これは反国王派の貴族の一部が先走って、魔物を呼び込んだのが原因だ。

 その結果、呼び込んだ貴族達は魔物によって命を落とした。

 魔物はヒロインと攻略対象キャラ達が倒して、大きな被害は免れたが、社交界デビューに出席した貴族の子息子女に被害が多かった。

 命を落とした者や大怪我を負い、次期当主として継ぐことが出来なかった者も多かった。

 ゲームでの、この出来事の首謀者も黒侯爵ことセラドン侯爵だった。

 だが、彼はもう、処刑されて今はいない。


「セラドン侯爵を断罪したから、この襲撃はないと思っていたのに、他にも同じことを考えている馬鹿がいたのか……」


 王城の南館の俺の部屋で、一人呟く。

 今は夜で誰も居ない。

 明日は魔法学園が休みなので、ハイドレンジア達にはそれぞれ休んでもらった。

 ハーヴェストとの話の後、ウィステリア達はこの社交界デビューのパーティーの襲撃について、協力をしてくれると言ってくれた。

 色々作戦を考えてみた後に、意見を聞かせて欲しいと言って、とりあえず一旦解散した。

 ヘリオトロープ公爵邸まで一緒に帰ったウィステリアはずっと心配そうに手を握ってくれた。

 嬉しくて、抱き締めてしまった。抱き締めるだけで留めた俺の理性を褒めたい。

 王城の南館の俺の部屋に戻った後、ゲームでの兄夫婦が襲撃される内容を思い出し、溜め息を吐く。

 社交界デビューのパーティーまであと二ヶ月。

 その間に、対策を考えないといけない。


「兄上にも話さないといけないけど、その前にヘリオトロープ公爵に相談して、相手の動きを調べてからだなぁ……」


 ハーヴェストに言われて良かった。

 そうでなければ、後手に回るところだった。後悔するところだった。

 兄夫婦に何かあれば、俺は首謀者に何をするか分からない。

 また溜め息を吐く。

 その溜め息と同時に、扉を叩く音がした。

 応答すると、ロータスが入って来た。


「ヴァーミリオン様。今、宜しいでしょうか?」


「どうした、ロータス?」


「遅くなって申し訳ございません。あの女の動向を調べて参りました」


「昨日の今日で? 凄いな、ロータス」


 仕事が早いロータスに目を丸くしていると、彼は嬉しそうに笑った。

 胡散臭い笑みより、そちらの方が似合うのにと思う。


「初めてのヴァーミリオン様からの御命令ですからね。気合いを入れました」


 入れまくりだろう。思わずツッコミそうになった。


「ありがとう。どうだった?」


 ロータスにソファに座るように促しながら、俺も座る。


「そうですね……。動向としてはいつもと変わらずを装っていますね。あの女、パーシモン教団の一部で聖女と呼ばれているようです。まぁ、魅了の影響なのですが。だからなのか、一部の貴族があの女を取り込もうと動いています」


「取り込む? 魅了に気付いた貴族がいるのか?」


「いえ。魅了には気付いていません。パーシモン教団の一部の者と、ある貴族が接触したようです。その時にパーシモン教団の一部の者が、ある貴族にあの女は聖女だと話したようです」


「……正確には、聖属性持ちだから聖女に成り得るとパーシモン教団の者が言ったのを貴族が曲解して聖女だと思い込んだのだろうな……」


 眉を寄せながら、溜め息を吐く。


「ご推測の通りです。その貴族とはまだ接触していませんが、あの女も狙っているようです」


 ロータスの言葉に、更に眉間に皺が出来る。


「……社交界デビューのパーティーに参加するために狙っているのか?」


「そのようです。ヴァーミリオン様が知るゲームではあの女も参加していましたよね?」


 流石、神として生まれるはずだった人。ゲームのことも知ってたか。


「ああ。ゲームでは平民だから参加出来ないのを、攻略対象キャラから誘われてエスコートされながら参加していた。現在は攻略対象キャラの攻略が進まずにいて参加出来ないから、参加するためにその貴族に取り込んでもらおうとしているのだろう?」


