第九話 締結

 

 真夜が意識を取り戻したことに安堵する事情を知る面々。渚や朱音はもちろん朝陽や真昼に楓、彰や凜も内心で喜んでいた。


 だがその様子を見ていたこの場の多くの者は、彼らの態度に疑問を覚えた。


 ここにいるのは退魔師の中でも上位に位置する者達であり、それぞれの一族を束ねる当主達もいる。彼らの態度に違和感を覚えたり、何かあると当たりをつけていた。


(……真夜が回復したことは喜ばしいが、この場への連絡は悪手だ)


 そして朝陽もまた難しい状況へと追い込まれていた。先ほどの自分の発言の真意がどこにあるのか、勘の良い者は気づくだろう。すなわち、息子とは真昼では無く真夜であると。渚の態度がそれに拍車をかけるだろうし、連絡をしてきた真夜に注目が集まりかねない。


(私への伝言を隠れ蓑に連絡するにも限界がある。真昼ならともかく、朱音ちゃん経由の私への伝言も問題だ。私が依頼していた事も質問されれば厄介だし)


 二人を安心させたい真夜の意図はわかるし、朝陽もそれをとやかく言うつもりはない。だがタイミングと場所が悪すぎた。


 もしくは真夜はこちらの状況がわかっていなかった可能性もある。朱音が話し合いの場にいるなど、思っても見なかったのか、あるいはその場合は出ないだろうと思っていたのだろうか。


 だがこの状況においては、いつもの真夜ならしないであろう大きなミスだが、電話に出るように促したのは自分だ。真夜を責めるなどお門違いだ。朝陽はここから上手く立ち回るための策を考える。


(……先ほど真夜は先代にも連絡したと言った。母様に連絡をしたと言うことか? ならば状況はある程度は把握できていたはずだ。真夜も焦ったのか?)


「朝陽はん。息子さん、どないかしよったんですか?」


 思考の渦の入る朝陽に右京が声をかけた。


「いや、なに。先の星守への襲撃で少々問題が起こっていたのでね。真夜にはそのことで少しこちらから頼み事をしていてね」


 あまり嘘をつくわけにはいかないので、当たり障りの無い言葉を述べる朝陽。だが右京は何かに気づいているかのような笑みを浮かべている。周囲も僅かに観察するが、他の六家の当主達も少々気になる様子だった。


 と、そんな折りだった。朝陽のスマホに着信が入った。確認すると、それは明乃からだった。


「……先代からだ。出ても構わないかな?」

「こっちは構いまへんよ。どうぞどうぞ」

「すまないね。……私です」

『朝陽。交渉ご苦労。こちらでの仕事はほぼ終わった。そちらの状況を教えてもらおう。交渉はどうなっている? まだ話し合いの最中か?』


 朝陽は明乃の言葉に疑問を覚えた。連絡は交渉が一段落してからと朝陽からするという事になっていた。それが途中で連絡を入れてきたのだ。怪訝に思いつつも現在まで決まっている話を明乃に行うと同時に、現在は渚に関して、他の六家の前で京極と交渉中と伝える。


『なるほど。こちらの仕事は済んだので、私もそちらの交渉に参加したいと思ってな。電話越しではあるが、途中参加をさせてもらう』


 有無を言わさぬ声で告げられる言葉に、朝陽は何か思惑はあるのだろうと思い周囲に断りを入れる。


「先代も電話越しに交渉に参加したいとのことです。よろしいでしょうか?」


 京極家の長老からすれば、明乃の参加は出来れば見合わせてもらいたかった。明乃は他家に対しては容赦がない。


 最近は丸くなってきたようだが、先代清丸の時代からの明乃を知る者達から見れば、恐ろしさという意味では朝陽以上である。


「ほな、先代にもお話に参加してもらいましょ。挨拶が遅れました。京極右京です。交渉の責任者をさせてもらってます」

『右京殿か。ああ、こちらこそよろしく頼む。さて、朝陽が交渉を進めてくれており、全権を委ねた上に私は先代という立場故にあまり口を挟みたくはないが、今回の件のいろいろな裏が見えてきたのでな。確認中だが、これらの事が事実だとすれば、星守としては京極との協力を考え直さなければならないほどのな』


