第8話 八神君が失うものは……
「まず、僕が始めたのは、送り出す人間にある程度の能力を付与すると言う手法。
ある程度の能力があればやっていけるかと思ったんだ。
だけど失敗した。
所詮、外付けの力だからね……。
一応、本人の希望を聞いて付与はしていたんだけど、使うのが精一杯。
使いこなせるレベルに達する人間はごく僅かだった。
……生存率は多少上がったらしいけど」
「チート転移とかチート転生って言うやつだな。
漫画やアニメだと上手く行くんだけど……」
常に一定の人気のあるジャンルだけに、航平達にも馴染みはあるが、
「うん。
だけどね?
大して鍛えていない魂に強力な力を付与しても、魂が耐えられない。
かと言って、ショボい付与だと直ぐに詰む」
「魂を鍛える……」
言いたいことは航平にも分かる。
拳銃を持っていても訓練なしじゃまともに当たらないだろう。
しかし、魂を鍛えると言う方法が思い付かない。
「うん。
一番効率的な鍛練はストレスに耐えるだね?
孤独や禁欲は特に効果が高いよ?
筋トレでも鍛えられるけど、痛みは意外と魂への負荷が少ない」
健全な肉体に健全な精神が宿るは眉唾だね! と笑う斗真になんとなく予想が付いてきた航平。
「だけど、誰だって好き好んで嫌な思いはしたくないのは当然だろう?
だからね?
魂の一部、自我を取り出して剥き出しの自我に負荷を掛けることを思い付いた。
折しも、フルダイブ型のゲームが出始めたことで、あまり怪しまれることもなく世間に受け入れられたのも助かったね。
ところで、普通のフルダイブ型ゲームで遊ぼうとすうとスポーツカー並みの価格の巨大な本体が必要だし、月々の使用料も数万円クラス掛かる。
しかし、昔の据え置き機程度のサイズで、月々1000円の使用料のゲームを運営している会社があるよね?」
「……リンカート社のアシハラ」
斗真の話に心当たりのあった航平はその名を出す。
それはフルダイブ型MMOで、業界シェアトップの大企業。
この親父がそんな大企業に関わっていると言うのは、幾ら何でもと思いつつ答える航平。
「その通り。
リンカート社を立ち上げたベンチャー企業社長で、今はリンカートグループ会長の八神斗真で~す。
驚いた? 驚いた?」
「……母さん」
「……本当よ」
目の前のダメ親父が、大企業の会長とか有り得んだろうと母に助けを求めたが、静かに首を振られた。
「さて、そんなこんなで僕の正体を知ってしまった航平君は大事な物を失います」
「へ?」
「いやさ、ゲーム会社会長の息子がその会社が運営するゲームをやるとか、不正を疑われると思わない?
ただの個人向けなら良いけど、アシハラは日本中の人間が接続するMMOよ?」
「あ、まさか!」
父親の言葉に嫌な予感を覚えた航平が驚愕の声を上げるとほぼ同時に、
ピコン!
と、航平のスマホに通知が届く。
送り主は、アシハラの運営である。
慌てて届いたメールを開くと、
『プレイヤーコウは、今回禁則事項に触れたためそのアカウントを凍結いたします。
また、今回接触した禁則事項が重大と設定されているため、リンカート社が提供する全ての顧客向けサービスから永久除名とさせていただきます。
長年ご愛顧頂きましたこと、スタッフ一同心からお礼申し上げます』
アカウント削除とサービス権利の消失を伝えるものであった……。
これから夏休みが始まって、ガッツリ浸る予定だったアシハラへの入場権利の消失に、ただただ崩れ落ちる航平。
「だから言ったじゃない?
大切な物を失うって……」
「……」
航平が失ったのは、まさかのゲームアカウントだった……。
普通はもっと特別な物じゃなかろうか?
そこで航平は斗真の言葉を思い出す。
「父さんが言っていた時が立つほどってやつは……」
「だって、レベルが上がるほど大切な物は大きくなるだろ?」
「やっぱりかぁぁ!!」
こうして、八神家のリビングに大切な物を失った男の慟哭が響き渡ったのだった。
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