第34話 あたしの嫌いな過去
あたしが松瀬川君の事を気になり始めたのは中学の時だった。
恥ずかしい事に当時のあたしは、とある女の子をいじめていた。その子の名前は宿毛 鈴。そう、今一番仲が良いと言っても過言では無い彼女を、二年前のあたしは大した理由も無くいじめていた。今思えば、あれは人としてやってはいけない事だと反省している。今はしっかりと反省して、彼女にも謝罪をして許しを得た。今後も忘れる事無く過ごしていきたい。
それはさておき、あたしが松瀬川君を認知したのは中学二年のとある日だった。その日はクラスメイトの誕生日で、あたしや他の友人たちも皆、浮かれていた。
クラスのほとんどが誕生日を祝う中、鈴ちゃんと松瀬川君だけがその輪に入っていなかった。それが気に食わなかったあたしは、鈴ちゃんが読んでいた小説を取り上げて、目の前で捨ててやった。
このときのあたしは、凄く調子に乗ってたと思う。『みんな』の中に居る……安心だと感じていた。でも違った。あたしはもう『みんな』の中から外れているという事に気が付いていなかったんだ。それを気付かせてくれたのが松瀬川君だった。
彼はあたしが間違っていると真正面から否定した。あのとき見た周囲の反応、あたしを糾弾する松瀬川君。今でも忘れられない。特に周囲からの視線は恐怖以外の何物でも無かった。あのとき初めて孤独という恐怖を感じた。とても怖かった……。
その後のあたしは周囲の人間に怯えるように過ごした。今まで何気なく暮らしていた世界が怖くてしょうがなかった。
耐えられなくなったあたしは、親の提案で環境を変えることにした。
新しい学校、新しい友人、新しい自分。きっと今より良くなる、そう思っていた。けれどもあたしに待っていたのは、今までと変わらない孤独という現実だった。
何であたしだけ……。何であたしがこんなつらい目に遭わあないといけないの……。
恐怖に侵され、ついに狂ったあたしは、こうなった元凶である松瀬川君に殺意が湧いた。
あいつが悪いんだ。あの無気力そうな人間が、あたしをここまで追い詰めたんだ!
彼への怒りは日に日に膨張していった。
そんなある日、前の学校のクラスメイトが転校して来た。その人は苗字を元の桐原から長生に変え、復讐に燃えるあたしに近づいて来た。
『やあ、半年ぶりだね』
『何よ……。あたしに何の用?』
『こっちで上手くやれてるのかなって、気になって話しかけたんだよ』
『あんたに話す義理なんて無いし……。どうせあんたもあいつとグルだったんでしょ……?』
『亀水……。君は彼に恨みを持ってるみたいだけど、それは間違ってるよ』
『何がよ……。あたしの何が間違ってるって言うのよ! あいつが! あいつの所為であたしは―――』
『亀水、聞いてくれ。彼は悪意で君を否定したんじゃない。考えてみてくれ。もし彼があのとき立ち上がらなかったら、君は近い将来、今よりももっと苦しむことになってたと思う。あのまま彼女をいじめ続ければ、君にはいじめの加害者という最低なレッテルを貼られる事になっていただろう。もしくは大人たちが動いた場合、君は仲間外れにされるどころかもっと酷い事になっていただろう』
『何が言いたいの? あいつに感謝しろとでも言いたいの?』
『そこまでじゃない。でも彼が動いてくれたから、内側の問題だけで済んだから最悪の事態は避けられたんだ。だから彼に恨みを持つのは間違っている。それに君も分かってる筈だ。問題の本質は君自身だって事を』
『それは……』
分かってた。でも認めたくなかった。だからあたしは、松瀬川君に自分自身に感じていた罪悪感を押し付けたんだ。
『苦しいのは君だけじゃないんだ。彼も苦しんでいる』
『何で? あいつはあたしを攻めているとき、とても楽しそうな表情をしてたのに……』
『ああ。それは僕も見た。きっと彼もそれを自覚したんだと思う。だから彼は、僕が転校するその時まで君に罪悪感を感じていたよ。前よりずっと孤独になって……君も孤独の苦しさは知っている筈だ。あれは……僕にはどうにも出来ない状態だったよ……。全てを拒絶して、今にもこの世すらも拒絶してどこかへ行ってしまいそうな危うさだった』
『何故、そんな事に……』
『分からない。でも彼には見えていたことだろう』
分からなかった。何故、彼は苦しいのを知っていてこの選択肢を選んだのか。考えても分かる筈も無かった。何故なら、あたしは彼の事を何一つ知らなかったから。
この瞬間からあたしは他人を理解しようとした。無知とは恥であり、恐怖であると学んだあたしは、積極的に他人と関わるようにした。このときにはもう、周囲への恐怖は無くなっていた。他人を知っていく内に恐怖心が和らいでいったのだ。
こうして自信を取り戻したあたしは、無事に中学を卒業して高校に入学した。そこであたしは奇跡的な出会いをする。
そう、彼と彼女が居たのだ。その事実が判明したとき、あたしは改めて心に誓った。もうあの過ちは繰り返さない。過去の過ちから逃げる事無く、次は二人の友人で在りたい。
あたしは彼女に謝罪した。過去の事は反省していると言った。
あたしは彼から逃げなかった。だからあたしから逃げないでと言った。
あたしは彼の嘘を見抜いた。その上で好きだと言った。
あたしは松瀬川君の事が好き。鈴ちゃんの事も好き。この気持ちに嘘はつけない。
だから彼には『ごめんね』と囁いた。
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