脱・コース料理RTA 〜精神的スリップダメージを受けながらコース料理を食べた話〜
三重旅行で初めて——では多分無いんだけど、諸事情あって実質初めてみたいなもの——コース料理を頂きました。
コース料理ですよ、コース料理。あのコース料理。
コース料理といえば、やはりテーブルマナーのイメージが強いことでしょう。食器の使い方、食べ方、時間配分——それらを遵守する必要が……まあしなくてもいいんでしょうけど、冷めた目で見られるのは必定かしら。
まず前提として、曼珠ちゃんの生まれ育ちについて。
私粟沿曼珠は茨城県北の山奥の蛮族をルーツに持ち、生まれも育ちも茨城県北のスラムです。
つまりこれまでの人生でコース料理のような高尚なものに触れる機会が全くと言って良い程ありませんでした。
そしてもう一つ、曼珠ちゃんの一人旅について。
一人旅には幾つかの鉄の掟があるんですけど、その中の一つに「旅行先のホテル/旅館の食事はビュッフェにせず、現地の食材や料理を楽しむ」というものがあります。
そんで、私が行ったホテルはビュッフェとコース料理のみの取り扱いとなっておりました。
つまりコース料理を選択する他ありませんでした。まあ正直少し日和ったんですけど、心のイマジナリーカエサルに賽を投げてもらいました。
まとめると、蛮族の血筋のスラム育ちの人間が、己に課した鉄の掟もあってコース料理から逃れられないという状況が確立してしまいました。
もう内心ビックビクですよ。予約確定する直前にめっちゃ汗かきましたし、確定したらしたで「うわあああどうしよおおお」ってパニクってました。自分でやったのに。
とはいえそこは戦闘民族、敵を知り己を知れば百戦危うからず、まずはコース料理のテーブルマナーを調べました。
……んですけど、一つ目のウェブサイトが文章量えぐ過ぎて「ああああああああ!」と発狂しかけたので、別のサイトへ。なんかまどろっこしかったんだもん。
二つ目のウェブサイトは上手くまとめられているし、理解しやすいしで嬉し。「これならいけるでぇ!(フラグ)」と曼珠ちゃんも大喜び。ちなみに内容はちゃんと覚えましたよ。
ふとそこで思い出したのがドレスコードの存在。
色々なウェブサイトを見て回った結果、自分の行くところはドレスコードは特にありませんでした。まあよくよく考えれば、リゾート地的な施設の一角にあるので当然っちゃ当然ですかね。
とはいえ、とはいえですよ。ストリート系寄りのパーカーとナイロンのアウターで突っ込んだら雰囲気ぶち壊しでしょう? キモい顔の時点でスリーアウトくらいいってそうな気もしますが。
カップルとか子連れ夫婦とかしかいない店に単身突っ込める曼珠ちゃんも、流石にコレは精神的にキツいので服を買いに行きました。
ほんで買ったのがただのシャツ。黒色。全身黒の中二病オタクか? って様相ではありましたが、我ながら結構合っていたのでコレでカチコミかけました。思えばパーカーの無い服装をしたのってめっちゃ久しぶりやな。曼珠ちゃん夏場でも薄手のジップアップパーカー羽織ってるので。
あ、ごめん嘘。ジップアップパーカー羽織ってたわ。
よーしこれで突っ込めるぞー! となったのでいざ出陣。
まず席に案内され、着席——
ここで曼珠ちゃん、「おっとー?」ってなりました。
というのも、食事に使う食器類って全部既に並べられているものだと思っていたんですよ。
それでテーブルを眺めたら、ちっちゃめのフォークとスプーン一セット、大きめのフォークとスプーン、或いはナイフが三セット。提供される料理は七種類。
この時点で四種類分の食器しか無かったんです。
更に把握していなかったことがあって、それが食器類が全てセットで使うってことです(まあ食後に色々調べた訳では無いので、レストランによって異なるかもしれませんが)。
それと先述の勘違いが合わさった結果、「この食器類……どういう風に使うのが正解だ……?」と最適解を考える人間となりました。
魚料理と肉料理にナイフを使うじゃろ? だからこれはセットで……この食べやすそうな奴はフォーク一本で食べるのか……?
