第7話 母と娘

「お母様……」


ビオレッタの目は、赤く腫れていた。


「泣いていたの?」


「……違うんです。ちょっと、寂しくなっちゃって。マリッジブルーです」


「そう。わたくしも、結婚する前はとっても不安だった。だけど、王族を務めだと思って結婚したわ。まさか……結婚相手があんなに酷いとは思わなかったけどね」


「お母様の、前の旦那様……ですよね。あの、聞きました。きっと、処罰されるだろうって……」


「……あの国は混乱するわ。ビオレッタ、貴方の妹が国を継ぐ。けど、あの子は王になる資格がない」


「聞きました。だから……わたくしに王位を継承させて、そのまま帝国の属国にすると……」


「そうすれば、モーリス様は手柄を立てられる。彼の望みは叶うわ」


「望み……ですか?」


「聞いてないの?」


「帝国の王子として、国を豊かにするのがモーリス様の目的ではないのですか?」


「確かに、それも彼の目的の一つではあるわ」


「……わたくしが役に立つのなら、それで良いんです。わたくしは……」


「王族も、貴族の血も流れていない」


「……やっぱり、そうなんですね……」


薄々勘づいていても、ショックだと思う。でも、これだけは言わせて欲しい。


「ビオレッタはわたくしの娘よ。血が繋がってなくても、ビオレッタを娘にしたくて我儘を通したのはわたくしなの。貴女が娘で、本当に良かった。……あ、あのね……ビオレッタはわたくしが母でない方が……」


「いいえ! わたくしのお母様は一人だけ、キャスリーン・オブ・モーレイ様だけですわ。でも、わたくしは……産みの母が死んだと聞いても、全く胸が痛まない、冷たい人間なのです」


「わたくしだって、元夫が処刑されるかもしれないと聞いても自業自得だとしか思わないのよ! それに、ビオレッタの生まれ故郷がいずれ破滅するかもしれないと思いながら放置したわたくしも、冷たい人間よ!」


「はい、そこまで。キャシィもビオレッタも優しいぜ。キャシィはあの国に手出ししなかったのは、いずれ崩れるからだって言ってたけど、本当は立ち直る猶予を与えてやったんだろう? 他国の姫を妃にして、あれだけ蔑ろにすりゃあ国を攻めて滅ぼす事だって出来た。怒ってたお父様を宥めたのがキャシィだろう。ビオレッタは産みの母親の死を悲しんでる。キャシィを母として慕ってるからなんとも思わないと思い込んでるだけだ。泣いてたんだろ? 心の底では、戸惑ってるし悲しんでる。だから、涙が出たんだよ。二人とも、優しい俺の家族だ。冷たい人間なんて言う奴がいたら、俺がぶちのめしてやるよ」


「「駄目です!」」


「お父様は、お母様の事になるとすぐ怒ってしまわれます! 王族なのですから、もっと自覚を持って下さいまし!」


「クリスはビオレッタの事になるとすぐ怒るんだから!」


ビオレッタと目が合い、二人で笑い合った。


「お母様、大好きです」


「わたくしも、ビオレッタが大好き。愛してるわ」


「血の繋がった父と母が誰だろうと、もう気にしませんわ。お父様、お母様、大好きです。愛してますわ」


「「ビオレッタ、愛してる」」


三人で抱き合っていると、マリーが娘のソフィアと息子のトーマスを連れて部屋に入ってきた。どうやら、庭園でわたくし達の姿を見ていたらしい。


ビオレッタと血が繋がっていないと知っていても、二人ともビオレッタを慕っている。隠す事も考えたけど、やめた。王族でも、家族なのだ。ソフィアとトーマスの立場なら大切な事を隠されたら疎外感を感じるし、ビオレッタの立場なら隠されたら自分を否定してしまうかもしれないもの。


ソフィアはビオレッタのようになりたいといつも勉強に励んでいる。トーマスは時間があれば姉二人にいつもくっついている。


「お姉様、どうして泣いてるの? お父様に叱られたの?」


「違うの……わたくし、嬉しくて……みんな大好きよ」


「わたくしも、お姉様が大好きよ! 結婚しても、遊びに来てね。もう、こんなに早くお姉様がいなくなっちゃうなんて思わなかったわ。あんなに執着心の強そうな男で大丈夫なの?」


「そんな事言わないで。わたくしは、モーリス様を愛してるの」


「むぅ……なら良いわ。けど、毎年里帰りしなきゃ許さないんだから! お姉様が帰って来なかったら伯母様に言いつけるわよって伝えてちょうだい」


「ねーさま、僕さみしい。だから、抱っこ」


ビオレッタが二人を抱きしめると、ソフィアが文句を言い始めた。


「もぅー! 帝国の文句を言う訳じゃないけど、お姉様は幸せになって欲しいのに! 側妃がいっぱいじゃお姉様が疲れてしまうわ!」


「大丈夫よ、ソフィア。モーリス様に側妃はいない」


「それはまだお若いからでしょう? 二十歳になれば、他の方のようにハーレム状態になるわっ!」


「大丈夫よ。モーリス様は妻をビオレッタだけにしたいんですって。彼が手柄を求めるのは、ビオレッタだけを愛したいからよ」


モーリス様の真意を知ったビオレッタは、真っ赤な顔で俯いた。

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