第四十八話 ~言葉の響きと現実の光景~


「津羽音ちゃぁん! いたら返事して! ……じゃなきゃわからないの! 銭湯でちらっと見ただけだから、僕は君の顔が全然わからないのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼」



 馬鹿が来た。とてもいいタイミングで馬鹿が来てくれた。

 想像していたよりもだいぶふざけた闘い方と馬鹿の叫びを前に、目を丸くする津羽音の肩を莉緒が叩く。



「なぁ、この階段使わないで下に降りれたりするのか?」

「え? あっちに非常階段があるけど」

「よし、ならいけるな」



 津羽音が階段とは真逆を指差したので、莉緒は安心して階段下に向かって叫ぶ。



「こっちだ真ぉぉぉぉ! ローションまみれで倒れてるぞぉぉぉ!」

「え! 美少女中学生が⁉ うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼」



 これで真は階段下の雨切と鉢合わせるはず。

 呆然とする津羽音に莉緒はにこりと微笑んだ。



「よし行くか」

「ちょっと待て、いいのか? 友達なんじゃないのか?」

「弾避けを温存しておけるほど、俺たちに余裕はない」

「非情すぎないか⁉」

「それにあいつはもう用済みだ。道具を調達して、下準備を済ませた時点で、あいつがどうなろうと知ったこっちゃない」

「非情すぎないか⁉⁉」



 心からの本心なのだが、悪魔と成り果てた莉緒と違い、人の心を持つ津羽音は真を危険に晒すことに躊躇いがあるようだった。

 だから、莉緒はもう一度さっきの誓いを口にする。



「……言っただろ? 救われるはずだった人たちを殺してでも君を守るって」

「言ってた、言ってたけど……⁉ 言われたときに感じたものとこうして目の当たりにしているもののギャップがすごいんだ‼」



 複雑な感情が渦巻き、何とも言えない顔を津羽音はしていたが、それでもこのままここにいたら莉緒も危ないと思ったのだろう。

 津羽音は階段下に手を合わせる。



「えっと、真……さん。ボクのためにありがとう、ものすごく勝手なことを言うけどこのご恩は忘れません。……あ、でも一つだけ訂正させてもらってもいいかい?」



 目を閉じ、お辞儀をしながらお礼を言っていた津羽音が顔を上げ。

 そして、全力で叫ぶ。



「ボクは女子高生だ‼‼‼」

「女子高生……! 美少女女子高生がローションまみれなの? しかもボクっ娘⁉」



 見えない真が更に元気になった。津羽音の意図が読めず、莉緒が無言で津羽音を見つめていると、真剣な顔で一言。



「譲れないところなんだよ」



 気迫に押され、特に茶化すこともなく莉緒たちは非常階段へと急ぐ。

 ちなみにどうでもいいことではあるが、非常階段への扉を開けた後方で、



「お待たせ津羽音ちゃん! ……ってあれ、雨切ぃ⁉ 脛抑えてどうしたのさ? いやそれよりぬるぬる女子高生は? え、上? ありが、とぅぅぅぅ⁉」



 まんまとおびき出された馬鹿の声と共に雨切の時にも聞こえた鈍い音が聞こえたが、莉緒たちは無視することにした。


 ボンッ!


「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉ 鞄が爆発したぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉」

「っ⁉ 燃えてます! 燃えてますから早く鞄を下ろしなさい‼」



 何か色々大変なことになってそうだが、無視することにした。

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