第50話 女神と最愛
食堂に着くと、ウィステリア達が何処にいるか探す。
食堂の奥でウィステリア達が食事をしている。
食堂は広く、一年生から三年生までの生徒が食事をしたり、会話を楽しんだり、何故かそこで勉強したりしている。
様々な声で喧騒な食堂になっている。
前世を含めて、初めての食堂なので少しだけ浮かれそうになる。
まぁ、王子なのでそんなところは見せられないんですが。
というか、ほとんどが貴族の子息子女だけど、やっぱり学生なんだなと感じる。学生らしい恋バナのような会話が男女共に聞こえる。
その反対側では貴族らしい企み事の話をしている。あの令嬢が自分の婚約者を狙っているとか、あそこの一門を潰したいとか等々……。
何、このカオスな食堂。
え、食堂ってそういう感じなのか?
食堂って、この食事美味しいとか、恋バナとか、授業や試験の話とかで盛り上がるようなところじゃないのか??
そこに貴族要素が入るとカオスな食堂になるのか。怖っ。
それか、俺が妄想し過ぎて夢を見過ぎたのか。
程々に経験しておかないといけないなと肝に銘じる。
『リオン、そろそろリア達の元に行ったらどうだ?』
念話で紅が声を掛ける。
『そうだね。行こうか』
念話で紅に返事をして、扉の前で棒立ちなのも宜しくないし、目立ってしまうので食堂の中へ進む。
すると、今まであった喧騒がなくなり、一気に静まり返る。
ただ中に俺が入っただけで、何で静かになるんだ。
そんなに珍しいか。珍しいよな。今まで食堂に来たことないし。
ウィステリア達の元に向かう度に、生徒達のざわめきが広がる。
「ヴァ、ヴァーミリオン王子が間近に! 美しいですわ……!」
伯爵令嬢が悲鳴に近い声で叫ぶ。確か彼女は一歳上の中立派の貴族のはずだ。
幼少期から叩き込んだ貴族達の情報がまさか食堂で役立つとは思わなかった。
顔には出さずに周囲の生徒達の様子を見る。
少し離れたところにフォギー侯爵の息子と取り巻き達がいる。食堂にいるような連中ではないと思っていたので、顔には出さないが驚く。
歩く悲鳴製造機は変わらず健在で、進む度に周囲から悲鳴が聞こえる。
やっとウィステリア達の席に辿り着くと、ディジェムがニヤリと笑ってきた。
「お疲れ。悲鳴のおかげで、ヴァルが来たってすぐ分かるな」
「別に上げて欲しいって言ってないんだけどなぁ……」
息を吐きながら、座る位置を確認すると、ウィステリアと目が合った。
ウィステリアが笑顔で、隣を示してくれる。
可愛い。本当に誰も居なかったら抱き締めるところだ。
「ヴァーミリオン王子」
幸せな気分でいると、背後から声を掛けられた。
その声に聞き覚えがあるので、物凄く嫌な顔を一瞬してから、表情を消して振り返る。
「……私に何か? フォギー侯爵子息」
「まさか、このような場所にヴァーミリオン王子がいらっしゃるとは思いませんでした」
このような場所って何だ。
食堂に居て何が悪い。お前も居るだろ。
それに、フィエスタ魔法学園は公爵位のタンジェリン学園長が当時の国王――アルジェリアンこと月白と作った学園だ。
カーディナル王国の王家も貴族も通う学園の食堂を下に見る、目の前の侯爵家の息子を冷めた目で見る。
「君に私の行動を制限される謂れはないが?」
敢えて左手を腰に当て、挑発してみる。
ある意味、敵対中の貴族の連中との遣り取りって、本当に面倒臭い。
「美しいヴァーミリオン王子には、このような場所は相応しくありません」
フォギー侯爵の息子の一言に、俺の護衛のアルパインとヴォルテールが反応して立ち上がろうとする気配がしたので、そちらに目を向けず左手を上げて二人を止める。
「今の言葉、君の言葉と捉えていいか?」
「構いませんよ」
