第51話 それでも俺は好きとは言えない

「もう、良いんじゃないのかな?」


 長生 勝太郎はそう言った。


「立場を気にしているのは分かる。私もそう言う事は良くある。でもね、だからといって自分の不安を子供に悟られるようじゃ、君はまだ半人前だね」

「……はい、精進します……」


 俺はどうやら勘違いをしていたみたいだ。酔っているのは亀水 巴の周りの人間ではなく、亀水 巴自身の事だった。

 亀水 巴のあの態度と眼差し、そして異様なやる気は恐らく長生 勝太郎を慕っているからだろう。だから一年目にも関わらず副会長なんて面倒な役柄をやっているのだ。

 それともう一つ、彼女は合理的と言ったが、あれは手段を合理的にしていただけで、その実は俺への不安と恨みからなのだろう。それが彼女があそこまで委員会解散に固執する理由だとすれば、腑に落ちる。


「実は私は、彼に助けられまして、それで彼には借りがあるんです。大の大人が子供に借りがあるなんて恰好がつかないでしょう? だから無理やりにでも彼らの委員会を認めさせようと思っていたのですが―――……」


 勝太郎さんは保護者達を見渡して嬉しそうに独り頷く。


「その必要は無いようですね。では満場一致として、相談委員会の設立を認めます。三好先生、後程。これにて臨時保護者会は終わりとします」


 勝太郎さんの言葉に、俺達三人は気張っていた肩を落とす。

 宿毛や亀水は嬉しそうに手を握り合っている。対して俺は、緊張からの疲労の所為で今すぐにでもベッドにゴールインしたい気分だ。

 ぐったりとしている俺に、亀水 巴が帰り際にひっそりと耳打ちした。


「ごめんなさい。それと、これからよろしく」


 その言葉を聞いた俺は、更にぐったりとしてしまう。そんな俺を面白がっている亀水と宿毛。

 いつもの調子を取り戻した俺たちに、勝太郎さんが話しかける。


「それで、委員会活動が出来るようになった訳だけど……肝心の委員長は誰になるのかな?」



* * *



 朝から始まった臨時の保護者会が終わり、諸々の手続きを三好先生と終わらせた帰り、俺はとある場所に立ち寄った。


「もう懐かしく感じるのは何でだろうな……」


 立ち寄った場所はカウンセリング室だった。

 約半月前、三好 京子によって無理やり連れてこられたあの日。最初、俺はここを監獄か何かだと思っていた。だがそこで宿毛 鈴と出会い、亀水 咫夜と出会った。日々を過ごす中で人の悩みを聞き、その人の抱える問題を解決していった。

 二人とは時に離れ、時には近づいて……。そうして俺と彼女たちは恋をした。

 俺は変わった。一年も満たない内に随分と人間らしくなった。


「あ! 遅かったね。もう夕方だよぉ~」

「そうだな。宿毛はどうした?」

「ん? 片付けも終わったし、先に帰ったよ?」

「そうか」


 でも俺はまだ、俺自身を許せていない。


「なぁ、亀水」

「何?」

「俺……」


 宿毛 鈴が好きだ。


「俺は……」


 亀水 咫夜が好きだ。


「俺は、お前の事を……」


 この場所が好きだ。


「悪くないと思ってる……」

「なぁにそれぇ~。ちゃんと本心を言って欲しいなぁ~」


 笑っている彼女が、俺を知ろうと逃げずに向かって来てくれた彼女の事が好きだ。

 でも……それでも俺は好きとは言えない。

 何故なら青春はまだ来たばかりで、俺はまだ歩み寄っていないから。ちゃんと、いずれやって来るであろうその時の為に、好きと言う言葉は取っておきたいのだ。

 だから俺は好きとは言えない。




 <完>



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それでも俺は好きとは言えない。 鶉 優 @UZUra-yu

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