第十一話 再会
京極家を滅亡の淵にまで追い込んだ六道幻那の事件は、公式に京極家を筆頭に六家とともに首謀者とその配下の妖魔を撃退したという形で発表された。
その際、疲弊した京極家の復興を六家と星守が支援することも表明され、また京極家から当主の娘の渚を星守に養子に出すことで関係を強化することも伝えられた。
六家の後釜や勢力拡大を狙う一族や新進気鋭の退魔師集団もいたが、六家と星守がさらに強い結びつきとなり、政財界にも星守などがあらかじめ働きかけていたため、京極を切り捨てる動きはほとんど起こらず、混乱を狙っていた者達は何も出来ずにいた。
また罪業衆の残党や六家に恨みを持つ者や組織も、京極を狙えば星守が動くとことになるため、行動に出ることは無かった。
これは星守が特級妖魔三体の襲撃を、苦も無く退けたことを大々的に公表したからでもある。
最上級妖魔でも大多数の退魔師や妖術師からすれば破格の力を持つ化け物だというのに、その上の特級妖魔を同時に三体も倒した。また界隈に流れる噂で実は特級では無く、超級妖魔が三体だったと出回ったことで、星守はやばいとより浸透することになる。
星守には手を出すな。ある程度の力と情報収集能力を持つ者達の中で、その言葉が広まり認知されることになる。
その星守が後ろ盾に付いたため、力を大きく落とした京極家とはいえ、手を出すのはリスクが高すぎた。
星守も当主朝陽と先代明乃が共同で、理不尽に何者かの攻撃を京極が受けた場合は、戦力の融通を行うと宣言したのも大きい。
星守には明乃、朝陽、真昼の三本柱に、守護霊獣がいれば最上級妖魔中位までなら倒せるだけの術者が分家にも存在しているため、迂闊に手を出そうと考える輩は皆無となった。
京極の主力の壊滅でそれなりの混乱は起こった物の、朝陽が話し合いの場で取り決めた取引と相互協力の締結で、京極が請け負っていた案件を他の六家が負担したり、SCDの介入で様々な面での取りなしが行われたことで最小限に抑えられることになった。
それでも京極家も亡くなった者達の葬儀や手続きに時間を費やされた。さらに病院に運び込まれた者達の容態が判明するにつれ、彼らは一喜一憂を繰り返すことになる。
当主の清彦は意識を取り戻し、回復に向かっていたが、衰弱していた先代当主・清丸が逝去した。
年齢もあり、幻那の攻撃と呪いに耐えきれなかったようだ。儀式に参加していた長老衆は皆帰らぬ人となった。生き残った者は若い者が中心だった。
しかし生き残った者達も全員が何の後遺症も無く無事だったわけではない。
呪いの影響は真夜のおかげで軽減されてはいたが、幻那の渾身の術式は彼らを蝕んだ。全員では無いが、五体満足な者も霊力が減衰したり、霊器を出せなくなったり、現役は続けられるが弱体化を余儀なくされた者が出た。
当主も現役を続けることは出来ないほど弱体化し、その子供で渚の異母兄姉の清貴、清治、清羅の三人も五体満足ではあったが霊力が落ちたり、霊器を安定的に顕現できなくなってしまった。
この現象は京極の直系に近いほど顕著であり、分家などではその影響はまだ少なかった。
ただ渚に関しては真昼が先に治療したのと、真夜の霊符が何とかギリギリまで渚を守っていたため、影響は無かったようだ。
これを受け、京極家は次期当主の選定が難航するであろうと懸念した。
現当主の清彦は最近では現場を離れて久しく、右京が力を上げたことで、現在の体制はそのままでも問題は無かった。しかし事件が事件だけに清彦が責任を取り、当主を退く必要も出てきた。
だが話し合いをするにも責任ある立場や話し合いに参加できる立場の者が大多数亡くなっているため、すぐに建設的な話し合いが出来る者でも無い。
そのため現状が落ち着くまでは清彦をそのまま当主の立場に置き、先に立て直しを行うことをSCDや星守、六家が提案したため、京極家は立て直しに奔走することになる。
そしてそんな混乱の中、渚はというと……。
◆◆◆
「真夜君の入れてくれるコーヒーは、やはり落ち着きますね」
「相変わらず、大げさだと思うけどな」
「いえ、私にとっては大げさでも何でもありません」
渚は真夜にきっぱりと告げる。渚は、マンションの真夜の部屋で彼に入れてもらったコーヒーを堪能していた。
六道幻那の事件から一週間後の真夜達のマンション。
渚は病院での検査の後、特に問題もなく健康体であると診断され、一族の葬儀やある程度の後始末を付けた後、彼女は朝陽が多少強引に京極から引き離し、下宿先のマンションへと戻された。
これは下手に彼女が京極に残って、長老衆や他の者にいらぬちょっかいを出されても困るからでもあったのと、他の生き残った一族の中で何の後遺症も無い者が少なかったため、やっかみを受けないようにするためでもあった。