俺の言葉に少し驚きつつも、フォギー侯爵の息子は自信に満ちた顔で頷いた。
「このような場所と君は言ったが、この学園が建てた者が誰か知ってて言っているのか?」
「知っていますよ、当時の貴族達ですよね?」
はい、残念。もう少し勉強しましょう。と嫌味を言いそうになった。
「企画し、建てたのは初代国王とタンジェリン学園長だ」
フォギー侯爵の息子の顔色が悪くなる。
まぁ、ヘリオトロープ公爵と敵対し、前は知らなかったが、水面下では国王とも敵対しているようだし。
そんな侯爵の息子が堂々と王族の俺に喧嘩売っちゃったし。俺の友人達――他国の王族と高位の爵位の皆に見られてるけど、どうリカバリーするんだろう。
「私を貶めるつもりなら、もう少し裏を取ってから言いに来るんだな」
小さく息を吐きながら言うと、フォギー侯爵の息子の顔に赤みが指す。
よろめきながら、フォギー侯爵の息子は俺に何故かお辞儀をして去って行った。
反撃があるのかと思ったが呆気なかった。
「ヴァル様、大丈夫ですか?!」
慌てた声で、魔法の護衛のヴォルテールと剣の護衛のアルパインが立ち上がり、俺の前に出る。
「何も問題ないけど、どうした? ヴォルテール」
「滅茶苦茶、殺気出してただろ、あいつに」
ディジェムがげんなりした顔で呟く。
「……出したつもりはないんだけどなぁ……」
「ヴァル様、何かあったのですか?! 俺とヴォルテールでしっかりお守りしますから、話して下さい!」
アルパインが捲し立てるように言うと、ヴォルテールもこくこくと頷く。
「話すも何も、個室の前で編入生に待ち伏せされたくらいだけど」
「ヴァル様、何もありませんでしたか?!」
ウィステリアも慌てた様子で、やって来る。
ディジェムとオフェリアもこちらには来なかったが、心配そうに見ている。
イェーナ、グレイ、ピオニー、リリーも周囲を警戒しつつ、俺を案じる視線を送る。
「ハイドレンジアに伝えて、窓から出たから、編入生には会ってない。大丈夫だよ、ウィスティ」
宥めるように伝えると、ウィステリア達は安堵の表情を浮かべる。
「……で、さっきのフォギー侯爵子息は何がしたかったんだろう? いまいち、意図が掴めなかったんだけど」
「ヴァル様が食堂に来られる前から、こちらをちらちら見てはいましたけど……」
「ヴァル様がいらっしゃってからは、何と言いますか、構って欲しい様子でしたね。まぁ、それとこれとは別で、ヴァル様に喧嘩を売るのはいい度胸ですよね」
アルパインとヴォルテールが状況をよく見てくれていたようで教えてくれた。ヴォルテールはやはり過激派だった。ミモザと恋仲になってからはそれに拍車が掛かった気がする。
「面倒ではあるけど、あれで喧嘩にはならないと思うけどなぁ」
「……ヴァル殿下、歯牙にも掛けてなかったですしね」
さらりとリリーが呟いた。隣でピオニーとグレイが頷いている。
「それより、あのフォギー侯爵子息の最後の態度は何ですの? ヴァル様を見て赤くした後にお辞儀をして去る意味が分かりませんわ。敵対したいのか、そうでないのかはっきりして頂きたいですわ。そうでないとわたくしも参戦出来ませんわ」
面倒なアレに、参戦したいのか、イェーナ。
そんな視線を送ると、イェーナはにっこりと淑女の笑みを浮かべた。
「わたくしも父と、デリュージュ侯爵様からヴァル様をお守りするように頼まれまして」
「シャトルーズ侯とデリュージュ侯は友人同士だったね、そういえば」
二人して俺の居ないところで何言ってるんだと思いつつ、そんなに俺は頼りないのかと内心へこむ。顔には出さないが。
