第八話 連絡


『……すまなかったな、真夜。聞き苦しい物を聞かせた』


 どれだけ時間が経っただろうか。ようやく落ち着いた明乃が電話越しに真夜へと謝罪の言葉を述べた。


「別にいいさ。気にするなって」


 病室のベッドで上半身だけを起こした状態で電話を続ける真夜は、明乃を茶化すことも無くどこか穏やかな声色で返した。


「まあとにかく婆さんとあの人には感謝してる。またあの人の好きだった物でも教えてくれ。今度、そっちに帰った時にでも墓参りがしたい」

『……ああ、そうしてやってくれ。私もあいつには感謝してもしきれないな。昔からあいつは本当に……』


 電話の向こうの明乃は、文句を言っているがいつになく嬉しそうな声色だった。


「気が向いたら、あの人の話も聞かせてもらいたいもんだ」

『ふっ、またゆっくりと聞かせてやるさ。……さて、あいつの話もいいが、これからの話もしたい。まだ電話を続けても大丈夫か?』


 明乃は真夜の体調と他の者への連絡の事を考えて問いかける。


「ああ。こっちも話しておきたいことがあるしな」


 真夜も明乃に晴太の事以外にも伝えておく必要がある事があった。


『わかった。まずはこちらから話そう。京極の方はどれだけ生き残っているのかは不明だが、全滅は免れている。今は朝陽が京極と交渉に当たっている。もちろんお前の事は今まで通り秘匿してな』

「助かる。実のところ、無茶した後遺症で一時的に弱体化してる。時間をおけば回復するが、どれだけの期間弱体化してるのかは不明だ。まあ感覚だが、年単位ってことは無いと思うけど、強さや能力は半減したって思ってくれていい。奥の手も同じようにしばらくは使用不可能だ」


 真夜の言葉に明乃は若干驚きはしたが、生死の境を彷徨うほどの重傷を負ったことを考えれば、それも当然かと納得する。


『そうか。……お前が嫌でなければ、その間は星守に戻るか?』


 真夜の力は今まで秘匿されていたので、弱体化を知られたところで何者かに襲われる可能性は低いが、それでも万が一の事を考えて明乃は真夜に提案した。


「婆さんには悪いが、やめとく。それに弱体化したって言っても、最低限自分の身は守れるくらいは出来るさ」

『………そうか。すまなかったな、嫌な事を聞いて』

「いいさ。俺を心配してくれてのことだってわかってるから」


 心情的には里帰りなどはいいが、弱体化した状態で星守で暮らすのはどうにも抵抗があった。くだらない意地もあったが、大部分を占めるのは、朱音や渚としばらく離れるのが嫌だったからである。


「あと情報がそっちにいってるかはわからないが、敵は倒したと思っていた六道幻那だった。星守の襲撃も俺を引き離すための策だったらしい。今度は倒して魂を封印したから、もう現れることはないはずだ。まあ念のためあいつの拠点は調べる必要はあるかもしれねえけどな」


 ルフが封印を施したので、問題は無いだろうし、話した感じでは他に策も用意していないようだった。あの空間では嘘をつけばルフが気づくし、あの時の幻那は復讐が頓挫した事を受け入れていた。


 ゆえに三度目は無いはずではあるが、オババやぬらりひょんのような協力者が残っていないかを調べる必要はあるだろう。


「それと六道幻那と少しだけ話をした。あいつが復讐に走った理由も聞いた。婆さんならうまくこの情報を使ってくれるだろうと思うから伝えておきたい」


 それは今後の京極との交渉を有利にするためでもあるが、六道幻那に同情したからでもあった。


 幻那に対して真夜は渚を殺されかけた事で怒りを覚えはしたが、彼を憎みきれなかった。手段や対象の範囲は別として、復讐に走った理由も納得できる物だったからだろう。


 確かに幻那のしたことは許されないことだし、擁護できるものでは無い。殺された京極一族のほとんどは直接的に関係ない事だろうし、身内の不始末の尻拭いに命を奪われるのは釣り合っていない。


 だがそれでも生きている京極一族の誰も関係していなかったのかどうかはわからない。先代当主や長老衆の一部は、もしかしたら知っていたのかもしれないし、あるいは関わっていた可能性もある。


 死者にむち打つことはあまりしたくないし、すでに幻那がそれは行っていただろうが、それでも利用できる物は利用する。


『わかった。どこまで使えるかはわからないが教えてもらおう。裏を取り、朝陽にも共有できればさらに京極に対して有利に動けるかもしれんからな。お前関連の事も悪いようにはしない』

