第58話 様々な音がステージに送られている

 トレウラの後を引き継いでステージに上がったリサさんは、トレウラに負けないくらい観客を沸かせていた。ゴリゴリのロックサウンドを奏でていたトレウラとは違い、リサさんのライブは落ち着いたアコースティックサウンドだった。

 それでも観客席からは、歓声や嬌声、手を鳴らす音など、様々な音がステージに送られている。

 

 若返る前も、リサさんは不思議なカリスマ性をまとっていたが、若返るとそのカリスマ性は若さからくる不安定さと相まって、見るものを釘付けにするものがあった。一人でステージに立っていることも、それに拍車をかけているのかもしれない。


 〈ロックミュージック研究会〉に所属していた時のリサさんは、別の学校の人と『PiNKY BLACK』というバンドを組んでいたらしい。一年後輩の百合葉ゆりはさんによれば、PiNKY BLACKはメンバーが高校生の頃から有名なバンドで、卒業した後ではあるが、大きな音楽フェスのステージに立ったこともあるという。〈ロックミュージック研究会〉のOBOG、それと現役の俺たち、という制限がある関係から、今日のライブではPiNKY BLACKとしてではなくリサさん一人での出演だが、それでもその逸話が嘘ではないと分かる。


「リサさんって、あれでプロじゃないんだよな?」


 悠治ゆうじが誰にともなく訊ねた。無理もない。『伝説のバンド』とまで呼ばれたトレウラの直後のステージに立っているのに、全く遜色を見せないリサさんは、プロに匹敵している。


「そうだね。リサはプロにこそならなかったけど、実力はプロ級だよ。実際、メジャーレーベルからのスカウトがあったみたいだしね」


「でも、弟さんのことがあったから、その誘いを断ったんですよね? それどころか、歌うこと自体を辞めてしまった。勿体なすぎますよ」


 悠治が感嘆とも落胆とも取れる声を漏らすと、アオが少し俯くのが見えた。そんなアオに気がついたひよりが、すぐに耳元で何かを囁いている。何を言ったのかまでは聞こえなかったが、ひよりのおかげでアオの顔は上がった。


 リサさんの次にステージに立ったのは、部活と同名のバンド『ロックミュージック研究会』だ。

 

 

 一度、即席の即興ライブを見ているから、ロックミュージック研究会の凄さは知っているつもりだった。けれど、彼らは俺の記憶にある“すごいライブ“を簡単に上回ってしまった。


 トレウラと同じくロックサウンドだが、トレウラよりも人数が多い分、音に厚みがある。彗河けいがさんのギターは、夏帆かほさんのギターよりも歪んだ音を鳴らしているのに、音像がはっきりとしている。けれど、二人の奏でるギターは、どことなく似ていた。

 

 ともすれば暴れ馬のような彗河さんのギターに寄り添うように、けいさんは優しいギターを奏でている。まるで柔と剛。二人のギターは、絶妙なバランスを保っている。

 それを下から支えているのが、七夏ななかさんのベースと、エリさんのドラムだ。リズム隊の二人が鳴らすビートは、それを聞いているだけで二人の仲が分かるような、一糸乱れぬリズムを刻んでいる。

 

 ロックミュージック研究会も前の二組と変わらず、いや下手したらそれ以上に観客を大いに沸かせていた。


「七夏さんって、アタシと同い年の時にベースを始めてるんだよね?」


「うん。ベースとは高校生のときに出会ったって何かのインタビューで言ってた。確か、啓さんも高校生からギターを弾き始めたはずだよ」


 ひよりは、一つ学年が上の井口さんにもため口で話す。誰でもお構いなしに親しげに。決して失礼な口調ではないが、相手はクールな井口さんだ。最初は冷や冷やしたが、けれど、井口さんがそれを気にする様子はなかった。ひよりの持つ天性の人懐こさがなせるわざなのだろう。


「すごいね。なんでもない涼しい顔してるけど、相当努力したんだろうな」


 井口さんは、じっと自分の手を見つめていた。

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