「父達も、国王陛下とヘリオトロープ公爵閣下から頼まれたそうですわ。ヴァル様を怒らせたら、フェニックス様も怒るので、何か起きても対処出来ないので、出来るだけお付きの人達としっかりとお守りするようにと頼まれましたわ」
それはどのくらい俺が怒った時の話だろうか。
というか、そんなに俺、短気かな。とっても穏やかだと思うけど。
『逆鱗に触れた時の話だろう。例えば、リア。過去の例を言うと、ハイドレンジアとミモザだな』
紅が念話で伝えてくる。
『それは否定しないけど、何だか釈然としないな』
念話で返すと、紅に笑われた。
それから俺は食堂で、念願の食事をして、内心感動し、午後の授業を受け、今日の授業は終わった。
そして、次の日の学園の授業が終わり、俺はウィステリア、ディジェム、オフェリアを王族専用の個室に呼んだ。
「……で、何でまた、俺達は呼ばれちゃったんだ?」
溜め息を吐きながら、ディジェムが俺を見る。
言葉では迷惑そうなのだが、目はとても心配そうだ。目は口程に物を言うとはこのことだな。
「……何かあったのか?」
「何かというか、少し、マズイことになりそうだから三人を呼んだんだ。話す前に、もう一人呼んでもいいかな?」
今から話すことに対する疲労でソファの肘掛けに凭れそうになりつつ、何とか体勢を整え、隣に座るウィステリア、俺の対面に座るディジェム、その隣のオフェリアを順に見る。
「俺は構わないが……」
「もちろん、私も構わないわ。ヴァル君にしては勿体ぶってるけど、誰を呼ぶの?」
オフェリアは少し緊張した様子で、俺を見る。
「うん、先に謝っておくよ。話を聞いた後は精神的に疲れると思う。ごめん」
「ヴァル様。昨日の朝、話されていたことですか?」
首を傾げて、ウィステリアは俺を見る。
可愛いなぁ。
今から三人に言うことについて、俺も緊張していたようで、ウィステリアの仕種で少し気持ちが軽くなった。
「そうだね。正直、三人には知られずに終わらせたかったんだけど、確実に巻き込まれてるようだから、説明をしてくれる人を呼ぼうかと」
言いながら、防音の結界と除き見防止、侵入禁止の結界を張る。
「……また色々、結界張ったな、ヴァル」
「色々理由があるんだよ。ディルも今から呼ぶ人を知ったら、納得すると思うよ」
大きな溜め息を吐く。
そして、双子として生まれるはずだった片割れの姉の女神の名前を呼ぶ。
「ハーヴェスト」
俺が名前を呼ぶと、結界を張った部屋の中で、空気と気配が変わる。
『ヴァーミリオン、呼んでくれてありがとう』
澄んだ空気が広がり、女神が嬉しそうに微笑んで俺を見る。濡羽色の前髪が小さく揺れる。
ウィステリア達が呆然とハーヴェストを見ている。
『初めまして。ウィステリア、ディジェム、オフェリア。いつもわたしのヴァーミリオンがお世話になってます』
にっこり笑顔でハーヴェストが優雅にカーテシーをする。
語弊がある。滅茶苦茶、語弊がある。
特にウィステリアに勘違いされるじゃないか。わざとだな。
「誤解を生む言い方やめてくれないか?」
『あら。貴方の家族なんだから、婚約者とお友達にはお世話になってますって、挨拶しておかないと』
「ま、待て待て。ヴァル、ちょっと聞きたい。この方は……」
何かに気付いたのか、ディジェムがハーヴェストのことを「この方」と言ってて、ちょっと同情する。聞いた後のストレス半端ないだろうな……。
『わたしは貴方達がよく話す、この世界を作った女神ハーヴェストよ。宜しくね、ディジェム、ウィステリア、オフェリア』
にっこりと俺そっくりの笑顔を浮かべて、ハーヴェストは俺とウィステリアが座るソファの隣の椅子に座る。所謂、お誕生日席だ。
「え……」
ディジェムが驚きで言葉を失った。ウィステリアやオフェリアも呆然とハーヴェストを見ている。
