第五十一話 ~見せる片鱗~


 各関節部で衝撃波が発生し、叩きつけられた地面が砕け陥没した。

 それだけではない。その衝撃波によって空中にあった爆弾までもが起爆し、莉緒の視界を巻き上げられた粉塵が覆い隠す。



「距離を開けたら刃先で切り裂いて、近づいたら衝撃波でズタズタかよ。執行者エクスキューターとはよく言ったもんだ」

「好きなほうを選べ! どの道お前はここで死ぬんだからな!」

「やってみろぉ!」



 体を起こし、莉緒は真っ直ぐに鈴無へと突っ込んでいこうとした。

 その足を津羽音がガシッと掴み、莉緒が顔面からビターンっと情けなく地面に叩きつけられる。

 割と本気で生死を分ける場面で無様を晒した莉緒は鼻血を垂らしながら、戦犯娘に勢いよく振り返った。



「このタイミングでおふざけは止めよう⁉ 死ぬ! 本当に死ぬから⁉」

「ふざけてない」

「ふざけてないなら反省して⁉ 確かにビルでの闘い方見たら何してもいいのかなってなりそうだけど、あれはあれ、これはこれだから‼」



 銭湯での悪ふざけを目撃しているからか、鈴無はいきなり始まったボケを一切無視して、執行者を再び振り払った。

 しなる執行者が二人に迫る中、津羽音は真剣な顔で、けど不安そうな顔でそれを莉緒に告げた。



「本気……出していいよ」

「え?」



 執行者が地面を吹き飛ばした。

 だが、そこにはもう二人はいない。

 津羽音を抱えながら、片目を赤く染めた莉緒は一度の跳躍で執行者の攻撃範囲から離脱していた。


 流石に公園と銭湯で二度もリミッターを外しておいて、バレていないはずがなかった。

 それでも、リターナーじゃないと言った莉緒にその真意を聞くこともしないで、津羽音はついてきてくれていた。

 白間燕翔との話を聞かせてくれた。

 着地した莉緒は津羽音を地面に降ろすと背中を向ける。



「全部終わったら、ちゃんと話す」

「別にいいよ。話したくないならそれでいい」

「……そっか。なら、話せる時が来たら話させてくれ」



 津羽音をその場に置き去りにして、莉緒は再び地面を駆けた。

 その速度はもう常人のそれではない。

 それでも鈴無は一切動揺することなく、執行者を振るう。

 莉緒がリターナーである可能性はもう想定済みだったのだろう。それを踏まえたからこそ、このゲテモノ染みた執行者を持ち出してきたと考えるのが自然だ。



 一度目と同じ攻撃だったが、さっきと同じ回避は使わせない。もしも莉緒が足を止め、その場でしゃがみ込めばその瞬間下へと執行者を叩きつける。

 受け止めることだって出来はしない。一定以上の衝撃が加われば地面を吹き飛ばした衝撃波が炸裂する。


 本来は武装したリターナー、つまりは裏切った政府所属リターナーを間引く目的で開発された対リターナー兵装パニッシュメント・ウェポンだ。

 手作り爆弾程度の軽武装リターナーがこの執行を止めることなど出来はしない。

 確信とも言える自信が鈴無にはあった。


 執行者が莉緒と接触する──その瞬間、莉緒は鞄を投げ捨て、足を踏み切る。

 まるで棒高跳びでもするように、浮上した莉緒の体は執行者の直上を飛び越えた。



「嘘だろ⁉」



 当然そんな回避行動は鈴無の予想には組み込まれていない。咄嗟に執行者を跳ね上げることも出来ず、空振りしたせいで鈴無は大きな隙を作り出す。

 着地した莉緒はわざと地面を一度転がった。体の勢いを乗せた状態で、鞄を投げ捨てる直前に一つ掴んでいた爆弾を至近距離から鈴無へ投げつける。



「くそが‼」



 鈴無は後ろへ跳躍し、爆弾から距離を取りながら今度は右腕を振り抜いた。グローブの嵌められたその手の甲から雨切と同じく始まりの兵装アメノトツカが伸び出し、爆弾を斬り飛ばしていく。



 ──ちっ! 近接武器もちゃんと用意してやがったか!



 炸裂した爆煙で執行者が見えなくなり、莉緒の足が止まる。その隙に鈴無との間合いはまた開き切ってしまった。

 体勢を立て直そうと莉緒は爆弾を回収するため鞄へと駆け戻る。



「それがあるからうざったいんだな?」



 爆煙の向こうから鈴無の声がした。

 それと同時に執行者の駆動音が背後から聞こえ、莉緒は反射的に腕をクロスさせながら鈴無の方向へと防御を固める。

 だが、爆煙を切り裂き現れた執行者は莉緒の真横を通り抜けていった。



 ──外した?



 戸惑う莉緒のすぐ背後で執行者が地面へと突き刺さる。

 そこには莉緒が投げ捨てた鞄があった。

 爆弾を詰め込まれたままの鞄は執行者が与えた衝撃で爆発し、莉緒の背中を強かに打ち付けた。



「死んじまいな‼」



 身動きの取れなくなったところで、鈴無はダメ押しと言わんばかりに執行者を地面へと振り下ろす。

 炸裂した衝撃波は莉緒の体を削り取る様に引き裂き、足の踏ん張りが利かなくなった体を面白いように吹き飛ばす。

 即死していてもおかしくない。むしろ生きているほうが異常な攻撃だった。



「しぶといなぁ」



 それでも地面に転がる莉緒を見て、鈴無は鬱陶しそうに呟いた。

 もぞもぞと莉緒は地面で体を蠢かせていた。一命をとりとめたどころか、体を動かせるだけの余力がまだある。その事実は鈴無のプライドを大きく傷付ける。



「言い加減……楽になれって‼」



 鈴無が腕を振り払う。

 霞む視界でそれを見た莉緒は最後の切り札を切ろうとした。



「っ!」



 けれど、頭を掠めた津羽音の姿がその判断を僅かに惑わせる。

 その惑いは生死を分ける戦場において決定的な隙となった。



 莉緒は切り札を切り損ねた。

 そして、その代償はすぐに払われることになる。

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