49日

 これは、Aさんから聞いたお話。

 Aさんは幼少期から家族関係があまり良く無かったと言います。

 Aさんに兄弟はおらず、Aさんが小学校2年生の時に両親が離婚しました。

 親権は母親が持ち、Aさんは母親と2人で生活していましたがその生活は悲惨なものでした。

 離婚してからおよそ1年後、Aさんの母親は小学生のAさんを残して外出する事が多くなりました。

 Aさんの食事を忘れていたのか、給食しか食べられない日も多かったと言います。

 Aさんが中学に上がった頃、母親は家に居る事が多くなると同時にAさんを見ると顔をしかめる事が多くなりました。

 「あんたなんか、引き取るんじゃなかった」「あんたさえ居なければ」

 聞こえるかどうかの小さい声で、そう言った母親の言葉がAさんは今も忘れる事が出来ないと言います。

 そのころから、母親はAさんを邪魔な存在として扱うようになりました。

 Aさんが高校に上がると、母親は同い年ぐらいの男を家に連れ込むようになりました。

 その男は仕事をしておらず、毎日のように酒を飲むヒモのような存在でした。

 Aさんの家は決して裕福な訳ではなく、母親がパートで稼いだお金と父から振り込まれる養育費で生活していましたから、むしろ貧しい方でした。

 男はAさんと仲良くしようとしてきましたが、Aさんは内心で男の事を軽蔑していました。

 Aさんは高校を卒業し、パンの製造工場へ就職した事をきっかけに家を出て一人暮らしを始めました。

 家を出ると伝えた時、母親は「そう。お金に困っても頼らないでね」とだけ言ったそうです。

 一人暮らしを始めて三年近く経った頃、母親からAさんに連絡がありました。

 一緒に暮らして居た男と別れた為、また一緒に暮らしたいという内容でした。

 それを拒否したAさんに母親は酷く荒げた口調で「今まで育ててやった恩を返せ!」「やっぱりお前なんか引き取るんじゃなかった! この親不幸者!」等、他にも沢山の罵詈雑言をAさんに浴びせました。

 連絡があった次の日、仕事から帰宅すると母親がAさんの住むアパートの玄関前に立っていました。

 玄関前でAさんを怒鳴りつける母親にAさんは近所迷惑の為、場所を変えようと提案しましたが母親は聞く耳をもたず一方的に「お前が悪い」「親のいう事を聞け」といった内容を言い続けています。

 埒が明かないと思ったAさんは、一緒に暮らす事は出来ないが毎月数万円仕送りをすると言い、母親に帰ってもらいました。

 Aさんは結婚した後も、母親への仕送りは続けていました。

 仕送りを止めるとまた母親が怒鳴り込んで来る事が容易に想像出来たからです。

 Aさんが40歳になった頃、と言ってもこれは最近の出来事ですが、Aさんが寝ていると枕元にAさんの母親が立っていたそうです。

 人の気配がしてうっすら目を開けたAさんですが、立っている相手の顔ははっきり見えませんでしたが、オーラや雰囲気と言った、言語化出来ないある種直感的な感覚から、枕元に立っている相手が母親だと分かったそうです。

 母親はまるで日常会話のような淡々とした声で、Aさんにこう言ったそうです。

「寂しいから、連れて行ってもいい?」

 恐怖のあまり、Aさんは悲鳴を上げようとしましたが声が出ません。

 このままでは連れて行かれてしまう。そう直感したAさんは心の中で嫌だ。嫌だ。嫌だ。と何度も何度も繰り返しました。

 すると枕元に立つ母親が苛立ったような雰囲気と口調になりました。

「あんたは、いつもいつもいつもいつもいつもいつも」

 壊れたラジオのように「いつもいつも」と何度も繰り返す母親は、気が付いたら消えていました。

 いつの間にか消えていましたが、それはAさんにとってとても長く感じたそうです。

 翌朝、寝不足気味に目覚めたAさんがリビングに行くと、リビングの隅に母親が立っていました。

 ここに居るはずがない存在が、当然のように立っていて、瞬き一つしない真顔でAさんをじーっと見つめて来ます。

 明らかに目が合っているのに、母親は一歩も動かずただ見てくるのみ。

 最初は恐怖のあまり自分が幻覚を見ているのだと思っていたAさんでしたが、母親の訃報を聞いたAさんはそれが母親の霊なのだと確信しました。

 それから、今もなお母親はAさんの行く所に常に現れるのだと言います。

 現れて、立って、じーっとAさんをただ見ている。

 私は最後にAさんに質問されました。

「49日経てば本当にあの世に行ってくれるんですよね? 私にとっては49日が唯一の希望なんです」

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ショートホラー集 花水 遥 @harukahanami

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