「女神、様? じゃあ、何で、髪の色は違うけど、顔がヴァルにそっくりで、さっき家族っていうのは……」
「その話から色々説明するよ……」
溜め息混じりに俺は、ハーヴェストとの関係、元女神の関連、ついでに五百年前の話をした。
説明すると、だんだん三人の顔色が悪くなっていく。全部、説明し終えると、ディジェムとオフェリアが同情の目を俺に向け、ウィステリアは俺の手を握った。
「ヴァル、何と言うか……巻き込まれ過ぎだろ」
「本当にね……。俺は全く何もしてないのにね」
もう本当にそれしか言えなかった。ハーヴェストも苦笑している。
「ヴァル君の事情は分かったわ。そのことと私達がどう関連があるの?」
オフェリアが俺を見る。
ここからは俺も知らない。なので、無言でハーヴェストに目を向ける。
『ここからはわたしが説明するわ。まず、ディジェムもヴァーミリオンと同じく本当は神として生まれるはずだった。ウィステリアとオフェリアは人間の女の子として。二人はヴァーミリオンとディジェム、それぞれを祀る神殿の巫女になるはずだった。ただ四人共、そのまま生まれてしまうと、ミストに殺されるところだったの。未来が視えるわたしの母が、その未来を変えるために四人を生まれる前に隠したのだけど』
「…………」
俺達は同時に溜め息を吐いた。
だんだん、精神的な疲労を感じてきた。いつものことだが。
『わたしの母は未来が視える女神。母が視た未来の話だと、ヴァーミリオンはわたしと双子として生まれると、姉のミストがヴァーミリオンを殺してしまう。その理由はヴァーミリオンが人間の女の子と結ばれるから。その女の子の名前はウィステリア。その未来ではヴァーミリオンとウィステリアをミストは殺す。ミストがヴァーミリオンに恋をして、ヴァーミリオンとウィステリアが殺されたと知ったディジェムとオフェリアはミストを捕らえようとするけど、魔に堕ちて狡猾になったミストに逆に殺されるそうよ。神が二柱も失われると、流石に均衡が崩れるから、そうならないように母が未来を変えてくれたけど、結局、ミストはヴァーミリオンの魂に惹かれているから、全てを変えられていないけれど』
何と言うか、ウィステリアもディジェムもオフェリアも巻き込まれ事故に遭ってるとしか言えない。
俺のせいではないけど、申し訳なく思ってしまう。
『ちなみに、その未来でもディジェムはヴァーミリオンと友人、オフェリアもウィステリアと友人。ディジェムとオフェリアがミストを捕らえようとしてくれたのだけど、ヴァーミリオンの魂を手に入れたミストが強くなり過ぎてしまって、逆にディジェム達は殺されることになる。その結果、この世界も消えてしまう。そんな未来はわたし達、神も困るからヴァーミリオンとディジェムを神としてではなく、人間として生まれることにしたの。神側の事情でヴァーミリオンとディジェムは人間として生まれることになるし、ウィステリアやオフェリアはミストのせいで巻き込まれることになって、申し訳ないから普通の人間より魔力を高くしたのだけど』
「まさかの運営側からの詫び石ならぬ、神からの詫び魔力かよ……」
ディジェムがぽつりと呟いた。ゲーマーな例えだな。分かりやすいけど、上手いこと言ったなとは言ってあげないぞ。
『ヴァーミリオンの場合は、ミストに狙われているから、対抗出来るように更に高いのだけど』
魔力が高いのはそういうことか……。俺は特に巻き込まれ過ぎてるから、三人以上に高いのか。
「ちょっと質問です。女神様のお母様が視たという未来で、元女神のミストにヴァル君とウィスティちゃんが殺された後、私とディジェ君で元女神を捕らえようとしたけど、元女神がヴァル君の魂を手に入れたことで強くなって、逆に殺されると女神様は言っていました。それは何故です? ヴァル君の魂は何か特別なんですか?」