「頼む。で、これからのことなんだが……」


 真夜と明乃は、しばらくの間、電話越しで今後の話し合いを行う。


 孫と祖母。一言で表せば簡単な関係だが、ほんの少し前は険悪な関係であった。


 しかし今はただ祖母を頼る孫と、孫のために尽力する祖母がそこにいたのだった。



 ◆◆◆



「それじゃあ、こちらも話を進めようか。他のみんなを待たせるのも悪いが、他の六家も私達の交渉内容を知りたいだろうしね」

「僕はそれで構いまへん。ほな、他の六家の皆さんもよろしゅうお願いします」


 朝陽と右京は対面しながら交渉を始める。探り合うような視線が交差するのを、他の六家は静かに見守る。


「星守としては京極家を支援するに当たって、いくつかの条件を付けたい。まずは戦力の融通。これは右京君が復帰したとはいえ、一人では出来ることも限られているだろうし、一人では難しい案件もこちらが協力すれば負担を軽減できるからね。もちろん、京極家からも星守の危機に際しては、右京君をはじめ、京極家の力を借りたい」


 これは右京が復帰したからこそ出せる条件である。額面通りに受け取れば、互助の範囲である。主力が壊滅した状態では星守にメリットが無かったが、右京という強力な個の戦力があるならばこの条件は対等と言える。


「こちらとしてもありがたい話ですわ。他の復帰者にもよりますが、そちらでも協力出来ると思います」

「それと政財界への働きかけは、すでに先代が動いてくれている。星守も京極の復興に手を貸すとなれば、向こうも無碍には出来ないだろう。だがこの件はそちらに別の貸しとしておく」


 京極に取ってありがたい話ではあるが、また大きな借りが出来たと長老衆は頭を抱える。他の六家にもこのことが知れ渡ったのも問題だ。


「わかりました。えらいでかい借りになりそうや」


 右京も苦笑するが、きっちりと借りは返すと明言する。


「それと星守としては今後、将来に向けての動きを進めたい。星守と京極が協力するに当たってその橋渡し、あるいはその証として京極家から一人、こちらに養子として迎え入れたい子がいる。これも先代には了承済みだ。それと先日、真昼の婚姻について噂話が出回ったが、現在の所、相手を決めてはいない。そのあたりは星守としても慎重に進めたいのでね。だが今後次第ではあるが、その子と私の息子(・・)との婚姻も視野には入れている」


 朝陽の言葉に京極だけで無く他の六家もざわめきたった。星守が京極から養子を迎え入れる。婚姻ほどではないが、六家全体に衝撃を与える内容だし、その後に続く婚姻も視野に入れていると言う発言に周囲は一層、動揺した。


「朝陽はん、ちなみにその子が誰なのか、この場でお聞きしても?」


 京極家で現在無事が確認されており、朝陽の息子に嫁ぐ年齢の人間など一人しかいない。それでも右京はこの場で朝陽に聞き返した。


「ああ。私が望む相手は京極家当主の娘の京極渚。あの子を星守の養子として迎え入れたい」


 朝陽は渚の身柄を確保するためにカードを切った。


 この場の大多数は京極渚を、朝陽は息子である真昼に嫁がせるつもりだと思っているだろう。明乃も容認しているという言葉もそれに拍車をかけている。


 しかし朝陽は息子とは言ったが、真昼とは一言も言っていない。


 これは相手のミスリードを誘う狙いもある。またほかの六家がこの場にいる状況での発言も策の一つだった。


 真昼の名を先に出し、他の六家の前で言うということで京極も他の六家も真昼との婚姻であると勝手に思い込んでくれる。


 どの六家も真昼との婚姻は望むところである。しかしここに来て、確定では無いとしてもその候補として明確に渚の名があがった。阻止しようにも他の六家はそれを行う権利は無い。


 京極としてはどうか。渚を差し出せば、真昼の妻となる可能性が生まれ、次期当主の嫁ともなれば家同士のつながりも強化される。また彼らの子供などが京極に養子や婿、嫁の形で来てくれれば京極としても星守の血を取り込むことが出来る。


 他の六家がいることで京極はこの場で決定すれば、目に見える形で星守とのつながりを強化したとアピールできる。


 どこの家も望む状況をあえて朝陽は条件として出すことで、京極家が拒否しずらい状況を作り出す。


「先日の高野山での合宿に参加した際、先代も彼女の事を気に入ったようです。ですので、あとはそちら次第。出来れば、この場にて右京君の返答を聞きたいが、これが星守が京極家に求める対価だ」