 で、その攻略が進まない攻略対象キャラが俺、ということだろうな。

 俺は愛しの可愛い悪役令嬢に攻略され途中なので、ヒロインに見向きもしませんが。

 むしろ、俺も悪役令嬢を攻略途中ですが。


「そうです。接触後にあの女は魅了を貴族に掛けるつもりのようです」


「……上位の貴族だった場合、厄介だな」


 眉を寄せて呟くと、ロータスは良い笑顔を浮かべた。

 伯爵、侯爵、公爵位の貴族だった場合、何かと王城での発言の影響が変わる。特に侯爵以上は大臣等の役職をしている者も多い。

 国王や宰相の敵対関係の貴族が相手だった場合、対立が激化してしまう虞れもある。


「ええ。ですので、私の権能をほんの少し使っておきました。接触を謀っている貴族に。あの女程度の魅了ならほんの少しの権能でも余裕で弾きますよ」


「調和の権能は凄いな。俺の神としての権能は面倒なのに。しかも、俺は使えない」


「そうでもありません。私の権能は制約が結構あります。今回のは予め条件が整っていたので権能が使えたのです。ヴァーミリオン様の権能の方が凄いですよ。確かに、死んだ後の魂だけの状態だと、ヴァーミリオン様の意思関係なく、手にした者を守ってしまったり、癒やしてしまうかもしれませんが、防ぐ手はいくつかありますよ」


 安心させるようにロータスは俺に微笑む。そういう笑顔をいつもすれば良いだろうに。


「それ、今度教えて欲しい」


「もちろんです。それと、あの女と元女神の力量ですが、正確な力量までは分かりませんでした。申し訳ございません。ただ、元女神は今、少し弱っています。理由はあの女と接触したからです。弱った力を取り戻すため、元女神はあの女の中にいます」


「ん? 中?」


「はい。中です。同化と言えば分かりやすいかと」


「同化? それは、チェルシー・ダフニーの身体を乗っ取るつもりなのか?」


 ロータスの言葉に目を見開く。そして、内心、彼の情報収集能力が凄いことにも驚いた。


「それに近いですね。元女神は身体がありませんから」


「身体が、ない?」


 その話、ハーヴェストから聞いてない。


「はい。魔に堕ちたことで、女神としての身体が消滅しました。魂だけが残ったので、誰にも、ましてやヴァーミリオン様にも触れられない。なので、同化出来る身体を探しています。あの女に接触した時も、自分の力を使って一時的に身体を作り、あの女と契約を結んだと思われます」


「契約? 一体、どんな……」


「内容までは分かりませんが、あまり良い内容ではないでしょうね。同化しているのであれば、私としては、あの女も元女神も捕らえられる良い機会だと思っていますが」


 ニヤリと悪巧みの笑みをロータスが浮かべる。


「まぁ、確かにそうだが……。だけど、まだ時機ではないよ。ちなみに、同化をすることで、チェルシー・ダフニーの意識はどうなる?」


「意識はあります。ただ、長い時間を掛けて同化すると混ざり合い、あの女本人も気付かないうちに、元女神に乗っ取られる可能性はあります。乗っ取られるまでは、内に潜む元女神の声が聞こえて、その声に従ったりするようになるかと」


「昨日の学園での行動は、元女神の声を聞いた可能性があるな。警戒しないといけないな」


 溜め息を盛大に吐き、紅茶を飲む。


「はい。最愛の婚約者様の御身も気を付けて下さい」


「ウィステリア? どういうことだ?」


「元女神の最終的な狙いは婚約者様の御身体です」


 ロータスの一言に手の先から冷たくなっていく。

 それはつまり……。


「ウィステリアの身体を乗っ取る気か」


「そうです。ゲームで何故、ヘリオトロープ公爵令嬢が悪役令嬢とされたか。それは婚約破棄され、更に断罪後、絶望されたヘリオトロープ公爵令嬢の身体を元女神が乗っ取るからです」


