第五十話 ~執行者~


「もしかしたらとは思っていたけど、ラスボスがスーツのおっさんなんて、これがロールプレイングゲームならクレームもんだぜ?」

「私がラスボスであるクレームの前に、物語がたった一日しかないロールプレイングゲームなど、ボリュームが少ないとクレームが来そうですがね」

「たった一日のボリュームとしては十分すぎるくらいだけどな」



 莉緒の軽口に律儀に答えた山橋は目を細める。



「質問ですが、どこへ向かっているのですか?」

「別にどこだっていいだろ?」

「この街を出るつもりなら、少々困るので止めていただきたいのですが」

 ──ちっ、見事に行動を読まれているな。



 銭湯なんて普通ならば思いつかないであろう場所にも関わらず、雨切達があっさり莉緒たちを見つけたのも、別に運がいいとかそういう理由ではないということだ。



 ──このおっさんは自分がラスボスだということを否定しなかった。



 莉緒とセンターで話をして、すぐに追手を差し向けることができるほどの権限を持っているということは、この山橋という職員はただの職員ではない。

 しかもだ、こうして待ち伏せをしてきているにも関わらず、連れている部下が鈴無一人ということは、あの少女には一人でこちらを制圧できるだけの戦闘能力があるということになってくる。


 雑魚がわらわら出てくるより、一人の強敵のほうが対処は難しい。莉緒にしてみれば、この状況は想定した中でもかなり悪い部類に入るものだった。意図しない形で切り札を切らされる可能性も視野に入れなければならない。

 こちらの警戒など気にも留めず、山橋は申し訳なさそうに告げる。



「どこまで知っているのかは知りませんが、あなた方が間引かれればいくつかの問題が万事解決されるのです。大人しく間引かれていただけませんか?」

「お断りだな」



 残念そうに目を伏せ、まるで莉緒の言葉を嘆くように山橋は頭を抱える。



「楽園の糧となることが出来るというのに」

「たとえその先に楽園があるとしてもな……」



 山橋に向けて、莉緒は親指を下に立てた拳を突き出す。



「自分も友達もいない世界に興味はねぇよ」



 呆れたような溜息をつき、山橋は一歩後ろへ下がった。



「こちらも未来を見通せない愚者には興味がない」



 一歩下がったのは、もう話すことがないという意思表示だろう。

 残された鈴無が莉緒たちと対峙する。



「さぁ、銭湯での借りを返してやるよ! この執行者エクスキューターでな‼」

「おふざけなしだとなかなかの迫力だな。可愛い顔が台無しだぜ、お人形さん?」



 安い挑発は止めない。少しでも冷静さを欠かせることが出来れば儲けものだ。

 とはいえ、果たしてどれだけ対応できるか。

 内心の焦りは微塵も顔に出さず、莉緒は腰を落として次の動きの準備に入る。

 思惑通り挑発にしっかりと乗ってくれた鈴無は片目を赤化させキレ気味に叫びを上げた。



「お人形じゃなくて、鈴無砕花だ! 覚えて逝けよ!」



 間合いを詰めることもなく、執行者と呼ばれた武器が振り払われた。

 通常の腕よりかはリーチが長いとはいえ、十数メートル離れた位置にいる莉緒たちに攻撃が届くはずはない。



「なっ⁉」



 だが、複雑なうねりを生むだけに見えた蛇腹が唐突に間隔を開け関節と変わり、執行者は一瞬で数倍の長さへと変貌する。

 莉緒は咄嗟に津羽音の頭を手で押さえ、地面へ倒れ込むように体を伏せる。

 次の瞬間、頭上僅か数センチを執行者が通過していく。



「でたらめしやがって!」



 鞄から爆弾を取り出し、莉緒は躊躇いなくそれを鈴無へと投げつけた。

 投擲数は三つ。確かに対人において執行者は脅威だが、攻撃に特化したあの武器では複数の同時攻撃を防御することは難しいはず。



「甘いんだよ‼」



 横薙ぎで振り払うだけでは決して落としきれない爆弾に対して、鈴無はどういうわけかエクスキューターを地面に向けて叩きつけた。

 蛇腹時点で漏れ出していた関節部の光が膨れ上がり、弾けるように炸裂する。

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