オフェリアが落ち着いた声音で、ハーヴェストを見つめる。ウィステリアも同じことが気になっていたのか、オフェリアと同じようにハーヴェストを見ている。
『よく気付いたわね。そうね。ヴァーミリオンの魂は少し特殊よ。ヴァーミリオンの神としての権能が守護と再生。生きている間はヴァーミリオンの意思で誰を守り、癒やすか決められるけど、死んだ後の魂はその意思とは別に手にした者を守り、癒やす。だから、攻撃は防がれるし、傷付けたとしてもすぐ回復するから、正直、面倒なのよ。それをミストがたまたま手にしちゃうから、ミストより強い神のディジェムも殺されるのよ』
「面倒って、それ、俺のせいか?」
全く以て心外だ。というか、俺の神としての権能、諸刃の剣だな。
『そうではないのだけど、悪意のある者にヴァーミリオンの魂が渡ると厄介で面倒なのよ。だから、フェニックスや聖の精霊王、光の精霊王等の強い召喚獣がヴァーミリオンを守る必要があるの。強い召喚獣はミスト程度の神なら対抗出来るからね』
「ああ、だから、紅達がもっと召喚獣増やせと言ってたのか」
納得したが、増やすのは色々大変なんだけどな。
特に名前とか名前とか……!
『ちなみにディジェムの神としての権能は戦いと運よ』
「……ディルの運が良いのは権能のおかげ? 羨ましいな」
「使ってる意識ないんだけどな。でもさ、運が良くても、その元女神に殺されてるじゃん。起きなかった未来の話だけどさ」
『それは未来が視える母の話だと、その権能を使って刺し違えようとしたからなのよ。それよりヴァーミリオンの権能が強かったみたいだけど』
「……俺のせいじゃないけど、ごめん」
つい、ディジェムに謝る。
俺のせいじゃないけど、申し訳ない。
『むしろ、こちらがごめんなさい。こちら側が抑えられずにミストが魔に堕ちた上に、今もヴァーミリオンの魂を狙っているのだから。やっぱり、あの馬鹿姉は捕らえた後、生まれてきたことを後悔させるわ』
ハーヴェストの言葉に、ウィステリアとディジェムが何か言いたげに俺を見る。
「な、何? 二人共」
「そっくりね。ヴァル君と女神様」
オフェリアがウィステリアとディジェムの代わりに穏やかな笑みを浮かべて言う。
『双子として生まれる予定だったもの。似てることが唯一の繋がり。今は人間と女神だけど、大事な弟に変わりないわ』
ハーヴェストが俺の頬を突きながら、嬉しそうに微笑む。
俺は何とも言えない顔をする。こちらは照れ臭い。
『起きなかった未来の話はここまでにして、今から起き得る未来の話をするわ。こちらの方が重要よ』
ハーヴェストが俺以外の三人を順に見る。
ウィステリア達は居住まいを正して、ハーヴェストを見る。
『ヴァーミリオンにはこの前伝えたけど、貴方達にして欲しいことは、ゲームと同じく卒業パーティーで、ウィステリアではなくチェルシー・ダフニーを断罪すること。それが元女神のミストに繋がる。そうすれば、ヴァーミリオンはミストに狙われることもなくなるわ。どうして、チェルシー・ダフニーを断罪しないといけないのかは、卒業パーティーまでにしっかり貴方達が見つけなさい。ヴァーミリオン達の選択次第で、犠牲になる命が減るし、ゲームで言うところのバッドエンドも有り得るから』
「女神様、バッドエンドは例えばどんな内容ですか?」
ウィステリアがじっとハーヴェストに尋ねる。
『そうね、バッドエンドの一つがウィステリアが断罪されて命を落として、ヴァーミリオンの魔力が暴走して、フェニックスも怒って世界が滅ぶこと。他にも可能性があるけど、これが今のところ一番困ったバッドエンドね』