 自分がしたことではない、実際ではない、ゲームの内容だが頭に来る。

 同じ顔の、赤の他人の、ゲームの第二王子を殴りたくなる。


「ゲームでは今のヘリオトロープ公爵令嬢のようにお優しいご令嬢で、貴族としてゲームの第二王子達を窘めたり、ヒロインに貴族のルールを教えるだけで、何も悪事になるようなことはしなかったのに婚約破棄をされ、断罪された。絶望で隙が出来て、元女神の策略に嵌り、魔力の高い、高位貴族の令嬢の身体を手に入れ、その身体で第二王子を狙うからです。貴方に最悪な終わり方を見せることで、防いで頂くためにハーヴェスト様はあのゲームを作られたのです」


 申し訳なさそうにロータスは告げる。


「あのゲームをハーヴェストが作った意図は分かった。ウィステリアをしっかり守る」


 今日の帰り際にウィステリアのことを気を付けておくように言われた本当の意味も、よく分かった。


「私もこれからも情報を集めておきます」


「ありがとう。これからも頼むよ。ところで、ピオニー嬢の体調はあれから問題ない?」


「はい。問題ありません。魔力過多症の症状も出ることなく、寝込むこともなく、元気に過ごしています。ヴァーミリオン様とシスルのおかげです。ありがとうございます」


 妹を思う兄の表情でロータスは微笑む。胡散臭い笑みではなく、本当にその笑顔をすればいいのにと思う。


「魔力過多症の薬に聖水を使われましたよね? 聖水は、ヴァーミリオン様が作られたのですか?」


「あ、うん。そうだな。聖水を手に入れるのに手続きが面倒だったから。王城の南館の倉庫にあったと偽装して作った」


「聖水も、いくらか作っておいた方がいいかもしれません。パーシモン教団で更に値段を上げるようなので」


「何故値段を?」


「聖水を作れる者が大神官しかいないのですよ。聖の精霊王が認めていないので」


「ん? 聖の精霊王が認めないと作れないのか?」


「そうです。聖属性持ちの者であっても聖水は作れません。なので、あの女も作れません。ヴァーミリオン様は身内なので作れます」


 それは精霊王としてどうなんだ?

 それともパーシモン教団の聖属性持ちの神官やヒロインが残念な連中ばかりなのか。


「詳しくは調べていませんが、残念な神官ばかりなのですよ。汚職や裏金とか諸々やらかしてますから、聖の精霊王も嫌なのは分かります。ハーヴェスト様を主神とするのは褒めてあげますが、泥を塗る行為は潰してやりたいところですね」


 同意はするが、物騒だな。


「気持ちは分かるが、あまり派手に動くなよ。ただ、汚職や裏金とか諸々をやらかしているのは聞いたことはあるから、チェルシー・ダフニーと元女神を断罪後に一緒に潰すのもありだよな……。他国は知らないが、この国の教団トップの大神官でも汚職等々が抑えきれないなら、自浄作用も見込みがないだろうし」


 パーシモン教団のトップは教皇らしい。会ったことがないし、会う気もないので、教養としての知識しかないが。カーディナル王国にあるパーシモン教団のトップは大神官。大神官と教皇の間に、枢機卿がいる。