 スピーカー状態から話される明乃の発言に京極だけで無く、他の六家も息を飲む。


「……何かありましたん?」

『それに関してはこの場での言及を避けよう。不確かな情報ゆえ他の六家もいる中で、迂闊な事は言えん。だが六道幻那が京極を襲撃した動機に関する物とだけ言っておこう』

「お言葉ですが、京極家は六道一族の生き残りを討伐しています。その逆恨みなのではないのですか?」


 明乃の言葉に反応したのは枢木隼人だった。彼はこの場でまとまりかけ、京極復興に必要な星守の支援が滞る、あるいは頓挫することを懸念したからだ。


『それだけではない可能性が出てきた、とだけ言っておこう。まだ確定でもなく、裏も取れていない。間違いの可能性もあるからな。あと星守の襲撃の件も絡んでいるが、だがそれらが事実であったならば、星守は京極との協力関係を見直す必要がある』

「先代、それは!」


 朝陽もまさかの言葉に声を上げた。


(母様は何を考えているんだ? 真夜から何かを聞かされたのか? それにこの場にてこのような事を言う意味は何だ? 交渉がまとまりかけてきた中で、真夜からと母様からの電話。こちらの思惑がすべて壊れかねない!)


 明乃がどうして場をかき回すような発言をするのか、まるで今までの交渉努力を無駄にしかねない行動と言葉に、朝陽は何とか真意を読もうとする。


『………それと京極渚の件だが、今後の扱いに関してはどう説明している?』

「それに関しては息子との婚姻も視野にいれていると説明しています」

『息子か。……お前は真夜との婚姻も視野に入れてはいまいな?』


 ここにきて、朝陽はさらに混乱した。今この場で、真夜の名前を出すことはデメリットでしかない。そんなことがわからない明乃では無いはずだ。


『私は先日の合宿にて、京極渚の実力をこの目で見たので、今後次第では真昼との婚姻に関しては了承した。しかし落ちこぼれの真夜との婚姻は認めはしない』


 明乃の口から落ちこぼれという言葉が出たことに、朝陽ははっとした。


(まさか母様は……)

『真夜と京極渚の関係については多少は聞き及んでいる。だからといってそれとこれとは話が別だ。京極も真夜との婚姻など納得はしまい。私がこの場でこの事を言及したのは、京極だけでは無く六家にも話を通すためだ』

「では先代はどう言ったお考えですか?」

『お前の顔を立て、京極渚を養子にする件は私もこの場で京極に求めよう。もしこれを拒否するのであれば、お前の好きなようにして構わん。だが婚姻に関しては私の意見はお前とは違う』


 一族内の不和を晒している状況に京極を含めた六家は、明乃の言葉に耳を傾け集中している。


 だが星守明乃と言う人間は、このような場でこのような醜態を晒すほど愚かであっただろうか。明乃を詳しく知る人物ほど、疑問に思っていた。


『正直、今私は色々な事に腹を据えかねている。このような六家が集う場で、私がお前と対立する発言をする意味をよく考えろ』

「それほどのことがあったのですか?」


 朝陽は語気を強める明乃に問い返した。


『そうだ。だからそれも踏まえ、この場にて私はここまで言っているのだ。そしてお前が京極渚と真夜の婚姻を進めたいのならば、私を納得させるだけの材料を提示しろ』

「……つまりは真夜に母様が認めるだけの力(・)と実績(・・)を示せと、そうおっしゃられるのですね?」

『そうだ。真夜がこれで奮起し、誰もが納得するだけの力と実績を示せば良し、出来ないのならばそれまでのこと。先日の合宿では多少はマシになっていたが、あの程度では認めない。私に認められなくて、どうして他家との婚姻を進められる? それにこの条件ならば京極も問題なかろう?』


 先日の高野山の一件では、明乃が真夜に引導を渡そうとしているのではないか、また朱音と真昼の婚姻を進めようとしているのではないか、そんな噂が出回った。


 それらは朝陽や結衣が否定し、真夜を成長させるためと、和解した兄弟二人で修行することで良い影響を与えようとするものだとした。


 今回の明乃の言葉は、多くの者は落ちこぼれの真夜を成長させるためのものであると同時に、京極を納得させるためのものだと見た。


 確かに明乃の言葉は辛辣だが間違ってはいない。京極にしても他の六家にしても星守というだけで、落ちこぼれの真夜との婚姻は二の足を踏む。


 京極はもちろん、他の六家の者達も明乃の言葉に納得するし、京極の長老達は真昼との婚姻が濃厚になった事で、より前向きに渚を星守に養子に出すべきかと考える。明乃も渚の養子に関しては認めている。