右京もまた朝陽の提案を受け入れた。大方の話し合いも聴取も済んでおり、事後処理もある程度はめどが付いた。
またこれからの復興に関して星守に養子に行く渚にさせるのは、重要情報の持ち出しの危険もあるのと、下手にごねて朝陽の機嫌を損ねるのもマズいと長老衆も納得したからでもある。
長老を含め、明乃に目を付けられている中で、朝陽は彼女に対する防波堤だ。朝陽は明乃と違って苛烈では無いので、彼が陣頭指揮に立っている内は安心できた。だがその朝陽の機嫌を損ねてしまえば、今後自分達の立場も危ういと判断したようだ。
「ほんとお疲れ様、渚、真夜。はぁ、でもなんて言うか、真夜の部屋でこうやって三人でいるのって落ち着くわよね」
朱音も渚と一緒にマンションに戻ってきて、当たり前のように真夜の部屋でくつろいでいた。
彼女も京極家での独断専行が問題視されていたが、結果的に朱音や凜、彰が行動しなければ京極家の者達を助けられなかった事を加味され、厳重注意と向こう三ヶ月のお小遣い減で手を打たれた。後の事は大人が対応すると言うことで、簡単な事情聴取や火野一族での事後処理を済ませれば戻ってこれたのだが、自分一人だけ先に戻って真夜に会うのは、何となく渚に悪いと思ったので、渚とタイミングを併せた形だ。
真夜もあの後、精密検査をしたが特に問題ないということで、一日の入院だけで退院を許可されたため、先に一人で戻ってきていた。
そしてようやく三人が前のように、マンションにて一緒に揃う事が出来た。
「……でも驚きました。まさか真夜君に抱きしめられるなんて」
「……ほんとに。電話でもそうだったけど、なんかこう……ね?」
二人はどこか気恥ずかしいような、しかしうれしそうな表情を浮かべている。二人は真夜と直接顔を合わせた直後、二人同時に引き寄せられ、抱きしめられたのだ。
「あー、いや、それに関しては、ちょっと強引だったとは思ってるが……」
真夜もぽりぽりと頬をかく。二人の顔を見た直後、感情が爆発した。
流石にまだキスなどをする勇気は無かったが、真夜としても無事な二人の姿を見て、愛おしさが止まらなくなったのだ。
「いえ、驚いただけです。決して嫌ではありませんでしたし、とても嬉しかったです」
「そうそう。あたしも、その、真夜が無事で本当に安心したし、抱きしめられて幸せだなって思ったくらいだし!」
抱きしめられた二人もまんざらでは無く、真夜のぬくもりを感じ多幸感に包まれた。しばらくの間、三人は抱き合ったままで、二人も真夜の背中に手を回していた。
「とにかく二人が無事で本当によかったって思ってる」
「私の方こそ、改めて真夜君と朱音さんに礼を言わせてください。ありがとうございます」
「あたしはほとんど何も出来なかったから、お礼を言われるほどじゃないわ」
「いや、朱音が行動してくれなきゃ、俺は間に合わなかった。朱音にも本当に感謝してる」
真夜も朱音、渚から事の次第を聞いていた。朱音が行動してくれなければ印となる霊符が足りず、ルフがいてもあのような空間を破壊しての転移は出来なかった。
「まあ凜や雷坂にも今度礼を言っとかないとな」
朱音だけでは無く、凜や彰にも借りが出来たなと真夜は考え、凜の場合は真昼関係で、彰は手合わせで穴埋めをしようかと検討する。
「はい。今回は他にも多くの方に助けて頂きました。そのおかげで、こうやってまた真夜君と朱音さんと一緒にいることが出来ますから。それと先日も言いましたが、改めましてふつつか者ですが、今後とも何卒よろしくお願いします」
今にも三つ指で頭を下げそうな渚に真夜もこちらこそよろしくと頭を下げる。
「それと朱音の方もできる限り早く何とかするから、しばらくは我慢してくれ」
「大丈夫よ。真夜がそう言ってくれるなら、あたしも待つから。でもお父様は結構厳しいかもしれないわよ?」
どこか面白そうに笑いながら言う朱音に、真夜も苦笑する。
「一発殴られるくらいは仕方が無いだろうな」
紅也は一人娘の朱音を大切にしており、彼自身妻一筋であり、一夫多妻制が認められている退魔師でもあまり良い印象を持たないだろう。
「そこはまあ、あたしもうまく言うから。お母様にも頼んで説得してもらうし。それでもだめなら、最悪は真夜がのしちゃって!」
「親父と似たようなことを言うなよ。親父さんが可哀想だろ」
友人と娘からこのように言われる朱音の父が不憫でならないと真夜は思ってしまった。
「とにかく、二人とは今後の話し合いもしたい。無茶した影響でしばらくは弱体化した状態だしルフも喚べねえが、心配しなくてもそこらへんの奴らには負けないし、高野山の時の雷坂への対処みたいにやり方はいくらでもあるからな」