「いや、それは困ったで済まないって……。世界を滅ぼす程の魔力は俺にはないって。紅もそこまでは怒らないと思うけど」
溜め息を吐きながら、ソファの肘掛けに頬杖をつく。
それくらい魔力が高くないと、元女神に対抗出来ないのだろうか。
『フェニックスも二人の仲を知ってるんだから、怒るわよ? 何だかんだで、フェニックスはヴァーミリオンもウィステリアも大事と思ってるわよ?』
「あー……うん。それはそうだね。困ったね」
確かに、俺もウィステリアのことも紅は大事に思ってくれている。頷くしかない。
『その次に困ったバッドエンドがウィステリアの代わりに、ヴァーミリオンが断罪されることね』
ハーヴェストのその言葉に、ウィステリア達が俺を見る。
「何で、ヴァルが断罪? もちろん、冤罪でだよな?」
ウィステリアがぎゅっと俺の手を握ってくる。衝撃的だったのか、彼女の手が冷たい。
「今のところ、俺は悪いことに手を出した覚えはないけどね」
これはハーヴェストから昨日聞いたことだから、俺自身は驚きはない。
ウィステリア達は疑問の目を俺からハーヴェストへと向けている。
『ヴァーミリオンが断罪される理由は、要はミストはヴァーミリオンを魔に堕としたいの。自分のモノにしたいから』
困った顔をしつつ、ハーヴェストは溜め息を吐く。
『ミストは五百年前にヴァーミリオンの綺麗な魂を見て、惹かれ、恋をした。五百年前から、あの馬鹿姉は魔に堕ちても、ヴァーミリオンの魂を手に入れることしか考えてない。わたしが別の世界の日本に逃がしてもあちらで生まれたヴァーミリオンに呪いを掛けるし、そのせいで不自由な身体になって命を落としたし。元のこの世界で生まれざるを得ない状況になって、時間を置いたのに結局狙うんだから。正直、ミストの執着には辟易してるのよ』
「その元女神の執着で、ヴァルを断罪し、魔に堕とすためというのは分かりました。俺達とどう関係が?」
『……ヴァーミリオンの断罪をする側にチェルシー・ダフニーと貴方達三人がいるのよ』
言いにくそうにハーヴェストが告げると、三人の息を飲む音がした。
正直、三人には聞かれたくなかった。
『ヴァーミリオンが作ったアクセサリーでは効かない程の強い魅了を貴方達はミストに掛けられる。三人とチェルシー・ダフニーを使って、ミストはヴァーミリオンを追い詰めて、魔に堕とすつもりよ』
「防ぐ方法は、何かありませんか?!」
ウィステリアが悲痛な表情で、ハーヴェストを見る。
『あるわ。貴方達が魔力覚醒をすること。今より魔力が高くなれば、魅了はされない。早めに覚醒することを勧めるわ』
「魔力覚醒はどうすればいいですか?」
オフェリアが考える顔で呟く。
『お互いの最愛の愛を貰うといいわ』
花のようにハーヴェストは微笑んで、ウィステリア達を見た。
昨日も思ったが、最愛の愛って何だろう……。
いや、何となく分かるけど、俺の場合、ウィステリアに対しての最適解が合ってるのか不安だ。
「なっ……!」
ディジェムが顔を真っ赤にして、ハーヴェストの言葉に反応する。まだ俺は見たことないけど、魔王は何処に行った。
『ヴァーミリオン程ではないけれど、貴方達も魔力は高いから覚醒する時は場所を選んでね。ああ、でも心配だから、わたしからちょっと贈り物。ヴァーミリオンにもあげたけど、それぞれの最愛から愛を貰ったら、すぐ魔力が暴走しないように一時間後くらいに暴走するように小さな祝福を贈るわ』
そう言って、ハーヴェストはウィステリア達に両手を翳す。彼女の手からきらきらと光る鱗粉のようなものがウィステリア達に触れ、消える。
『それと、ヴァーミリオンには前に伝えたけど、貴方達は魔に堕ちることはないから安心して』
