俯瞰症

柴山 涙

俯瞰症

 たまに自分の居場所を忘れてしまうことがある。

 友達と談笑したり、家族と喧嘩したり。

 確か自分も一緒にいたはずなのに、いつのまにか別の場所からそれを眺めている……なんてことがよくある。

 恋愛なんかいい例だろう。最初は甘酸っぱさに一喜一憂することもあったけれど、いつしか彼女の気持ちを友人へと向けさせ、二人の行く末を眺めるのに居心地の良さを感じていた。


 昔から集団で生活するのが嫌いだった。

 周りから認知されるにつれて自由が制限されていく気がしたし、自分が大勢の中心にいるのには相応しくない人間であるということを自覚していた。


 そもそも人付き合いという奴は行き当たりばったりで、臨機応変に対応をしなければいけないという状況が気苦労でならなかった。

 考えるときはゆっくりと考え、行動に移すときは何をすればいいのか理解してから気楽にやる。それがモットーだ。その準備期間さえも監視されているなんて気が気でない。


 役者でもない人間に突然やったこともない演技をやらせたところで、台本の内容はほとんど頭に入らないだろう。

 しかし、なんとかしなければならないと自身の台詞だけは暗記して気持ちのこもっていない棒読みの演技をしてみせる。

 それでは役者は成り立たないのだ。


 とはいえ、人生というのは周りの状況が常に変化し続けるものだ。

 それを短い人生で全て理解し、身に降りかかる出来事一つ一つに最善の台本を用意して完璧な演技をすることができるのかと言えばどんな役者であったとしてもそう上手くはいかない。


 完璧主義なのだろうか?


 振り返れば、消してしまいたいような過去ばかりが頭に浮かぶ。


 失敗が怖いのだろうか?


 想定外の出来事に対処できなかった時、自分の無力さにいつも憂鬱になる。


 とはいえ、努力なんてものはあみだくじみたいなものだ。

 良くなると思ってやったことも、自分が思っていたものとは全く違う影響を与えてしまうのではないかと思うと優柔不断なまま貴重な時間を費やしてしまう。

 次第にやる気も失せていく。

 その結果、自分の与えられた役を果たすこともなく、いつのまにか観客席へと移動してしまっている。

 なんてところだろうか。


 そんな中、ふと周りを見渡せばみんな迷いもなく先に進んでいるのがわかる。

 一緒に演技を始めた奴らもみんな一流役者になろうなんて上京の為、電車に乗り込む。

 だとしたら、僕は電車の見送り人だろうか?「無事に目的地に辿り着くかわからない」なんて一人だけ電車に乗るのを渋っている内に目の前では次々と新しい客が次の便に乗車していく。

 みんな一流の役者のように与えられた役に徹し、それをこなしている。


 でも、可笑しいな。いつまで経ってもみんな視界から消えてなくならない。

 先に進んでいるはずなのに、まるで自分を中心にぐるぐると回っているようにその距離は広がらない。


 いいから一人にしてくれ。そんな言葉も聞こえなかったかの様に重い腰に括られた腕を引っ張られる。

 

 それを払いのけると、彼らは仕方なさそうにして元の列に戻っていく。


 行き場を失った軍隊蟻は餓死するまで円を描くように進み続けるという。


 みんな、一体どこへ向かっているのだろうか?


 同じ便に乗って行ったように見えた奴らも別の大きさの軌道を描き、一緒に進んでいるというわけではなさそうだ。


 なのに、終着点は同じく出発点に続いている。


 何度も何度もそれを繰り返して、だとしたら僕は無理して動かなくてもいいじゃないか。


 どうせ動いた所で周りとの距離は変わらないんだ。


 みんな同じ円周上にいるならあちら側からの見え方も変わらないだろ?

 

 ああ、でもそうしたら僕はずっと円の中心にいなければならないのか。


 変にズレた所にいたら、僕だけが何度もすれ違って不自然だもんな。

 

 中心で足踏みをして並走してる風に装った方が賢いのかな。


 はぁ、しかし居心地が悪いなぁ。みんな、あぁしなきゃ、こうしなきゃ、忙しくて目が回っちゃうなぁ。


 かといって、一緒になってぐるぐると動き回る力は残っちゃない。

 もう少し運動でもして体力をつけておくべきだったのかも。なんて、今更考えたところでもう遅いかな。


 せめて力尽きる時は一緒がいいなぁ。

 でも、みんなが倒れるまで足踏みしてるのも苦しいし、先に倒れちゃおうっかなぁ。


 それとも、最後くらいは根性を見せるべきなのかもしれないなぁ……

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