 まぁ、どの人も会ったことがないが、国内で王族や国民達に迷惑を掛けるなら、王子として潰すのも吝かでない。

 それは考えるとしても、後のことだ。


「その話は後々考えるとして。ロータス、調べて欲しいことがある」


「何でしょうか? ヴァーミリオン様」


「二ヶ月後にある、社交界デビューのパーティーで兄夫婦の襲撃を考えている貴族達を調べて欲しい」


 俺の一言ですぐ察したのか、ロータスがにっこりと微笑む。悪巧みの笑みだ。


「成程。ヴァーミリオン様はその貴族達を潰すおつもりですね? かしこまりました。一日、お時間を頂けますか?」


「一日? 一日で分かるのか?」


 思わず、素で問い掛ける。


「……実は、既にいくつか情報は持っているのですが、全てを洗っていないので、今はお伝えが難しくて……」


「君の情報収集の方法を教えて欲しいところだよ」


「ヴァーミリオン様のお手を煩わせる必要はありません。これから私は貴方様の元にいるのですし、いつでも遠慮なく使って下さい」


「いや、君、ドラジェ伯爵家の次期当主だろう。俺もお願いしているから強く言えないが、魔法学園卒業後は当主としての仕事の引き継ぎとかもあるのに、ずっといる訳にもいかないだろう」