って具合ですね。もうこの頃には脳内で実況が始まりましたよ。
ありがたいことに一品目は「これ使って下さいねー」って使う食器を指定されたんですけど、二品目からは特に無し。
一番外側にあった食器は右にスプーン、左にフォーク。出された料理は……上手く説明できないんですけど、イカとちっちゃく刻んだパスタを和えた奴、とでも言いますかね。
ここで曼珠ちゃんの脳内実況席が盛り上がります。
「さあ粟沿選手悩んでいる! この料理に使うべきはフォークか!? スプーンか!? フォークか!? スプーンか——フォークを取ったーッ!」
って具合に。こうしないと精神的にキツかったんですよ。
それで食べ終えて、食器を下げて貰って——
使ってないスプーンも持っていかれました。
「おーっと粟沿選手! 食器はどっちも使うものだーッ! これは村八分は免れないッ!」
動揺を晒すまいと平静を装っていましたが、心臓の鼓動ばっくんばっくん言いますし、冷や汗ドバドバドバーですよ。おまけに思考も吹っ飛びました。
とはいえそこは戦闘民族、戦いの中で成長する曼珠ちゃんは「これは一つの料理に対し、二つで一セットとして使うんだな……」と理解。同じ轍は二度踏まない。
これと同時にもう一つの問題も生じていました。それが、時間配分。
こう言っちゃあなんですけど、コース料理って一品一品の量が少ないいくつかの料理を長時間掛けて食べるものじゃないですか。
ホテルのチェックインのタイミングで「食事の時間は二時間くらいですー」と言われ、まあ曼珠ちゃんいつも食べるの遅いし大丈夫じゃろうと高を括っておりました。
……これもフラグです。
普通に食えば、長く見積もっても三分掛かるか掛からないかって具合の量で、料理の種類が七種類プラス食後のコーヒーで、二時間を八で割ると十五。
上記の時間で考えれば、十二分の時間を稼ぐ必要がありました。
そういう訳で曼珠ちゃんは一度に食べる量をなるだけ少なくし、料理→パン→料理→ワイン→……というローテーションで時間を掛けて食べるという戦法を取りました。いやはや、格式高い食事って大変ですよ。勿論それに見合ったむっちゃ美味い料理が提供されますがね。
太腿の間にスマホを仕込み、食い始めた時間と何分経ったかを都度チェック。十五~二十分経ったタイミングで少しだけブーストを掛け、これで上手くやり過ごしました。
ちなみにパンは三種類出されたんですけど、おかわりいりますかと聞かれた際に名前覚えていないので「三つとも下さい」とお願いしました。おかわりの際の一般的なパンの個数は分かりませんが、多分パンキチとか思われたんでしょうな。
そんな感じで緊張感を持って食事を楽しんでいたんですけど、その緊張感に拍車を掛けたのが、店員さんでした。
コース料理って、こっちが食べ終わったタイミングを見計らって食器を下げて、そこから料理を出すじゃないですか。ですので、店員さんは結構な頻度で席を見て回る必要がある——だろうということは、頭では理解していました。
正直それがいっちゃんビビりました。見られているという事実が、「これ俺の食べ方悪くないよね!?」とか「え、早すぎる!? 遅すぎる!?」とか、あれやこれやと考えてしまうきっかけとなってしまいました。
「キモオタが来るんじゃねぇよ」とか「土人は土に還れ」とか——までは流石に思っていないでしょうけど、曼珠ちゃんは極度の人間不信なので、ね。
逆に考えれば、ちゃんと見て回るってのは上質なサービスに繋がるでしょうし、今にして思えば結構大事なことなのかなー、って。
なんだかんだ美味い料理を上手く食べ、ラスト目前。そこで出たのは肉料理。
ナイフとフォークは様々な状況で使いますし、私も慣れたモンですよ(フラグ)。
肉を切ってソースを絡めて——
ソースを零す。
「ああああああああぁ————————っっっ!?(心の咆哮)」
「あーッ粟沿選手ソースを零したーッ!? 断頭台行き確定ですッ!(脳内実況)」
思考も心臓も汗もやっべぇことになりましたよ。「ア、オレ、シンダ」しか考えられませんでした。体むっちゃ熱かったし、心臓の鼓動速すぎて苦しいし。
一応店員さんに謝罪し、後はデザートだけで特にミスること無く食べ終えました。無事では無い。
そんな訳でコース料理を食べたのですが、まあトラブル起こしまくるしメンタルヤバくなりましたしですが、非常に良い経験ではありました。
多分社会に出てコース料理を食う機会って、まあめっちゃある訳では無いにせよ、何度かはありそうじゃないですか。今回はそれの予習と捉えることができます。ミスったことってなかなか忘れないですしね。
料理の値段としては一万円を超えていて、味とか食感とかむっちゃ良かったです。
伊勢海老とかの地元のお高めな食材を使っていて、これまで食べたことは勿論、見たことも無い料理が出てきました。多分そういったのはこういうところでしか食べる機会が無いのでしょう。コース料理だからこそ出せる料理、とでも言うべきか。
野菜を使ったドレッシングは分かるんですよ。曼珠ちゃんの地元の好きなレストランで取り扱っているし、スーパーでも見かけては買っているので。ただ野菜のソースは初めて(恐らく。そうでなくとも意識して食べたのは初めて)で、トロトロとした口当たり、野菜の味と酸味としょっぱさの程良い調和が良きでした。個人的にはパセリソースがいっちゃん良き。
先述の通り一品一品の量は、まあ正直少ないです。ただ飽く迄一品にだけ注目した際の話で、実際はいくつかの料理をゆっくり食べる訳じゃないですか。
時間を掛けて食べると少ない量で満足できる……的なことを確か親が言ってました。自分が小食、かつパンをおかわりしたのもあるかもですが、自分は腹の八割~満腹レベルまでいきました。「ウハハ量少なすぎィッ!」と笑っている方、案外満足できる量ですよ? いや大食らいだから笑うのか……?
普段は食わないような珍しく美味い料理を食べられる、という点では非常に良いものではありますが、(レストラン側が実際どの程度気にしているのかはともかく)テーブルマナー、場合によってはドレスコードもあるってのが実際のところ。
自由に食べたい人にとってはその点が些か厳しいでしょうし、曼珠ちゃんのようにガッチガチに緊張し、視線とかを気にしてしまう人もいることでしょう。
そういったマナー、そして己の在り方と向き合う——謂わばレストランとの、そして己との戦い。その戦いで生存できる自信があるかどうかが、コース料理を食べるか否かの決め手となるのではないでしょうか。
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