第三十一話 取り戻した笑顔


 俺達が要石コア・クリスタルを破壊して既に十分ほどが経過している。


 消滅した環状石ゲートがあった場所に光の柱が現れてそこから光の粒が降り注ぎ、この環状石ゲートの支配地域で石の像へ変えられていた人が次々に元の姿へと戻り始めていた。


 なぜそれが分かるかといえば、俺たちの目の前で楠木の石化が治ったからに他ならない。


 この現象の効果はそれだけじゃない、チャージで失っていた俺の生命力ライフゲージも百まで回復したし、少しだけダメージを残していた神坂の生命力ライフゲージも完全に回復した。


 まだ楠木は意識を取り戻していないが情報通りであれば命に別状はない筈で、それどころか何か疾患を抱えていたとしても石化から回復すればいくらかは治癒するという話だしな。


 意識が戻るまでの間、楠木は少し離れた場所で竹中たちに見守られている。


 俺の横には気まずそうな神坂かみざかがいるが、戦闘が終わったのでこの作戦に反対した事をどう言い出したものか考えてるんだろう。


「勝ったな。AGE隊員による環状石ゲートの攻略は世界初だぞ」


「ああ、見事なもんだ。勝率八割以上は伊達じゃないかったな」


「だから言っただろうに、……蒼雲そううん。そういえばお前、何か楽しい事を言っていたよな?」


「何を……。あ……」


 思い出したようでなにより。確かこいつは伊藤特製ドリンクの一気飲みするとか言ってたよな。


 アレは流石に体調のいい時の俺でもキツイ位に不味い。生命力ライフゲージを僅かに回復するから経口型の回復剤が無い時は重宝するんだが、セミランカー用の経口摂取型回復剤がある今となっては進んで飲むようなものじゃない。


 昔の回復薬にあった酷い二日酔いの様な副作用とどっこいどっこいの不味さだからな。


「……いや、あれは。ええい、俺も男だ約束は守る。で、どの位だ? 出来れば小さ目の試飲用紙コップか御猪口おちょこサイズで……」


「ナナハンタイプの魔法瓶……」


「鬼か!! もう少し手心を……」


蒼雲そううんの、ちょっといいトコ見てみようか」


「ぐ……、分かった、ドリンクを用意する伊藤の都合もあるだろう? 頼むから飲むのは体調のいい日にしてくれ。この通りだ!!」


 神坂が土下座をしかねない勢いで頼み込んできた為にドリンク一気飲みは後日と言う事で決着がついた。


 今回の作戦の為に伊藤が心を込めて作ったあのナナハンタイプの魔法瓶入りの特製ドリンクは、誰にも飲まれる事なく闇に葬られるんだろうな。


「結局、おまえが正しかった訳だ」


「誰も正しくないし、誰も間違っちゃいないよ。今回俺達の運がよかっただけだ」


「俺は竹中の親父さんを見捨ててでもリスクを回避しようとした。それが正しいと思うのか?」


「誰にだって譲れないものがあるさ。ただ、残念なお知らせがある」


「いったいなんだ?」


「今回お前と楠木は作戦申請時に参加者として登録されていない。という事でほぼタダ働きだ」


 この辺りは俺が後から何と言おうと対GE民間防衛組織は認めてくれない。


 俺達がいつも付けている特殊ゴーグルの証拠映像を見せれば参加している事はわかるんだが、それを認めると近くにいただけで後からいくらでも参加申請ができる為に結構前にできなくなっている。


「なんだそういう事か。仕方ないさ」


「億単位の報酬を笑って蹴れるとは豪気だな」


「お……億だと!! 今回の報酬ってそんなレベルなのか?」


「どれだけ少なく見積もってもそんなレベルだ。いくらか譲渡できるが、ポイントの譲渡も一応制限されてるからそんなに渡せないぞ」


 ほとんど現金と同じ扱いなのに税金とかが掛からない謎ポイントだからな。


 同じ部隊の隊員に譲渡できる限界の額は、確か百万ポイント程度だったか?