「問題ありません。むしろ、ヴァーミリオン様が王位継承権放棄後の領地にも付いて行くつもりでしたが……」


 溜め息が漏れる。

 何でだよ。何処のハイドレンジアだよ。

 ロータスも俺の側近にそっくりだ。

 俺の部下は過激しかいないのだろうか……。


「……とにかく、襲撃を考えている貴族達が分かったら教えて欲しい」


「かしこまりました」


 嬉しそうな笑顔で、ロータスは頷いた。








 それから次の日の夜に本当にロータスは襲撃を考えている貴族達の名前や派閥、その他諸々の情報を集めて、書類と共に俺の部屋にやって来た。

 疲れた表情もなく、目の下に隈もなく、元気な様子のロータスに、俺は若干引いている。

 もう少し親交を深めてから、連日無理なお願いをしているのに疲れていないように見える理由を聞こうと思う。

 書類を受け取り、とりあえずロータスには労いの言葉を伝えてから帰ってもらった。何故か彼はスキップしながら帰っていった。

 受け取った書類に目を通し、段々、顔色が悪くなっているのが、自分でも分かる。


「襲撃を考えているお馬鹿さんは、あの貴族が筆頭かぁ……。面倒臭い」


 盛大に溜め息を吐き、椅子に縋って、天井を見上げる。


『大丈夫か? ヴァーミリオン』


 天井を見上げていると、ひょっこりと父親になるはずだった聖の精霊王の月白が心配そうに顔を覗かせる。俺の頭を撫でるのも忘れない。溺愛が過ぎる。


「あ、父様。大丈夫、というか、面倒臭いなと思って」


『面倒だよな、確かに。貴族としての仕事を全うしろと思うのはよく分かる』


 うんうんと頷きながら、月白は腕を組む。

 初代国王だった彼は、俺以上に大変だっただろうなと感じる。


「……王族を狙うのが仕事、と言われるのは勘弁して欲しいですけどね」


 そういう仕事を全うしている、というのはいらない。ちゃんと国民のために仕事して欲しい。


「父様、お願いがあるのですが、聞いて頂けますか?」


『ああ、何だ?』


 俺が言おうとしていることが分かったようで、悪巧みを考えているような笑みを浮かべ、月白がこちらを見ている。

 苦笑しながら、俺は口を開いた。










 次の日、魔法学園が休みなので、両親と兄夫婦、ヘリオトロープ公爵に、国王の執務室に集まってもらえないかお願いをしてみた。

 五人共から良い返事をもらえて、俺は魔法学園に通うようになってから、行く機会が減った王城の中央棟に向かう。

 いつものように右肩には紅、腰には鋼の剣に擬態している蘇芳がいる。

 父の執務室の扉を叩き、中から応答する声が聞こえたので、開ける。

 中には両親、兄夫婦、ヘリオトロープ公爵が待っていた。


「遅くなって申し訳ございません」


 集まってもらえないかお願いした俺が遅くなってしまい、申し訳なさそうに頭を下げた。

 ついでに、防音の結界を張る。


「いや、俺達も集まったばかりだ。ヴァルのことだ、敵対している貴族と味方の貴族の牽制に巻き込まれたのだろう?」


 父が苦笑しながら俺を見た。隣で母が俺の身を案じるように見ている。

 ここに来る道中、行く機会が減った中央棟に俺がいるのを聞きつけた反国王派の貴族と、俺を守らんとする国王派の貴族の牽制に巻き込まれかけた。

 とっても良いタイミングで、デリュージュ侯爵と息子のレイヴンが助けてくれた。

 その後は父の執務室までレイヴンが護衛として付いて来てくれて、今に至る。


「……巻き込まれる寸前にデリュージュ侯爵と子息のレイヴンが助けてくれました。ヘリオトロープ公爵の計らいですよね? ありがとうございます」


「殿下に何もなくて良かったです」


 ヘリオトロープ公爵が安堵の笑みを浮かべる。俺も笑みを浮かべると、父が咳払いをした。


「ヴァル。今回はどうした?」


「数日前に、二ヶ月後の社交界デビューのパーティーで、兄上と義姉上を襲撃する情報を耳にしました。七年前のように私だけで動く訳にもいかないので、お伝えをと思いまして」


 俺の報告に、父達が息を飲む。

 俺や側近達で動いてもいいけど、八歳の時は子供だったから何とか誤魔化せたが、流石に十五歳の成人した第二王子では誤魔化せない。


「セヴィとアテナ嬢を狙う理由は?」


 母がじっと俺を見る。

 ロータスに調べてもらって良かった。


「七年前と同じで、将来的に私を傀儡の王にしたいそうです。首謀者は私が魔法学園を卒業するまで、国王陛下や王妃陛下を襲撃するつもりはないようです。ただ、王太子殿下ご夫妻は彼等にとっては邪魔のようです。ちなみに首謀者はこちらの貴族達です」


 ロータスから受け取った書類を父達に渡す。ちなみに写しを取って、写しの方は俺が持っている。


「……調べたのか?」


「はい。信憑性のない情報をお伝えして煩わせるのもどうかと思いますし、時間も限られ、私が表立って調べる訳にもいかないので、別にお願いをしました。信頼出来る筋からの情報なので、間違いありません」


「ヴァルには風の精霊王が付いているから、信頼出来るか……」


 考える顔をして、父が呟く。

 調べてくれたのは萌黄ではなく、眷属神で伯爵家の子息のロータスですが。

 こちらの事情を全て話す訳にもいかないので、そのまま勘違いしてもらうしかない。隠し事したまま伝えるのは忍びないが。


「調べたということは、殿下は何かお考えでもあるのですか?」


「私の持つ全力で兄上と義姉上をお守りしたいと考えています。そのためにパーティーまで二ヶ月前の、準備が整う前の今、父上に許可を頂きたいのですが……」


「何の許可だ? ヴァル」


「パーティー会場の変更と、首謀者の貴族達を捕らえる権限を私に下さい。私が捕らえるまで、父上達は知らない振りをして頂けますか?」


 俺の言葉に、父達がぎょっとした顔をした。


「待て、ヴァル。何をする気だ?」


「七年前と同じで、私主導で作戦を立て、捕らえるつもりです。大切な兄上や義姉上に手を出そうとしているのを、弟としては見過ごせませんし、正直なところ腹が立っています。こういうことを考える不穏分子を一掃出来る機会として、他にも考えている貴族達を牽制したいと思っています」


 にっこりと笑顔で告げると、父が溜め息を吐いた。

 正直、首謀者達には生きていることを後悔させたいし、今回は手を出していないが、他にも考えている貴族、社交界デビューする子息子女達にも王族に手を出すのは危険と思わせたい。

