第四十九話 ~諸悪の根源~
二人乗りをしながら、夜の街を自転車でかっ飛ばしている。
夜の西区ということもあり、怖いほど静まり返った街には荒々しいペダルを漕ぐ音と二人の声しか聞こえない。
だが、それでよかっただろう。もしも人が行きかうような場所であったなら、撥ねた人数は数えきれなかったと思う。今にも倒れそうなほど激しく揺れる自転車にしがみつきながら、津羽音の抗議の声が街に木霊した。
「おい! なんでさっきからバランスが安定しないんだ! すごく怖いんだが⁉」
「安定を求めるなら大人しく俺に抱き着いてくれませんかねぇ! わざわざ後ろ向いて自転車を掴んでバランス取るのやめてくれたら絶対安定するんだけど!」
「ボクも女子なんだ! 憧れの二人乗りスタイルは本命までとっておきたい!」
「規制の厳しい都会の中でそんな機会が来ることはほぼありえないから、そんな憧れさっさと捨てちゃいなさいよ!」
お前は本命じゃない。
割としっかり言われた言葉のショックを必死に噛み殺し、危険な二人乗り自転車が道路へと大きく膨らみながら道を曲がる。
「それで? キミのやろうとしていることはわかったけど、具体的にどうするつもりなんだ? 外部の政府との接触なんて、簡単な話ではないだろう?」
「簡単じゃないから、向こうから気付いてもらうためにド派手にいこうかなと」
「ド派手?」
「洒落にならないくらいの大火事を起こそうと思います。で、インターネットに『試生市の秘密を知ってしまいました。街から出るために火事を起こしたのも僕たちです。助けてください』って内容のメッセージを投稿する」
「…………犯罪者」
「ただ秘密を知っただの、街から逃げたいって言っても、ネットに溢れかえってる悪ふざけに思われるからな。実際に街の中で大規模な火災が起こっていて、それだけのことをしてでも逃げようとしている存在がいるって思わせる必要があるんだよ!」
武器の調達以外で真に頼んでおいたことがこれだ。
街のリノベーションという形で設立された試生市の住宅街にはいたるところにプロパンガスのボンベが設置されている。
そのすぐ近くにガソリンを入れた容器を置いてもらい、さらにガスの入ったボンベの上部から粘土を重ねて、ボンベが熱せられても安全弁からガスが逃げないように細工をさせた。
具体的にいくつの準備が出来たのか聞きそびれてしまっていたが、一か所でも爆発させれば炎で仕掛けが連鎖するように最低限の指示はしておいた。
時間がなかったので起爆装置こそ作れなかったが、それに関しては指示しておいた近辺の電線に、手作り爆弾を括りつけたドローンでも突っ込ませれば事は足りる。
ドローンの爆発か切れた電線によって、気化したガソリンへと引火し、わざわざ近くで着火しなくても仕掛けは発動するだろう。
銭湯ではまだグレーゾーンにいるようなことを言っていたが、用意の内容が立派なテロリストである。しかも一歩間違えば、真が準備段階で消し炭になっていてもおかしくない無茶苦茶な作戦。
どう考えても真っ黒。どこに出しても恥ずかしくない社会不適合者だった。
「けど、簡単じゃないってのにはもう一つ理由があって……!」
「うわっ⁉」
キキッと耳障りな甲高い音と共に自転車が急停止する。不意の停止で完全にバランスを崩した津羽音が自転車から咄嗟に飛び降りた。
「危ないじゃないか! 停まるなら停まるで一言くらい……ムグッ!」
莉緒が彼らしくなく無言で津羽音の口を塞ぐ。
車も人も全く行きかっていない交差点。その中央。まるで津羽音の話に出てきた変質者よろしく、莉緒たちのことを待っていたかのように二つの人影が立っていた。
まだお互いよく姿が見えていないにも関わらず、人影の一つがガラ悪く叫ぶ。
「銭湯ではよくもやってくれたな!」
鈴無と呼ばれていた粗暴な日本人形少女だ。
だが、彼女は銭湯の時とで姿を大きく変えていた。
左腕が人間のものではなく、先端が鋭利に尖った細長い
装着しているというより、まるで挿げ替えたかのようなその腕は地面にだらりと垂らされ、蛇腹となっている隙間からは淡いオレンジの光が漏れ出していた。
自身の肉体に格納し、傍目からは武装していることがわからないようになっている既存の
いよいよ本腰を入れてきたということなのだろう。
自転車を適当なところに置き、鞄を背負った莉緒と津羽音が人影へと近づいていく。
「別れは済みましたか?」
そして、ある程度近づいたところでもう一つの人影が話しかけてくる。
「……やっぱあんたか」
莉緒はその顔に見覚えがあった。
忘れるわけもない。こうして莉緒が動き出すきっかけとなった人物なのだから。
気弱そうだと思った顔はそこにはなく、鋭い眼光で二人を見抜く初老の男。
センターで莉緒の対応をした、山橋と名乗った職員がそこにいた。
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