第14話 俺の嫌いな過去

 ある日の放課後、またしても本を返し忘れていた俺は遅くまで学校に残っていた。

 下駄箱へと向かっている途中、近くから言い争っているような声が聞こえたのでそちらに向かってみる。すると校舎の陰で誰かと誰かが何かを話していた。

 俺は慌てて物陰に隠れて様子を窺う。よく目を凝らして見ると、話しているのは桐原とおさげの子だった。

 別にあの二人の組み合わせは珍しく無かったのだが、二人だけで何を話しているのか気になり、良くないと思いながらも聞き耳を立てた。


「この事は親に言って無いのか? 何故?」

「困ってない……」

「困ってない? こんなことをされていて、困ってないなんて嘘だ!」


 こんな事……?

 よくよく目を凝らして見ると、彼女の着ている服が濡れている。髪もびしょ濡れでおさげがほどけかかっている。地面には大きな水たまりが出来ていて、彼女の靴は泥だらけだった。

 一体どういう状況なんだ……? 昨日も今日も雨なんて降っていないし、そこの近くに水の出る場所なんて無い。何故……?

 そのとき、女王の存在が脳裏に過った。まさかと思い、少し見る角度を変える。すると、おさげの子の真上に窓があった。しかも開いている。

 恐らくおさげの子を何らかの方法であそこに呼び出し、あの窓から容器に入った水を浴びせたのだろう。実に計画的だ。


「今まで君の気持ちを尊重していたけれど、流石にここまでされたら僕も黙ってはいれない。先生にこの事も、今までの事も言うよ」

「余計な事、しないで」

「嫌だ。君には余計かもしれないけれど、僕は君を助ける」


 桐原はそう言ってどこかへ行った。

 まあ、俺が首を出す必要は無いし、変に注目を浴びたくないから傍観者で居よう。

 しかしまあ、あいつのあの正義感はどこから来るんだ? 何故ああも、どこでも誰にでも手を貸すんだ? 奴を見かける度、あいつは誰かを助けている。誰かを助けるとはそんなにも気持ちが良い物なのか? 神様ですら人間を助けるかは気まぐれなのに、あいつは高頻度で誰かを助けているのを見かける。もしかして、桐原という人間は神様よりも優秀なのでは? だったらあそこまで人気になるのも理解できる。あいつはある意味、神様なのでは……?。

 そんな下らないことを考えている場合では無い。学校でいじめが起きていることを教師やその他の大人に知らせたところで、そいつらの対応は決まって注意だ。民主的で平和的な手段で一見、良いように見えるだろう。そこから更に進めば停学などになるだろうが、これで全てが解決する訳では無い。結局、被害者と加害者の物理的な距離が離れるだけだ。

 ただ勘違いしてはいけないのは、そんな大人が一方的に悪いわけでは無いということ。大人は子供に戻れない。子供同士のいざこざという内側の問題に、大人は外側からしかアプローチ出来ない。そして立場というものを得た大人が最終的に取る行動は保身だ。あの対応の本質は自分たちの立場を守るための物だ。

 桐原は本気であの子を救いたいと思っているのだろうが、内世界のことで大人に助力を願ってもそれだけでは彼女を救えない。それどころか悪化する可能性が高いだろう。俺に正義感というものが備わっていたら奴を止めるのだが、生憎そんなものは無い。

 悲しい事にこの俺の考えは後日、見事に的中した。担任からこのクラスでいじめが発生したと告げられ、当人たちの名前を公表せずに辞めるようクラス全体に注意した。

 しかし、問題は解決されなかった。当たり前だ。女王のいじめは日に日にエスカレートし、遂に暴力に至ってしまった。放課後、教室でおさげの子の頬を叩く現場を見てしまったのだ。流石に可哀そうに思う。

 その場から去った俺はその日の夜、独り自室で考えていた。


「人助けねぇ……」


 ベッドに寝転がるとおもむろにスマホを取り出してネット記事を読む。そういえば、他人を助けることで自分も救われるなんてことを聞いたことがある。


「そしたらこの病気も治るのかな……」


 そうして俺は好奇心から来る自己中心的な考えで、おさげの子を助けようと計画したのだった。



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