第10話 博との再会と新たな出会い

ハッと我に返る弘樹。さてどうしようか。

綺麗に整備された駅前広場に出る。

観光客や地元民でごった返していた。

大きな石で雲をイメージしたモニュメントを見つめる。

自分の家の最寄り駅の堀境田駅の主要口である西口にもモニュメントは欲しいよな。

住宅地への出入り口である東口にまで作れとは思わないが。

市の財政や芸術家などと相談だけどね。今の僕では要望くらいしか出せないけど。

これからどうする?旅行プランなんて全く立てていなかったのだ。

なぜか弘樹はそれを考えていなかった。

では市職員志望者として美久台市役所へ行ってみるか。地図を見る。

いや、今でなくても良い。一番最初に行かなければならない場所があるような気がするのだ。

地図を閉じてポケットに入れる。そして歩き始めた。駅前道路を横断すると市街地を西へと歩みを進めていた。

どこへ行くか分からない。でも足が自然と動いていた。ゆっくりではなくやや速足で歩く。

駅前空洞化が進んでいるのか。駅に近い場所では空き地が目立っている。工事を始めようとする痕跡はあるが。

どこの街でも駅前空洞化は深刻なんだな、と感じつつも空き地を眺めながら歩いてゆく。

道路脇に歩道を設置する工事も行われていた。中小の街は駅近くの道路でも歩道が狭いか設置されていないケースが多い。人口の流入や観光客の増加で整備の必要に迫られる自治体は多い。財政も用地取得も大変だ。考えさせられるね。

さらに市街地を西に進んでゆく。緩やかな上り坂になっている。美久台は地域全体が緩やかな坂になっていた。西中岡も傾斜のある所も多い。ニュータウン地区でもだ。

だから坂を上るのには慣れているつもりだ。いい運動にはなる。足腰を鍛えられる。

「おいおい、まず観光地へ行くのが普通だろ?何を考えているんだ弘樹」

思わず歩きながら声が出る。でも足は勝手に動く。ひたすら西へ坂を上る。

中央分離帯のある大きな国道を横断歩道で横切った。多数の自動車が国道を疾走している。基本的に美久台は車社会なのだ。東京の鉄道社会とはまた違う実情がある。

更に進む。国道を渡ったら市街地とは違った風景が広がる。建物や住宅は結構あるけれど緑が多くなって閑静な郊外の雰囲気に変わっていたのが分かった。

同時に更に懐かしいような感覚に襲われた。昔、ここに住んでいたかのような。

心臓がドンドンと高鳴ってゆく。僕、ここ初めて訪れているんだよ・・。

何だ!この感覚は!ハアハアと息も荒くなってゆく。

もう2km以上は歩いているぞ。やがて葬儀場の建物の前を通り過ぎる。

葬儀を行っているらしく喪服を着た人々が沢山集まっていた。

すぐに大規模な墓地が見えた。同時に足がガクガク震えるのが分かった。

こんな墓地なんかに何の用があるんだ、引き返せ、とは思ったが足は止まらない。

墓地駐車場を通り過ぎ、墓地エリアへと入ってゆく。息が荒い。胸の高鳴りも止まらない。

やや空きスペースはあるものの、多くの墓で埋め尽くされている様は圧巻であった。墓参りしている人もちらほら見かけた。

少し歩いていくとある漆黒に光り輝く和風の墓に目をやった。

次の瞬間、心臓が止まるのではないかと思うくらいの衝撃を受けた。

「ぐ・・・!!」

そしてよろめくようにその黒い墓の前に立った。墓石を見上げる。

田上家之墓。

なんだ?田上・・知らないな、そう感じたものの気が付けば両手を合わせ目を閉じていた。脚の震えも胸の高まりも不思議と収まっていた。

しばらくの静寂の後、ふと左を向いて墓標を見る。

〇〇居士という戒名が2人位彫られていたがそれに交じって戒名ではない本名を見つけた。

戒名と戒名に挟まれた形でその人の名は刻まれていた。

しばらくまじまじと墓標を見つめる。指でなぞる。

田上博。タガミヒロシ。40才。

知らない、誰なんだ。でも不思議と嫌悪感は感じなかった。むしろ親近感すら覚えた。自分の名前は田中弘樹。タナカヒロキ。

氏名が似ているではないか!これは偶然か?そして何故彼だけが戒名ではないのだ?

これはいったい・・・弘樹は首を傾げて考えた。分かるわけがなかった。

でも旧友に会えたような安心感すら覚えて、さっきまでの不安感など吹き飛んでいた。自然と笑顔がこぼれる。ああ何だろうなあ。

その時だった。

「あ、いたいた!彼なのかな?」

ふと若い女性の声がした。思わず声のする方を向く。

眼鏡をかけて長い薄い茶髪を後ろで束ねた女性が小走りでこっちへやって来る。

田上家の墓の前まで来ると彼女は一礼する。

あっけにとられていると

「ええっと・・あの・・・大変失礼ですが、あなたは田中弘樹さんですか?」

「・・・えええ~!!!」

思わぬ訪問者に驚愕し、のけぞる弘樹であった。









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