 王族に手を出すなら、俺を制さないと無理だという方向にさせたいのもある。

 将来、生まれる兄夫婦の子供のためにも、ヘイト集めを叔父さんは頑張るつもりだ。


「そういうところ、俺よりクラーレットに似てるよな、ヴァル……」


 盛大に溜め息を吐き、父がげっそりした顔で俺を見る。


「ヘリオトロープ公爵は私の教養の師ですから」


 にっこり微笑むと、ヘリオトロープ公爵が満更でもない笑みを浮かべている。嬉しそうだ。

 ヘリオトロープ公爵から三歳の時から学んだ教養は、国王としてではなく、国王を支える側の内容が主だった。だから、考え方が似るのは仕方ないと思う。


「ヴァル、私達のことを考えてくれるのは有り難いが、無茶をして欲しくはないのだけど……」


「そうですよ、ヴァル君。セヴィ様はわたくしが守りますし、自分の身も守ります」


 静かに聞いていた兄のセヴィリアンと、その妻のアテナが俺を見る。

 アテナはクレッセント公爵家の令嬢で、会ったことはないが俺の祖父の実家だ。

 クレッセント公爵家は騎士の家系で、当主のアテナの父は、騎士団総長のシュヴァインフルト伯爵と従兄弟にあたる。

 騎士の家系の義姉も、桃花色の髪、勝ち気だが、上品な淡藤色の目をした文武に長けた女性だ。

 剣が強いのは知っているが、義姉はそれでもゲームでは大怪我を負った。

 だから、打てる手はいくらでも打っておきたい。


「もちろん、兄上も義姉上も御身を守るのはお願いしたいです。ですが、首謀者達は兄上達の襲撃以外にも厄介なことを起こすようです」


「ヴァル、どういうことですの?」


「先程、お渡しした書類の最後の頁にも書いてありますが、首謀者達は王城に魔物を放つつもりのようです」


「何だと?!」


「だから、パーティー会場の変更と言ったのね。でも、場所を変更した理由はどうしますの? ヴァル」


 父が慌てて書類の最後の頁を確認し、母が扇を広げて口元を隠しながら、俺を見る。


「そうですね。パーティー会場の老朽化でいいのではないでしょうか。会場の準備中に柱にヒビを発見したとかで、危険なので離宮ですると伝えるのはどうかと」


 離宮は王城と王都から少し離れた位置にある。

 元々は、王位を退いた前国王達が住まう場所で、そこにもパーティーが出来る会場はあり、見たことはないが広いらしい。

 現在は前国王である祖父母が住んでいないし、王城と王都にも少し離れた場所にあるので、魔物を放しても、結界を張れば離宮の外には出られないし、その場で制圧出来る。


「成程。安易に毒や暗殺と伝えると、王城に侵入するのは容易いと思われますものね。確かにヒビと伝えておけば、長い王国の歴史ですから納得はされやすいわね」


 母が扇を閉じながら納得するように頷く。母なりに助け舟を出してくれているようだ。


「父上、パーティー会場の変更と、首謀者の貴族達を捕らえる権限を私に下さいませんか?」


 じっと父を見つめて、俺はもう一度言う。

 大事なことなので、二回言いました。


「……分かった。ヴァルに首謀者の貴族達を捕らえるまでは任せる。それ以降は俺とクラーレット、セヴィに任せろ。作戦等含めて、今回の関わることは全て、この全員に共有しておくこと。いいな?」


 溜め息混じりに、父は渋々頷いた。


「分かりました。ありがとうございます、父上」


 頭を下げて、俺がお礼を述べると、父は苦笑した。

 その場で、作戦等について聞かれたが、まだ決まっていなかったので、後日説明することになった。

 父の執務室を出ると、兄夫婦が待っていた。


「ヴァル、少しいいかな?」


「何でしょう、兄上」


「私達を襲撃するという情報、どうやって知った?」


 さらりと流したつもりだったが、兄には誤魔化せなかったようだ。


「……別件で、私と同じクラスの生徒の様子がおかしかったので調べてました。そうしたら、たまたま襲撃の情報を知りました。その生徒の父親が首謀者の一人でした」


 内容は逆で、襲撃を知ってたから調べたら、その生徒の父親が首謀者の一人だった。まぁ、その生徒の様子は確かにおかしかった。あの様子だと、襲撃に加担していないようだが、接触してみようか悩むところだ。