 それでもかなり大きな額だが、見ず知らずの他人宛だと最高でも一万ポイント程度のはず。


「聞こえてまっせ。残念なお知らせやな」


「本当っスよ。俺たちはこれで学食も食べ放題っス」


「学食に関してはそうだろうな。考えてもみろ、そんなレベルでポイントが入れば今回の参加者は全員一気にランカーだ」


「という事は」


「全員山ほどS特券が届くぞ」


 セミランカーでも結構な枚数が届いていたから、ランカーになればそれはもう凄い枚数が来ることくらいはわかる。


 これに関しては今まで分けてた部隊用の食券が全部神坂に渡る訳で、最低でも三食毎日食べても余る枚数になるのは間違いない。


「神坂に関しては今までに渡していた全員分の食券が行く。選り好みしなけりゃ食い放題だ」


「それだけはマジで助かる。タダ働きじゃなくて済みそうだ」


「ささやかな報酬でんな」


 それでもタダ働きよりはいいだろう。


 ん? 佳津美かつみがこっちに来たという事は楠木が意識を取り戻したのか?


「楠木さんが意識を取り戻しましたわ」


「口調が戻ってまっせ」


「もう自分を偽るのは止めにしたんですの。あきらさん、AGE隊員による環状石ゲート破壊作戦の成功、おめでとうございます」


「俺一人の力じゃないさ。ここに居る全員の力があってこそだ」


「いや、決定打はおまえの特殊小太刀だろ? アレが無けりゃ、絶対に破壊不可能だったからな」


 特殊小太刀か……。


 要石コア・クリスタルを破壊した時に焼き切れたのか、もうチャージボタンとトリガーが反応しないんだよな。


 という訳で、俺の手元にあるのは特殊小太刀だった何かだ。


あきら、ごめんね。私……」


「いや、さっきの一件は楠木を守れなかった俺の方に責任がある」


「違うの。私の勇み足で要石コア・クリスタルに少しだけ近付いちゃったから……」


「そういう事ですの。わたくし達も先ほどその事を知らされましたわ」


 なるほど、あの行動は作戦に反対したうえに助けられた楠木が少しでも活躍しようとしていた訳か。


 で、踏み込み過ぎて攻撃をくらって石化したと……。


 しかし、どんな理由があっても作戦行動中の責任は俺にある。


「それでも俺の責任なんだ。すまなかった」


「別にいいよ。こうして助けて貰えたから……」


あきらありがとう。私……」


「竹中か。まだ確認はとれていないが、親父さんはきっと元に戻っているさ。良かったな」


「うん……、もう、お父さんは絶対に助からないって……。私……」


 どうやら竹中の笑顔だけは取り戻す事が出来たようだ。


 竹中だけじゃない。


 おそらくこの街ではもっと多くの人が同じようにかけがえのない誰かを取り戻しているだろう。


 それだけでもこの作戦を成功した価値があるってもんだ。


「それじゃあそろそろこんな山の中から街に帰るか。車に戻ったら対GE民間防衛組織から山ほど連絡が来ているかもしれないけどな」


「その可能性は高いですわね」


「作戦の中止を今更言われても、環状石ゲートは破壊した後だからな」


「まさか成功させるとは思ってないだろう。……今頃それどころじゃないかもしれないぞ」


「どういう事だ?」


「防衛軍が環状石ゲートを破壊した時でも役場とか各省庁でいろいろ面倒事が増えるって話だろう? 今回は何の準備も無く環状石ゲートが破壊されたから……」


 ん? 緊急放送?


 この辺りの電気も復旧させたのか?


【緊急放送、緊急放送!! 先ほど破壊が確認されましたKKSレベル二環状石ゲート周辺のAGE及び守備隊に要請。生存者の救助作業と保護の協力を……】


 ああ、そういう話か。そりゃそうだ。


「燃料が高いのにヘリも飛んでまんな」


「パトカーや消防のサイレンも凄いね。これ、無事にここから帰れるのかな?」


「悪い事をした訳じゃないし、AGEによる環状石ゲートの破壊が禁止されてる訳でもない」


 確かに悪事を働いた訳でも犯罪を犯した訳でもないが、押し寄せるマスコミの取材陣などから俺達をかくまう為って事で対GE民間防衛組織が用意したホテルへと強制的に案内された。


 こんな高級ホテルの最上階を貸切るなんて思い切った事をするもんだ。


 作戦中に一度石に変えられた楠木だけは一旦病院で身体検査を受けるらしく、俺達と一緒にホテルに向かう事なくそのまま病院に直行させられた。

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