五章 二人の白間

第五十三話 ~苦い記憶~


 本来なら俺が目覚める予定はなかった。

 というよりも、目覚めてはならなかった。


 それはまだ試生市の完成どころか、人為的輪廻転生計画が世間に公表すらされていない頃の話だ。

 近しい未来、試生市という都市が建つ予定の地に俺たちの研究所はあった。


 敷地面積が数キロにも及ぶ巨大な研究所で、万が一の失敗も許されない非人道的な研究を成功させるべく、俺たち研究チームは人体実験と呼ばれて等しい毎日を送っていた。

 度重なる実験の末、生身の肉体から人工ボディへと精神を移す通常の転生は安定して行えるようになり、実験は次のフェイズへと移行した。


 それこそが俺という存在を生み出した原因。

 リターナーのだ。


 リターナーは事実上の不死ではあっても不老ではない。

 子供が大人になるまでは時間経過によってボディの膨張を起こすことで成長を表現し、一定まで膨張した後は経年劣化を応用することで通常の人間同様、加齢に伴う肉体的変化が起こるように設定されている。

 

 それはつまり、一度リターナーへと転生すれば、永遠の命を得られるというわけではなく、リターナーにも老衰による寿命が存在していることを意味した。

 その機能を搭載したのは経年劣化によるボディの変更時期を目視でもわかるようにするためという表向きの理由もあったが、一番の目的は政府ではなく俺たちの勝手な未来予想図によるためのものだった。


 一時的な死者の抑止。それがこの計画の一番肝に当たるものであるはずだが──リターナーは子供を作ることが出来てしまう。


 当然それが悪いと言いたいわけではない。

 だが、リターナーは性質的にはバイオロイドに近い存在になるわけだが、そこから生まれてくる人間は両親とは違い、普通の生身の人間として生まれてくる。


 計画の内容からして、恐らく試生市に住む人口の大半は学生を中心とした若年者が占めることになるはずだ。だが、そこから数年も経てば、その立場は変わり、好いた者同士で子供を作り家庭を持つリターナーも出てくるだろう。

 その子供が成長していっても、親が自分と遜色ない若さを保っていたら、それに違和感を覚える子供が出てくることは容易に想像がついた。


 減少の阻止。それを乗り越えなくとも新たな命は生まれてくる。

 リターナーだけが生きる世界ではなく、生身の人間が生きる世界であるならば、最低限生物として当たり前の命の軌跡は残さなければならないと俺たちは考えた。


 劣化したパーツを交換することで、疑似的な不死を得るのではなく。老いて、死という別れを経て、新たな肉体に生まれ変わり、違う人生を歩めるように。

 そこまでやって、初めて人為的な輪廻転生と呼べるはずだと信じて。


 そのためにも、一定の年齢を迎えれば、生身の人間と同じように再度人為的な輪廻転生を行うことが可能な環境を完成させる必要があった。

 その最初の課題にして、最も重要な課題がリターナーの転生。


 理論上はリターナーも生身の人間と同じように、別の肉体への精神移動が可能ではある。

 しかし、どんなに理論上は問題がなくても、最終的な確認には実際に精神を移動させる他になかった。

 


 結果、仲間からの熱い推薦という名の押し付けを一身に受け……めでたく俺がその実験体に選ばれることとなった。

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