「そうか……。ヴァルは昔から無茶をするから、行動する前に話してくれたのは正直良かったけど、私としては何もせず、平穏な学園生活を過ごして欲しいのに」


 心配そうに兄は呟く。隣で義姉が苦笑している。


「わたくしもセヴィ様と同じ気持ちです。七年前にわたくしもあの場にいましたけど、大人顔負けの立ち回りをする八歳のヴァル君を見て、冷や冷やしました。出来れば、平穏な学園生活を過ごして欲しいところです」


「……それは、すみません。七年前は両親達を守りたい一心だったので。平穏な学園生活を私も過ごしたいのですけどね、知ってしまった以上、早く終らせた方がいいのではと思ってます」


 肩を竦めて、小さく息を吐く。

 むしろ、知らない間に家族の命が失ってましたの方を避けたい。

 なので、こっそり召喚獣にお願いして守ってもらっている。召喚獣が多いと助かるなぁ。


「情報がある分、こちらも動きやすいけど、私は心配だよ、ヴァル」


 頭を撫でながら、兄が言う。相変わらずだ。

 兄の隣で、義姉も撫でたいようで、手をわきわきさせている。恐い。


「気を付けて行動します。召喚獣や側近達にも協力してもらいますから、無茶はしませんよ」


 多分。


『リオン、自信がないなら言わない方がいいのではないか?』


『いや、無意識に自分で予防線を張ってしまうんだよね……』


『今のところ、リオンは無茶らしい無茶はしてないと私は思うけどね』


 念話で紅に言うと、蘇芳が微妙なフォローをしてくれる。


「何度も言うけど、ヴァルは私のたった一人の弟なんだからね? 無茶は駄目だよ?」


 小さい子供に言い聞かせるように、兄は両肩を掴んで言う。


「気を付けます。無茶しません」


 小さく微笑むと、やっと納得してくれたのか、兄は手を離してくれた。


「兄上も義姉上もお願いですから、気を付けて下さいね」


「私より、アテナの方に言って。ヴァル」


「セヴィ様。わたくし、そんなに無茶はしませんわよ? 心外ですわ」


 口を膨らませて、義姉は兄をジトっとした目で見る。


「お二人共、仲が良いですね」


 微笑ましく見ると、照れたように兄夫婦は顔を赤くした。結婚してもう一年経つのに、初々しい。

 羨ましい。

 俺もウィステリアと結婚してラブラブしたい。

 ウィステリアという愛しの婚約者がいなかったら、リア充爆発しろと思っていたかもしれないと、ふと兄夫婦を見ながら思った。

 俺ももう少し、ウィステリアとリアルに充実したい。婚約者らしいことしたい。

 兄夫婦を見ていたら、脱線してしまった。


「襲撃について、作戦とか決まったら、またお話します。兄上、義姉上」


 お辞儀をして、兄夫婦から離れた。

 自分の部屋がある南館へ向かいながら、魔力感知を確認する。

 父の執務室から出て、兄夫婦と別れた後から、ずっと付いて来てる気配がある。


『紅、誰か付いて来てる』


『そうだな』


『リオン、どうするの?』


『相手次第では事情聴取かな?』


 蘇芳の問いに俺がそう言うと、紅がニヤリと笑った。


『場合によっては我も参加するぞ、リオン』


 何故か紅が乗り気だ。

 相手が誰なのか見当がついているのだろうか。


『まぁ、リオンなら容易く潰せる。安心しろ』


 そう言って、イケメン紅は笑みを浮かべた。




 そして、相手が誰か知って、俺は脱力しそうになるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る