 しかし一部の者は、落ちこぼれに対してあまりにも厳しい試練だと思った。


 明乃が認め、周囲が納得するだけの力となれば、真昼ほどで無くとも霊器使い並の強さと実績を求められる。


 真夜にとってはかなり難しいと思われる条件に、大多数は同情ぎみである。


 またこの場の者達は星守の先代と当主が現時点において、考えに隔たりがあること、真昼と真夜の扱いについては以前と変わっていないと認識した。


 無論、中には明乃の言葉に違和感を感じる者もいたが、この場においては少数であり、その真意まで見抜ける者はいない。事実を知る者達以外は。


「……わかりました。こちらとしても不本意ではありますが、私は息子の成長を信じていますので」

『……この話はこれで終わりだ。この場の六家の皆には身内の恥を晒すようですまなかった。しかし当主にはこのような場で釘を刺しておかなければ、この件に関しては強引に進めかねなかったのでな。そして今回の事件、徹底的に調査させてもらう。さて、交渉の続きだが……』


 場の空気が悪くなっているのを感じた明乃は、謝罪を行うと交渉に戻るように話しを変えた。


「ここからは私が進めます。息子の件でそちらの話を飲んだのです。後は私にお任せを」

『……わかった。ここからは私は口を挟まん。京極との関係見直しも事実がどのようなものであろうとも、お前にすべて任せよう』

「わかりました。ではそのように……。先代が申し訳ない。改めて私からも謝罪いたします。しかし先代が何を懸念しているかはわからないが、これほどまで言うということは相当なこと。しかしそれを踏まえても私は彼女を養子に迎えたいし、協力関係や支援をさせてもらいたいと考えている。さて、最後にもう一度だけ右京君に聞こうか。京極家は彼女を星守の養子に出すのか否かを」


 朝陽の言葉に右京はしばらく思案した後、返答を口にするのだった。




 ◆◆◆



 ぶるるるるる


 病室で横になっていた真夜は振動したスマホを手に取るとディスプレイを確認すると、僅かに唇を嬉しそうにつり上げると、即座に通話ボタンを押した。


「もしもし」

『もう! ほんと真夜の馬鹿! 馬鹿! 馬鹿ぁっ! 無茶しすぎよ! どれだけ心配したと思ってるのよ!?』


 開口一番に朱音に大声で怒鳴られた。周囲に誰もおらず、おそらく簡易結界を展開して会話が聞こえないようにしているのであろう。


「そう怒るなって、朱音。無茶したのは自覚してる。てかバカバカ言い過ぎだろ」

『朱音さんの気持ちは尤もだと思いますよ、真夜君。私のせいではありますが、真夜君が意識不明になって、私も朱音さんも気が気ではありませんでした』


 渚も苦言を呈した。今回の真夜の重傷は渚に責任があるわけでは無いが、自分を助けに来なければ起こらなかった事だけに、彼女も気に病んでいた。


「それは悪かったって。あと渚のせいじゃねえだろ。俺としては渚が死ぬ方が、自分が死にかけるよりも何倍も嫌だったからな。本当に渚が無事で良かった」


 電話越しではなく直接会いたいのだが、真夜はまだ念のための検査があり、渚や朱音もまだ京極の本邸を離れられないので、今は電話で我慢するしか無い。


「それで渚は身体の方は大丈夫なのか?」

『はい。今のところ異常はありません。この後、念のために病院にて精密検査を受けることになっていますが。あとその台詞はこちらが言いたいことですよ?』


 渚は自分の事よりも真夜の方が重傷であったので朱音共々、真夜の身体の方をより心配していた。


「まあ俺の方は問題が無いわけじゃねえが、時間をおけば解決する問題だから、心配するな。こっちも大丈夫だから。二人にも心配かけて悪かった」

『もう良いわよ。真夜が無事だったんだし。それよりもこっちも色々とあったのよ!』

「渚の件で婆さんと親父がうまいことやってくれたんだろ?」


 朱音がどこか興奮した声で言うが、真夜はまるで知っているとばかりに答えた。


『へっ?』

『真夜君、ご存じだったんですか?』


 まさか真夜が知っているとは思っていなかったのか、朱音は気の抜けた声を上げ、渚も僅かに驚いたような声を上げる。


「まあな。婆さんとその事で話をしたからな」


 明乃との電話での話し合いの最後に、すべて任せておけと力強く言い放った祖母の事を思い出すと、真夜は苦笑した。


「それで? 一応どうなったか、聞かせてくれるか?」

『はい。京極家は私の身を星守に預けることを決めました。あと婚姻に関しても真夜君が力と実績を示すことを条件に認められました。それともし出来なければ私は真昼さんの婚約者候補となるとのことです。ですので、真夜君。ふつつか者ですが、今後ともよろしくお願いしますね』


 電話の向こうで満面の笑みを浮かべながら嬉しそうな声色で、渚は真夜にそう告げるのだった。


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