「え、でも元女神はヴァル君を魔に堕とすつもりなんですよね?」
『ミストはそのことは知らないの。ミストは髪の色が白磁色、魔に堕ちる前は白女神と言われていたわ。堕ちた後は女神ではないから白きもの。イメージで黒が悪って思われることがあるけど、白の方が魔に染まりやすいし、堕ちやすいの。ちなみにわたしは黒女神。髪の色が黒というか濡羽色だから。だから、わたしやヴァーミリオン達は染まらない、堕ちないわ』
「ディル様は黒ですが、私達の髪の色は黒ではないのですが……」
ウィステリアが困った顔をしている。
『日本では黒だったでしょ? 今、違うのはカーディナルやエルフェンバイン、アクアの色だから。紅はカーディナル王国、黒はエルフェンバイン公国、青はアクア王国の色よ。日本で生まれて、黒を持つ貴方達は魔に堕ちない』
「ん? 俺達が日本に生まれてから、こちらへ転生したのは魔に堕とされないため?」
ハーヴェストの話を聞きながら、ふと気付いたことを俺は聞く。
『そうよ。あちらの世界の日本の神にお願いしたの。日本での生を全うしてから、元々はこちらの世界に戻って来てもらおうと思ったの。ヴァーミリオンはミストに呪いを掛けられて命を落としたけど。やっぱりミストは許せないわ』
その言い方からして、俺以外の三人は日本での生を全う出来たのだろうか。流石に、聞くのはいけない気がして、聞けない。
『だから貴方達は魔には堕ちない。けれど、今のままだとウィステリア達はミストの魅了に掛かってしまう。魅了を防ぐかどうかで、そこから分岐点が起きる』
ハーヴェストの言葉に、俺達は息を飲む。ゴクリと誰かの喉が鳴った。
『魅了に掛かってヴァーミリオンを断罪するか、魅了を防いでチェルシー・ダフニーを断罪するか。ゲームと同じくチェルシー・ダフニーに唆されてウィステリアを断罪するか。他の選択肢も出てくる可能性もある。それはこれからの貴方達の選択次第よ。わたしとしてはミストに繋がるからチェルシー・ダフニーを断罪して欲しいけれど。それが貴方達やこの世界としては平穏な方向へ繋がる道だけど』
確かに、ヒロインを断罪する方が俺達にとっては平穏に繋がる道だ。
俺やウィステリアの断罪になるとマズイ。
俺を断罪すると、俺の過激派がきっと暴れる。俺もざまぁ返ししてやるつもりだから、今後どうなるか分からない。
ウィステリアを断罪すると、俺と紅がキレて世界を滅ぼす訳だから、どちらに転んでも世界にとってはマズイ方向だ。
ただ少し気になるのが、ヒロインは何をやらかして断罪されるのか。グレイの魅了の件以外に何か罪になるようなことがあるのかもしれない。
それは今後、調べていくしかない。
「俺も平穏がいいなぁ……。老後までまったり過ごしたい」
「ヴァルは特にな。巻き込まれ過ぎて、親友として心配だ」
「知らない間に変な女性に執着されてるものね、ヴァル君」
「ヴァル様は格好良いですから、知らない間にファンが増えるのは仕方がないことですが、元女神様の執着は度が過ぎてます」
口を膨らませて、ウィステリアが呟く。
仕種の一つひとつが可愛いなぁ。
『とにかく、悔いの無いように選択して。ゲームと違って、リセットはないわ。わたしも流石に時を戻すことは出来ない。ウィステリア、ディジェム、オフェリア。ヴァーミリオンをお願いね。弟が何を仕出かすか分からないから』
「ハーヴェスト……何を言ってるのかな?」
『何も? ヴァーミリオンが心配だって言っただけよ?』
にっこりと笑って、ハーヴェストを見ると、彼女も俺ににっこり笑い返した。
「性格そっくりだな、ヴァルと女神様」
「双子になるはずだったから、顔も似てて余計に違和感ないわ」
ディジェムとオフェリアがうんうん頷き合い、ウィステリアは少し顔を赤くしている。
