第62話 俺の願いは叶ってしまった

 俺の願いは、一過性のものだ。

 

 歴代の『ロックミュージック研究会』メンバーで、音楽フェスを開催したい。その願いの中には色々な思いがあるが、現象だけを言語化すると至極単純なこと。

 音楽フェスは、時が来れば終わってしまうものだった。

 フェスが終わってしまうのと同時に、俺の願いは満足してしまう。叶ってしまう。

 たった今、フェスの最後の出番が終わると同時に、俺の願いは叶ってしまった。げてしまった。

 

 俺の願いを叶えたアオは──、どういうわけか姿を消してしまった。そんなルールは聞いていない。

 どうして。どうして。どうして……。とめどなく溢れる疑問が頭の中を埋め尽くしていく。

 

 呆然と立ち尽くしていると、ひよりが近づいてくるのが見えた。


そうくん、大丈夫?」


「お前の方こそ、なんでそんな普通にしていられるんだ?」


「えっ──?」


 幸い、ひよりの声は、出るようになったままだった。フェスが終わったからといって、以前のようにまた声が出なくなるということはなかったようだ。けれど、今の俺は、それにホッとしている余裕はなかった。


「アオがいなくなったんだぞ?」


「えっと……アオって? 誰? 奏くんの友達? 客席にいたのかな?」


 絶句した。ひよりが冗談を言っているとは思えない。

 ひよりは、まだそこにアオの手があるかのように、中途半端に握られた手を俺の手に重ねようと伸ばす。俺はそれをほとんど無意識に振り払っていた。


「奏くん? 本当に大丈夫?」


「おい、奏。どうかしたか?」


 俺とひよりが何やら揉めているらしいと思ったのか悠治ゆうじ井口いぐちさんが寄ってくる。


「悠治。アオはどこにいったんだ?」


「アオ? なんだそれ。お前まさかギターに名前つけてるわけじゃないだろうな」


 悠治は俺の青いギターを指さして眉をひそめた。


「違う! アオだよ! さっきまでひよりと歌ってたろ? 俺たちと一緒にライブをしてたじゃないか」


「何を言ってるんだ? 私たちのボーカルはひよりだけだろ?」


 井口さんも怪訝な目を向けている。井口さんこそ、冗談を言うタイプではない。


「何言ってる、は俺のセリフだよ。お前らどうしたんだ? ほら、〈ロックミュージック研究会〉の願いを叶えてくれる不思議な女の子だよ。青いインナーカラーがトレードマークで、お前らにはずっと見えなくて、でもこのフェスをやるって決まったら見えるようになって、話もできるようになって……」


 三人の反応があまりにも芳しくなくて、だんだんと語気を失ってしまう。


「よく分かんねーけど、とにかく、今はライブをしっかり終えよう。見てみろ。客はポカンだぞ」


 悠治に言われて客席を見ると、多くの視線が俺たちに向けられていた。


「いいな? とにかく今はまだステージに立ってるんだ。終わった後でいくらでも話は聞いてやるから、まずはしっかり客に礼をしてライブをしっかり閉めよう」


 俺があいまいに頷くと悠治と井口さんは元の場所に戻っていった。ひよりは、しばらく心配そうに俺を見ていたが、何かを確認するように小さくうなずくとステージの真ん中に戻って客席に向かって、言った。


「うちのお兄ちゃん、最後の最後でちょっと感極まっちゃったみたい。ロックミュージック研究会フェスでした。みなさん。本当にどうもありがとうございました」


 多少強引な閉めの挨拶だったが、客席はすぐに熱狂を取り戻して、盛大な拍手が送られてきた。割れんばかりの拍手の中、上の方からゆっくりと幕が下りてくる。その幕が完全に下りきる前に、俺は夏帆かほさんの元へと駆け出していた。

 初代会長の夏帆さんならアオのことが分かるはずだ。


 しかし、夏帆さんもひよりや悠治と同様、アオという名前を出しても怪訝な表情を浮かべるだけだった。しまいには、「ライブでテンション上がっておかしくなったか?」と茶化されてしまう。いくら否定しても無駄だった。

 夏帆さん以外の先輩たちも、誰一人アオを知らない。どういうわけか誰もアオのことを知らなかった。

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