第9話 運命の地、美久台へ
1月4日午前。晴れ渡る青空の下、多くの企業や官庁が今年最初の仕事を始動させる中、人ごみでごった返した東京都内の某私鉄の主要駅である九由里駅のホームを行く弘樹の姿があった。
スーツケースを引き、チケットを片手に腕時計で時間を確認する。
「特別な旅行になりそうだな。そんな気がする」
駅のホームに腰を下ろす。恩師の斎藤教授に旅に出ろと言われて衝動的に選んだ旅先。ふうっと息をつく。
吉岡県美久台市。関東の隣に位置する観光高原都市。
何故、美久台なのか?自分でもよく分からなかった。
西中岡よりも規模が小さいが全国的にも有名な都市である。
そういった要素に興味があった?それだけでない。何かに引き付けられる感じがしていた。なんとなくではあるが・・。
「11時ちょうど発、特急みくだい3号美久台行きがまもなく到着します。黄色い線の内側にお下がりください」
アナウンスからしばらくしてマリンブルーの特急列車が駅のホームに滑り込む。
「ええっと席はここか」
チケットに印刷された指定座席に座る。
乗客も混んできた。昼食の時間帯になろうとしている。駅弁を食べ始める乗客、さっそく缶ビールを片手につまみを楽しむ乗客が沢山いた。
「駅弁かあ・・やはり特急列車や新幹線での食事は駅弁なんだろうな。さっき駅そばしちゃったし。まぁここの私鉄の駅そばは絶品なんだけどね。よし、今度乗るときは駅弁にしよう」
他乗客のご馳走に思わず涎が垂れそうになる。やはり鉄道旅は駅弁が醍醐味なんだよな。にわか乗り鉄ではダメなんだ。
特急列車が動き出す。動きゆくビル群の景色。チケットを再び見る。
到着は12時25分。昼過ぎか。しばらくの間どうしてようか。揺られながら考える。不思議とスマホを見る気にはなれなかった。
大学の都市計画のテキストを持ち込んでいた。テキストを開く。しばらく目で追う。
何をやっているんだ、旅行だぞ。勉強のことは忘れろ。
テキストを閉じてスーツケースの中へしまう。
僕は今日、何かおかしい。得体のしれない感情が湧き出る。なんだろう。
「しばらく寝るか。眠くないけど」
ゆっくり目を閉じた。不思議と意識が落ちるのに時間はかからなかった。
「これより特急3号みくだい号はJR美久台線に入ります。次は終点、美久台であります」
車掌のアナウンスに目をハッと覚ました。次の瞬間、胸がキューンと高鳴るのを覚えた。胸痛でもない、胸騒ぎでもない、なんだこの感覚は!
まだ開けていない缶コーヒーを開け、喉に流し込む。
そうだ、懐かしいという感覚か。何処かで聞いたことがある。長く故郷を離れていた者が生まれ育った郷里に近づくと高鳴る感覚。
弘樹は地元東京の大学に通っているから分かりづらいが地方に実家がある者が帰省すると感じる感覚。地方から出ている学生からはその感覚を学内で聞いていた。
震えが来た。止まらなかった。落ち着け、なんなんだよ、縁もゆかりもない美久台なんかに・・・
車窓の景色は見慣れた都市部ではなく、森林や自動車が連なる幹線道路や田畑といった地方の光景そのものだった。そして山間部に入りいくつものトンネルを通過してゆく。山間部の河川も渡ってゆく。
その光景は初めて見る光景には違いがなかった。でも既視感を覚えていて胸が締め付けられた。デジャヴ?まさか!
車窓に目を向けても初めてではあるが初めての風景には見えなかった。見覚えがある錯覚にとらわれた。おかしい。なんだ?顔を歪ませ体をガタガタ震わせえる。
その挙動不審な弘樹の動きに後方の乗客が不審がってこちらを心配そうに見ていた。
マズイ、落ち着けよ弘樹!自分で必死に言い聞かせていた。
次々と山深い場所にある小さな駅を通過していく特急列車。
なんだろう?どの駅も降車した記憶があるような、ないような。そんな錯覚がよぎる。そして・・・
「まもなく特急みくだい3号は終点、美久台駅に到着します。長らくの御乗車お疲れ様でした」
アナウンスと共に車窓の視界が開ける。美久台市の市街地が迫りつつあった。
大規模な運動公園が見えた。終点は近い。
「・・!!!」
弘樹はずしんと来る感覚に襲われた。怖い?まさかね。いや懐かしいという感覚だ。
汗がダラダラと垂れる。なぜ?1月の冬だぞ。
怖いと懐かしいという気持ちが入り混じった複雑な感情が弘樹を挙動不審にさせていた。
「終点、美久台。お忘れ物がないよう、お願いします。今日も特急みくだいを御利用いただき、ありがとうございました」
弘樹は恐る恐る美久台駅のホームに降り立った。沢山の乗客が列車から吐き出される。観光客がやはり多い。外国人の姿も見る。
「うう!寒い!厚手の服を着て良かった~」
美久台に着いて初めて思わず発した言葉がこれ。
吐息が白い。
高原都市だけあって標高のせいもあるのだろう。
フラフラと歩きだし駅の階段を上る。心臓がややバクバクとしている。
やはり、ここに来るのは初めてではない!奇妙だ!弘樹の心が叫んでいた。
切符を自動改札機に投入すると券売機の横を通り過ぎてコインロッカーにスーツケースを預けた。
そして駅前に向かって歩みを進めてみる。階段を下りる。
西口の駅前に出る。中小のビル群が立ち並んでいる。
東京ほどの都会ではないが、寂れた田舎というわけでもない。適度な活発さが駅前にあふれていた。ビルの間から除く山々が白く化粧されていて美しい。
「ただいま・・懐かしい・・」
無意識に目をトロンとしたまま、そんなセリフが自然と出てきて天を仰ぐ。
晴天の美久台であった。
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