「ディル? オフィ嬢? 聞こえてるんだけど?」
俺が笑顔で言うと、ディジェムとオフェリアも笑顔で誤魔化した。
『とにかく、今言えることは全て言ったわ。わたしは帰るわね。ヴァーミリオン、何か聞きたいことがあったら、わたしを呼んで』
「分かった。教えてくれてありがとう。ハーヴェスト」
「女神様、ありがとうございます!」
『どういたしまして。ウィステリア、ヴァーミリオンを宜しくね』
「はい、私の方こそ宜しくお願い致します。女神様」
俺とウィステリアの言葉に、ハーヴェストが笑みを浮かべる。
「女神様、私達のこと、色々気に掛けて下さってありがとうございます。ディジェ君と一緒にしっかりヴァル君とウィスティちゃんを守りますから」
「ヴァルとウィスティ嬢はフェリアと一緒に守ります。大事な友人ですから」
オフェリアとディジェムがそう告げると、ハーヴェストを嬉しそうに頷いた。
『ありがとう。ヴァーミリオンの友人が貴方達で良かったわ。色々とこれから大変だけど、学園生活も楽しんでね』
ハーヴェストは微笑んで、俺に近付いた。
『リオン。卒業パーティーの時に、ウィステリアちゃんの周囲に目を配っておいて。出来れば、リオン以外が近付けないように結界を張る勢いで』
ハーヴェストが小声で俺に耳打ちして来た。
彼女の言葉に、ドクリと心臓が鳴る。
卒業パーティーと言ったが、どの選択肢なのかは言うまでもなく、チェルシー・ダフニーの断罪の時だろう。俺はその選択肢しか選ぶつもりはない。
「……分かった」
小さく頷き、ハーヴェストを見た。眉をハの字にして苦笑している。
『それと、王太子夫婦のことも気を付けて。ゲームのイベントをよく思い出してね』
ん? ゲームのイベント?
その言葉に、一つ思い出す。
「気を付けるよ、ありがとう。ヴェル」
小声で返すと、綺麗な笑みを浮かべて、ハーヴェストは消えた。
ハーヴェストが居たところをウィステリア達は呆然と見つめている。
「……ヴァルが言ってた精神的な疲労はよく分かった。これは疲れる。もしかして、前にヴァルが倒れたのはこれが原因か?」
「それもあるけど、ハーヴェストの気配に俺の魂が揺さぶられて、神が住む場所――神界に呼ばれたんだ。流石に、それを父達に言う訳にもいかないから、疲労の蓄積と言うしかなかったけど」
「成程な……確かに、この話はカーディナル国王達に言う訳にもいかないよな。あ、俺も神界に呼ばれるのか?」
「多分、大丈夫だと思う。俺の時に対策するって言ってたし、頭痛や目眩はないだろ?」
「頭痛や目眩はないな」
「なら大丈夫。神界には行かないと思う」
俺が伝えると、ディジェムとオフェリアはホッとした顔をした。
「ヴァル君。最後、女神様と何を話してたの?」
「……俺の兄夫婦のことを気を付けろって言われたよ。それで思い出したけど、近々あるイベントの対策を考えないといけない」
ショックを与えるかもしれないから、ウィステリアのことは言わず、兄夫婦のことをオフェリアに答えると、ウィステリアがハッとした顔をしてこちらを見た。
「もしかして、社交界デビューのパーティーのことですか?」
ウィステリアの言葉に、ディジェムとオフェリアが俺を見る。
「そういうこと。そのパーティーで兄上と義姉上が襲撃されるし、城内に魔物が出る」
指先が冷たくなっていくのを感じる。
子供の頃に未来を変えたことで、ゲームの舞台である今の出来事も変わると思っていた。
変わらないイベントもあると、思っていなかった。
それは俺の大切な兄夫婦に起きる、出来事だった。
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