第12話 供養と焦り

乗り込んだバスの車窓から流れゆく景色を見て弘樹は思う。

よくここまで歩いてきたなあ、バスの本数があるんだからバスを最初から使えばよかったな。まあ、街歩きも嫌いじゃない、大丈夫だ。

「まもなく美久台駅に着きますよ」

二人は終点の美久台駅で下車する。

そのまま駅構内の券売機の前まで来ると弘樹は券売機へ向かった。

「えっ、田中さん。切符を購入するのですか?」

不思議そうに綾香は視線を投げかける。

そりゃそうだ。現在はキャッシュレス社会。交通系カードまたはスマホを改札にかざすだけで鉄道を利用できる。しかし弘樹はあえて券売機に現金を投入する。

南美久台駅への料金150円区間の往復切符を購入した。

「・・私も鉄道利用ではいつもは交通系を利用しています。しかし旅先ではあえて紙の切符をなるべく利用したいと思っています。旅情っていうか雰囲気が出ますよね」

小さな切符を手にして眺める。

「ほう」

「高校時代、クラスメイトに鉄道マニアがいましてね。彼は紙切符はいいぞ、と私に力説していました。紙切符なら鉄道を利用した気分になれると。彼の気持ちが分かります」

改札に紙切符を通す。隣の改札機に綾香が続く。

「なんでもデジタルの世の中、たまにはアナログもいいかもしれませんね」

階段を降り、列車を待つ。

「まもなく下り列車が参ります。黄色い線の内側にお下がりください」

駅員のアナウンスが聞こえる。

まもなく列車が到着し二人は乗り込み列車は動き出す。

綾香さん、ここ美久台では有名人でしょ。こんな東京から来た馬の骨も分からない男と一緒にいて大丈夫なのかなと思う。

「大丈夫ですよ。変装ばっちりしていますし。イベント時にしか分かりませんから。そして私は他から来た人を我が美久台で案内することに喜びを感じていますから」

弘樹の考えを先回りしたように答えてニッコリと笑顔を見せる。

「・・・」

「それに・・若いイケメン君が相手だから尚更うれしいんですよ・・」

「ハハハ」

列車は南美久台駅に滑り込む。

「切符をお預りします」

「どうも」

一礼して車掌に切符を渡す。

綾香はカードを無人改札機へタッチする。

駅を静かに見渡す。ここで博は人生の最後を迎えたのか。

駅の敷地の隅では若い夫婦がベビーカーを押して幸せそうに歩いていた。

「きれいに整備された無人駅ですね。ここですか。博さんが倒れた場所は・・」

駅改札外のベンチに目をやる。笑顔は自然と消えている。

「そうですね。ここのベンチに倒れこんで息を引き取ったと聞いています」

「・・・」

弘樹は黙って目をつぶり手を合わせる。綾香も同じく手を合わせる。

博さん、無念だったでしょう。あなたの人生の詳細は分かりませんが、あなたの人生は私が受け継いでしっかりと生きていきたいと思います・・

しばらくの静寂のあと、弘樹は目を開けて綾香に頭を下げた。

なんだろう。目に熱いものがこみあげているのが分かった。

綾香は神妙な顔をしていた。

「これで十分か分かりませんが、博さんへの供養ができたと思います。ありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ叔父さんの供養にお付き合いしてくれて感謝ですよ」

同じく頭を下げる綾香。

目を拭う。そして次はどうしようかなと思っていると視線の先に空き缶が落ちているのを見つけた。

弘樹は反射的に空き缶を拾う。

そしてハッと我に返る。ああ、またやってしまったああ。親友の雅敏君に叱られたばかりだろ?そんなことをしているから変な宗教団体に・・・。

挙動不審な行動はやめろ。

「立派な心掛けですね」

綾香は小さく手を叩く。あたふたする弘樹。

すぐにそばに合った自販機の空き缶入れに缶を投入する。

「すみません・・」

「構いませんよ。叔父さんも生前は空き缶拾いに熱心だったと聞いています。こうしてみると田中さんは叔父さんの生まれ変わりだということも分かる気がします」

「うう・・」

落ち着け。

でもなんだろう。

何かリベンジを達成した気分がしてきた。

不思議だ。過去に南美久台駅を訪れたような気分がしていた。

空を見上げる。快晴だ。

「美久台行きの反対列車ももうすぐ参りますし、これから美久台の観光を案内したいと思います。どこへ行きたいですか。おすすめはいくらでもありますよ」

「そうですね・・まず私は市役・・・いえ大型ショッピングモールに行きたいです」

「あはははっ」

綾香が爆笑する。

「弘樹さん。今、市役所へ行きたいと言おうとしたでしょ。もしかして・・」

「はい・・・私は大学卒業後の進路として東京の西中岡市役所への就職を希望しております。街づくりに興味あります故に・・ついつい市役所へ行きたいと思ってしまいまして・・観光旅行に来ているのに・・すみません」

「いいのよ。謝らなくても。弘樹さんって面白い人ね。気さくで楽しい人だと思う」

ああ、何をやっているんだか。しっかりしろ。頭をポリポリと搔きむしる。

「美久台自慢の大型ショッピングモールへ行きたいです。アウトレットで有名ですよね。市役所は後でいいです」

改めて訂正する。気をつけろ。

「分かったわ。では一旦、美久台駅へ戻ろうか」

綾香の口からはいつの間にか敬語が消えていた。

綾香さん、本当に気さくでまるで近所や親戚のお姉さんって感じだなあ。

まもなく列車が小奇麗な無人駅に滑り込んできた。



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