真夜は今の自分の状態を包み隠さず伝える。この一週間、どれだけ今の自分が弱体化しているのか検証もした。霊力量やら顕現できる十二星霊符の枚数。そこから使用できる術の種類や威力など。
異世界に行く前の自分と比べるのは論外だが正直、帰還時の時から考えても大幅な弱体化であった。
しかし並大抵の相手には余裕で勝てるし、上位の使い手でも彰の時のように対処は難しくはない。
「でも無茶しないでよ、真夜。あんまり頼りにならないかもしれないけど、その間はあたし達に頼ってね?」
「はい。私も朱音さんほどではないですが、強くなりましたし、霊器も顕現できるようになりましたので」
「えっ!? 渚、霊器を顕現できるようになったの!?」
朱音はまさかの事態に狼狽した。
「はい。秘中の儀の影響もあったと思いますが、何とか顕現できました。まだまだ朱音さんには届かないでしょうが、これで少しはお二人に戦いの方でも役に立てると思います」
謙遜する渚だが、朱音からすれば霊器が使えなくても渚は十分に強かった。特に式神を用いた戦闘では、朱音も気を抜けば負けるほどだ。いやそれ以外もすべての術を使える渚が霊器まで顕現すれば……。
「朱音、気持ちはわかるが焦るな。俺も異世界で経験があるが、焦っても碌な事にならなかったぞ」
真夜は朱音が表情を変えたことで、先に釘を刺すように彼女に言った。
「でもあたしは渚みたいに器用じゃないし、強さでも負けてたらあたしの価値がないじゃない」
「少なくとも一撃の強さなら、霊器を使えるようになったって言っても、たぶん渚じゃ朱音に届かねえだろ。俺の体術の師匠の受け売りだが、相手と同じ事をするんじゃ無くて、自分の得意分野を伸ばしていけって言われた」
真夜も異世界ではかなり苦労した。
真夜が出来ることは、はっきり言えば他のメンバーでも可能なことであったのだ。
補助、回復、結界、浄化、他者の強化は聖女でも出来た。むしろ彼女の方が回復や浄化は優れていたほどだ。
戦闘面でも勇者、剣聖、武王に、破壊力でも大魔道士に劣った。
聖騎士も戦闘力では他のメンバーに大きく劣ったが、パーティーの指揮官、全体を見通し戦局において采配を振るい、個々の力を最大限に引き出し勝利へと導く役目を担っていた。
そんな中、皆のそれぞれの下位互換でしかなかった真夜は強くなっても悩む日々が続いた。守護者として、タンクの役目を担い、皆を守り続けてきたが、聖女も大魔道士も防御魔法などを使えたため、本当に自分は必要なのか、皆の役に立てているのか不安を抱くこともあった。
「情けない話だが、自分がいる意味があるのか、このパーティーに必要なのかって何度も悩んだし焦ったりもした。まあ皆が俺を必要としてくれたし、何とか自分の戦い方を確立したから、終わりの方はそんな不安はほとんど無かったけどな」
だからこそ真夜は朱音の気持ちが痛いほど理解できた。
「いい機会じゃねえか。もう一回、自分を見つめ直して自分の強みは何なのか、何を伸ばせば良いのか考えて見ろよ。一人じゃわからなけりゃ、俺でも渚でもいいから相談しろよ。一人で悩んでても、抱え込んでても解決するのは難しいぞ。俺もそれで苦労したしな」
真夜も仲間からのアドバイスを元に、自分なりに考え形にし、修練や実戦を通して確立させたのが今の自分だ。朱音もこの壁を乗り越えれば、さらに高見に上れる。そう真夜は確信していた。
「まあ俺もリハビリがてら、修行には付き合うさ」
「もう、簡単に言ってくれるじゃない。でもそうね、相手を羨んでも何も変わらないしね。行動あるのみ! 見てなさいよ! あたしも渚に負けないようにもっと強くなるんだから!」
朱音も気合いを入れ直す。六道幻那の事件でも何も出来なかった。霊器を顕現したと言っても、渚の戦い方が大きく変化するわけでは無い。今までと同じように、自分は彼女と同じ戦い方ができるわけではない。
なら真夜の言うとおり、自分の強みを生かし、自分の戦い方を磨くべきだ。
「それでこそ朱音だ」
「そうですね。でも朱音さん、私も負けませんからね」
「望む所よ! あたしももっと強くなって、真夜の横に立つのが恥ずかしくないくらいになってやるんだからね!」
意気込む渚と朱音。それを見守る真夜。
三人の日常。真夜が守りたいと強く願う二人と時間と、そんな真夜と共にありたいと願う朱音と渚。
真夜が命をかけて守った三人の日常が、また始まるのだった。
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