第40話 アメジストの指輪

 アガーテは愛想よく彼女に聞く。


「傅役どのもお祭りを楽しみに?」

「それも楽しもうとは思いましたが、何よりこれを——」


 指輪を渡された。花や女神のレリーフが印象的な宝石箱の中から、アメジストの指輪が現れた。


「その……」


 アガーテはたじろいだ。アメジストの輝きが、王子の紫の瞳を思い起こさせる。

 マルタが言った。


「殿下からでございます。正確にはジークマリンゲン大公女殿下とお選びしたお品です」

「あの……」

「ご夫婦がうまくいきますように、と」


 アガーテは気が抜けた。王子はとうとう大人になったのだ。自分のことをねやを覚えるための道具だったと——理解したらしい。


 ——本当に突然だわ。男の子の成長というのは。


 別れ際にあれだけ酷いことを言ったせいかもしれない。だが、アガーテは周囲の友人たちから聞く、少年の成長は坂ではなく、まるで階段なのだという話を信じざるを得なかった。


 ——だけれど。


 ふと、物悲しさを感じた。エリアスを裏切った罪の対価にしては、指輪というのはあまりに軽いような気がした。売って離婚した後の暮らしの足しにでもせよというのか。


 もうあの記憶を思い出してしまった以上、アガーテはエリアスのそばにいられない。


 エリアスが来年帰還した折に、きちんと話して離婚について検討しなければならない。

 エリアスと再会した時に感じたのだ。

 彼は子供を産まない、王子と不倫する自分をそばに置いてくれている。何か理由があるに違いない。だけれど、その理由を手紙で聞くのははばかられた。彼の口から聞きたかった。


 だが、思わぬ言い回しで、マルタにこれからのことを確認していた。


「わたくしは殿下にとって用済みということですか?」


 マルタはあっけにとられた表情をした。


「夫人、今のご発言は、ご自身にとっても殿下にとっても不適切かと——」


 アガーテはふと我に返った。非常にいやだ。今の言い方では、年下の美貌の愛人に執着する女のようではないか。


「ち、違うのです。無事に殿下が大人になられたということを確認したくて。殿下は大公女殿下をお妃さまにお迎えなのですね。大変よろしい組み合わせのように拝見いたします。真面目な殿下と、愛らしい大公女殿下と……」


 これは嘘偽りのない気持ちだった。ジークマリンゲン大公女との婚姻を、ゴットフリートが望まれているのは見てすぐにわかった。そして、大公女は優しく上品な人柄だ。王子の母親から疎遠にされがちな傷を癒すのには逸材といえよう。

 アガーテといびつな関係を進める前に、立ち戻って大公女と皆から祝福される、幸福な関係を築いてほしい。それが切なる願いだった。


 だが、マルタが首を横に振る。


「この指輪は、手切れの品ではございません」

「——は?」


 促されたアガーテは宝石箱の蓋の裏側を見た。小さな紙が引っかかっていて、それを取り出す。その紙には、「愛しいアガーテ」と書かれていた。


 ——愛しいアガーテ、貴女をいつまでも見守っています。


 アガーテはどうしていいかわからなくなる。

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