 朝陽はこの場の誰もに聞こえるように、力強く宣言するのだった。



 ◆◆◆



 朝陽の宣言で室内は俄に騒がしさを増した。


 当主達や京極長老衆などもお互いに一族の間で話を繰り広げている。


 少し離れた若手の集まりにおいても動揺は広がっている。


 だが内容に関する反応は二つに分かれていた。動揺する者としない者。すなわち、真夜の力を知らない者と知る者である。


「はっ、なるほど。息子ね」

「……何かな?」


 彰は面白そうに笑みを浮かべると、先ほどの朝陽の言葉を反芻しながら真昼の方に視線をやる。視線に気づいた真昼は彰に聞き返した。


「いいや、お前も大変だなと思ってな。まあ確かに星守としては当主の息子と婚姻させたいだろうからな」


 朝陽の言葉の意味を真に理解した彰は真昼にそう返した


「それ以上は……」

「わかってるって。そう睨むなっての」


 真昼の視線に肩をすくめる彰は、それ以上何も口にすることはなかった。真昼も朝陽の意図を正確に理解しているため、この場で下手な事を彰が言わないように釘を刺した。


 尤も彰もそれは理解しているし、下手に迂闊なことを言って破談し、相手の不興を買いたくも無いので、真意を言うつもりも無かった。


「あー、真昼。これって、そう言うことだよな?」


 凜もおずおずと小声で真昼に聞いてきた。


「うん。多分凜が考えてるとおりだと思うよ」


 もし高野山での事が無ければ、凜も激しく動揺しただろうが、名前に上がった京極渚が現在誰と付き合っているか知っているので、そこまで動揺を見せることは無かった。


「渚……」

「すみません、朱音さん」


 心配するように声をかける朱音に、僅かに渚は目元のこぼれた涙を拭いながら返す。


 渚は涙を流していたが、悲し涙というよりもうれし涙だろう。


 朱音も渚も朝陽の意図は理解している。朝陽の息子との婚姻。つまり真夜との婚姻だ。


 朱音としては渚に先を越される形で面白くはないが、今の渚の立場を考えれば早期に動く方が得策なのは理解できる。それに朱音も真夜が実力を明かせば、ほぼ問題なく火野の反発も無く送り出される可能性が高い。


 これが上手く進めば、と渚と朱音は固唾をのんで事態の推移を見守る。


 と、そんな時だった。朱音のスマホが振動した。


「っ! 真夜!?」


 思わず朱音は声を出してしまった。ディスプレイに表示された番号は、真夜の物だったからだ。


 朱音の言葉に真相を知る者達は一斉に朱音の方を見る。朝陽も思わずと言った顔で朱音の方に視線を向ける。


「あっ、ええと……」


 大勢の視線を受け、朱音は固まってしまった。


「朱音ちゃん、真夜からの連絡かい?」


 朝陽は何とか平静を装いつつ、朱音へと問いかけた。


「は、はい。多分………」

「すまないが出て話を聞いてもらえないか? 真夜には私から頼み事もしていたからね」


 何とか場を取り繕い、朱音に電話に出るように促す。この場で出ても問題ないのか一瞬ためらうが、朝陽が出るように促したので、朱音は恐る恐る通話ボタンを押した。


「……もしもし」

『ようやく出たな、朱音。心配かけた。もう大丈夫だ。婆さんから確認したけど、渚も無事なようで何よりだ』

「馬鹿! 心配したんだから!」


 電話の向こうから聞こえる真夜の声に、朱音は叫び返していた。


『そうでかい声出すな。周りに大勢人がいるんだろ?』


 安否を知らせるためとはいえ、六家の会合で大勢の者がいる場所への連絡は問題が多いし、ここで話をして内容を聞かれるのもマズい。


 幸い真夜の事実や病院に搬送されたという事実は伏せられているので、真夜から電話がかかってきても多少は不審に思われても、多くの者は深く追求しないだろう。


 朱音の言葉においても詳細を知らなければ、星守に戻った後に何かあったと誤認するだろう。


「真夜君……ありがとうございます。こちらこそ心配をおかけしました」

『ああ。俺も渚が無事で安心してる。朱音もだが、渚の声も聞けて嬉しい』


 朱音から電話を変わってもらった渚は、誰に聞かれても問題の無い程度の言葉を返した。真夜が無事であったことが嬉しかった。自分のせいで真夜が生死の境を彷徨っている。渚はそのように考え、気に病んでいたからだ。


 真夜も無事とはわかっていても、電話越しとはいえ直接話が出来てよかったと思っていた。


『とりあえず、状況が状況だけに手短に済ませる。親父に伝えてくれ。問題はほぼ解決した。先代にも話を通したってな』


 電話のあった意味を持たせるためか、明乃との話し合いを行ったことを利用した真夜に言づてを頼まれる。


『それと悪いが、あとでもう一回そっちから連絡くれ。もちろん二人でな。待ってるから。じゃあ一旦切るぞ』


 最後に、電話が出来る状況になったらかけ直してきてくれと伝えられた後、真夜との通話は終了した。


 通話の切れたスマホを眺めつつ、朱音と渚は顔を見合わせると真夜の無事を喜び、満面の笑みを浮かべるのだった。


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